第11章 革命の動乱の中の王妃

1789年10月、激昂した群衆が王宮になだれ込み、国王一家に、ヴェルサイユを離れてパリのチュイルリー宮殿に住むよう強要する。当初は混乱状態にあった王家も時とともに落ち着いた生活を取り戻し、ヴェルサイユ時代よりむしろ私的で家族的な時間も増え、ビリヤードゲームや庭園の散歩、賑やかな食事会などを楽しむ余裕も出てきた。しかし1791年6月、逃亡を企てた国王一家はヴァレンヌで捕らえられ、翌年8月10日には突如チュイルリー宮が襲撃され、ここに君主政は終わりを告げた。以降、囚われの身となった国王一家はタンプル塔に幽閉され、質素な隠遁生活を耐え忍ぶことになる。ただ、厳しい監視の目はあったものの、家庭的な生活は保たれていた。しかし、10月にタンプルの大塔に移されると、一家は完全な幽閉状態に置かれた。この頃には国王一家、とりわけ王妃に対する世間の反感は頂点に達し、無数の版画やパンフレットで非難、中傷の的となった。

シャルル・テヴナン 《シャン=ド=マルスの連盟祭 1790年7月14日》 1792年 油彩、カンヴァス 127×183cm パリ、カルナヴァレ・パリ歴史美術館 ©Musée Carnavalet/Roger-Viollet

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