古典主義時代の変革 ・ 17世紀ヨーロッパを読み解く
ルーヴル美術館 絵画部 学芸員 ブレーズ・デュコス
「黄金の世紀」と称される17世紀は、多彩な才能に恵まれた画家たちを輩出した世紀です。レンブラント、ベラスケス、フェルメール、ルーベンス、プッサン、クロード・ロラン、ラ・トゥール・・・。その名前を並べただけで、誰もが夢心地になるでしょう。
ヨーロッパ規模で宗教戦争が広がり、新教徒と旧教徒が対立したルネサンス時代に比べると、17世紀は絢爛豪華で、勝利を誇る世紀のように見えます。教皇の支配下にあったローマでバロック芸術が生まれ、「太陽王」ルイ14世に象徴されるように、繁栄し、芸術が開花した時代です。
しかしそれは、あまりにも一方的で単純化された見方と言えないでしょうか。
本展では、「黄金の世紀とその知られざる陰の部分」を写し出します。
「黄金の世紀」には多くの陰が存在しました。庶民は戦争、悲惨、飢饉といった「共通の宿命」を背負い、それは「黄金の世紀」の対極をなす「青銅の世紀」とも言うべきものでした。こうした現実は、絵画に鮮やかに表現されています。
本展では、「大航海と西洋文明と異文明の対決、科学革命の世紀」を絵画で示します。
17世紀、人々は大航海時代を迎え、かつてないスケールで遠方の国々に旅し、交易をしました。そしてまた、デカルト、ガリレオ、ニュートンら科学者が活躍しました。「科学革命の世紀」です。
本展では、「聖人の世紀」の宗教的側面と、それが「古代文明の遺産を継承している」という事実を示します。
17世紀は「聖人の世紀」とも呼ばれ、聖人たちが信者の間近にいるかのような姿が数多く描かれました。当時のキリスト教は古代文化に深く根差し、したがってこの時代の絵画もまた、古代文化の偉大で奥深い伝統を継承したものでした。
「ルーヴル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」は上記3つのキーワード、「黄金の世紀とその陰」「大航海と科学革命」「聖人の世紀における古代文明の遺産」で17世紀を読み解きます。それは17世紀を網羅的に総覧するのではなく、創造力に溢れ、力強く、陰影に富んだ当時のヨーロッパの一側面を浮かび上がらせることでしょう。
●読み解くためのキーワード1
「黄金の世紀とその陰」
「黄金の世紀」という言葉は豊かさと平和を連想させます。バロック芸術は、豊かさと輝かしさを演出する寓意的な表現を発達させ、宮廷画家は当時のヨーロッパの大君主たちの肖像を後世に伝えています。貴族階級は肖像画や彼らが所有する城や都市の邸宅の装飾で贅沢や優雅さを競い、宮廷の洗練された生活様式が確立しました。
一方で、都市は政治的単位として、また富の集まる場所として、かつてないほど権力を増大させます。レンブラントは起業精神にあふれた新興市民層のために創作し、彼自身、そうした市民層の代表者の一人でもありました。また、フェルメールに代表される静謐さと詩情に満ちた絵画の誕生も、17世紀固有のものといえます。
しかし、この輝かしさの裏には暗い現実も横たわっていました。戦争、疾病、貧困、過酷な現実、絶対君主制へと傾いていく政治体制・・・。これらの現実は絵画を通じても見られます。画家は現実を演出し、再解釈し、時として目を覆いたくなるような過酷な状況を作品に滑り込ませ、風俗画は単なる逸話的な枠を超えて、真実の人間性を浮き彫りにしました。悲壮な雰囲気から豪快なものまで、様々な趣向に応じた絵画が取り引きされたと想像できます。
●読み解くためのキーワード2
「大航海と科学革命」
17世紀は芸術家が旅をした時代です。とりわけフランス、オランダ、フランドルの画家たちのイタリア滞在は、彼らの感性を開花させるのに決定的な役割を果たしました。ここでいう「旅」という概念には、追放、芸術修行、武力侵略、商業による利益追求といったものも含まれます。
この時代は遠洋貿易が発達し、ヨーロッパ列強が帝国主義的な覇権にしのぎを削った時代でもあります。植民地開拓は人々の野心や物欲、好奇心を吸収し、人々は時に命を落とす危険を冒しながらも、異国趣味と知的好奇心の間で揺れながら旅をしました。旅はヨーロッパ大陸と世界の他の地域を結びつけたのです。
列強の植民地獲得の結果、彼らは新奇なオブジェに触れるようになり、自然をより理解したいという欲求からいくつもの新たな問いを投げかけました。思想家は、神が創造した宇宙における人間の位置を捉えなおそうと、新しい知の分野を生み出し、それらは新たな科学的発見に結びつきました。学者たちが検閲にかかることなく研究ができたのは、しばしば宮廷の庇護によるところが大きかったといえるでしょう。
その一方で、ルネサンスを継承する旧来の思考様式も生き延び、新しい科学と共存しました。魔術に関する裁判が頻繁に開かれ、死刑すら執行されたこの時代、神話や変身譚は単なる説話のレパートリーではなく、知識体系の中心に位置していました。このことは、本章の神話主題の作品からも見て取れます。
●読み解くためのキーワード3
「聖人の世紀における古代文明の遺産」
17世紀には、おびただしい数の神話画が描かれました。しかし、当時の人々はギリシア・ローマ神話を信じていたわけではないでしょう。ならば、こうした異教の神々はキリスト教信仰とどのように共存していたのでしょうか。
17世紀はしばしば「聖人の世紀」と称されます。これはバロック時代の大きな特徴の1つでもあり、中でもフランシスコ・ザビエルとイグナティウス・デ・ロヨラに代表されるイエズス会の果たした役割は顕著です。聖人たちが信者の間近にいるかのような単純化された絵画は、この時代の宗教性と人々の篤い信仰心を表しています。聖人信仰は大航海によって世界中に伝播され、日本でも聖人の肖像が描かれ、カトリック教会がこれを流布しました。
その一方で17世紀の宗教芸術は古代文化と密接な関係をもっていました。この時代に特有とされる絵画表現の1つ、神秘主義における「法悦状態」は、新プラトン主義の影響を示して、既にキリスト教誕生初期の数世紀に見られるものです。また「奇跡」のような、日常における聖性の顕れも、古代にその源を見出すことができます。
つまり、黄金の世紀において、古代文明は絶えず夢想され、想像されたのです。画家たちは、その巧みな演出力によって、古代文明に対する自らの知識不足を補い、創作に取り入れました。そしてその想像力に深い感情を織り込むことができたとき、画家たちは最も魅力的な作品を生み出しました。そうした創造の瞬間こそ、初期キリスト教が鮮やかに甦ったような錯覚が起き、近世のキリスト教布教活動が古代キリスト教に大いなる魅力を与える瞬間なのです。


左上:
ル・ナン兄弟
《農民の家族》
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右上:
ヨアヒム・ウテワール
《アンドロメダを救うペルセウス》
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下:
グェルチーノ
《ペテロの涙》
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