桜の木
 ベルト・モリゾ
   (Berthe Morisot,1841〜1895)
 ※ 油彩・カンヴァス 1891年 154×84cm
 サクランボの実る心地よい春のある日、青空のもと、暖かな陽射しのなかで、少女たちがさくらんぼを楽しそうに摘み取っている。そんなのどかで幸福な日常の一情景に、モリゾがかけた思いはひときわ強いものであった。
 そもそもこの作品の構想は、1888年、ボッティチェリの《春》のような装飾画の実現をイメージするなかでたてられたという。ただしこの構想が最初に実現したのは、1891年であった。娘のジュリーがはしごの上でサクランボを摘む少女のモデルを最初につとめた。下でバスケットを差し出す少女は、姪のジャンヌ・ゴビヤールである。デッサン、水彩、パステルと、さまざまな手法による習作において研究が繰り返された。そのつど変更が加えられ、たとえば、ジュリーの右手が顔にかぶさる具合などが、微妙に変化していった。しかしながら、最初の出来具合に不満足であったモリゾは、秋パリに戻ってから、同じ構図のうちに別のヴァージョンを2枚制作している。本作品についても、はしごの上のモデルを当時病気であったジュリーからルノワールのモデルであったジャンヌ・フルマノワールに代えて、さらに描きなおされた。この作品の構想は早くから仲間たちを魅了し、モーリス・ドニや、メアリー・カサットにも影響を与えた。
(解説・美術史家 坂上桂子)