
1644年頃 油彩・カンヴァス 119cm × 150cm
© RMN / © Droits réservés / distributed by DNPartcom
クロード・ロランは、フランス北東部のロレーヌ地方出身だが、幼年時代からは、まずローマ、次いでナポリと、イタリアの芸術家社会の中で成長した。ここでの風景画家たちの教えは、クロードの作品に深い影響を与えた。彼は1625年にフランスに戻り、スイスとドイツに滞在したが、1627年に旅を終わらせ、永遠の都ローマに最終的な居を定めた。この時代、ローマは芸術家たちが腕を競う中心地となっていた。それ故にアンニバーレ・カラッチの風景画に影響されたものの、やがて、クロードは彼固有の様式を展開するようになり、ニコラ・プッサンとともに古典主義的絵画の創造者となった。1644年頃に描かれた、《クリュセイスを父親のもとに返すオデュッセウス》は、クロードが高貴な題材と結びつけた美しい海港を描いた作品群のうちに含まれる。
この絵画の題材は、ホメロスの『イリアス』第1巻から取られている。この叙事詩によると、若いクリュセイスは、ギリシア人たちに連れ去られ、アガメムノンに戦利品として提供された。アガメムノンは、クリュセイスを彼女の父の元に返すことを拒んだのだった。神アポロンはクリュセイスの父の復讐の祈りにこたえ、ギリシア人の野営地にペストを蔓延させた。アガメムノンはついに、クリュセイスの解放に応じた。場面は、生贄に捧げられる予定の牛が上陸している間に、船の前にいるオデュッセウスが、解放された娘を父親のもとに返すというドラマの大団円を示している。
この絵画では、画家の詩的なビジョンにより、金色に輝く光の効果のもとで、古代の想像上の宮殿と17世紀の船の正確な描写とが結びつけられている。船の描写は、明らかにヨーロッパの船員が遠くの国々に上陸していることの暗示である。黄金時代の人間は、古代の現実生活の状況には疎かった。クロード・ロランは、古典主義的で壮大な建築を舞台として、古代ギリシアを当時の壮麗なローマ、地中海に移されたローマのイメージで思い描くことによってこうした欠落を埋めている。
作品解説:ルーヴル美術館 絵画部 学芸員 ブレーズ・デュコス