OA内容

#35 2012/11/30 OA
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  • 「蒼山日菜」 「切り絵作家」
    主題歌「奇跡を望むなら.../JUJU」

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  • 東京国際映画祭のグリーンカーペット。
    上戸彩と並んで歩くのは、
    革新者 蒼山日菜。
    彼女は映画「シルク・ドゥ・ソレイユ」の
    ポスターのロゴを作った人物。
    職業、切り絵作家。
    まるで絵画のような緻密さ、繊細さ
    そのデザインは世界でただひとつ、
    全て蒼山のオリジナルだ。
    しかも使うのはたった1本のハサミだけ。
    その刃先は0.3ミリの芯よりも細い、
    紙に命を与える為だけに作られた特注品。
     「神様からの贈り物」

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  • 蒼山が暮らしているのはフランス、
    フェルネ・ヴォルテール。
    彼女は日本から遠く離れたこの地で
    切り絵に革新を起こした。
    ヨーロッパの伝統工芸である切り絵は、
    左右や上下対称のシンプルなデザインが基本。
    それを蒼山は圧倒的なデザインと
    1ミリ以下のラインを浮き上がらせる
    繊細な技術で、芸術の域へと高めたのだ。
    その作品はJUJUのアルバムジャケットを彩り
    さらにカンヌ国際展覧会で2年連続金賞を受賞。
    「蝶の群れ」と題されたこの作品、
    つけらけた値は、なんと840万円。
    そんな切り絵と出会ったのは、
    20年前に渡ったフランス。
    22歳、旅行で訪れたこの国で
    現地の男性と恋に落ち、やがて結婚。
    長男も授かり、フランスで生きて行く覚悟を決めた。
    しかし、その結婚生活は
    夫が仕事で帰らない日々の連続だった。
    そんな時、出会ったのが切り絵だった。
    夫とは離婚…
    けれど、息子がいたから頑張れた。

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  • 蒼山のもとに京都・高台寺から
    大きな仕事が舞い込んだ。
    豊臣秀吉の死後、正室ねねが冥福を祈るため
    建立した400年以上の歴史を持つ寺。
    ここに作品を展示したいという依頼だ。
    遠く離れた日本を思いながら、紡いでいく切り絵。
    それは蒼山にとって初の試みとなる、
    筆で書いた漢字。
    蒼山が選んだ「夢」という言葉。
    そこには彼女の思いがある。
    切り絵が“夢”を与えてくれた
    習字の微妙な掠れは、切るラインを複雑にする。
    しかし、それこそが毛筆の美しさ。
    一切、妥協はしない。
    こうしたわずかな文字のかすれも…
    あきらめず、ただひたすらに向き合う。

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  • さらに、小さな隙間さえも…
    根気よくハサミを走らせる。
    夢を形にするために。
    そして…
    “諸行無常”から始まる詩の一節を
    まるで絵のようにデザインした切り絵。

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  • さらに、桜が水面に散る様を表す花筏。
    全ての作品を完成させるために、
    費やした時間は2か月。
    蒼山にとって子供、そして切り絵は、
    神様からの贈り物。

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  • 「岡本知高」 「ソプラニスタ」
    主題歌「道標/福山雅治」

    その声は、音楽界に革新を起こした
    奇跡の声と言われている。
    その革新者の名は
    ソプラニスタ 岡本知高。
    ソプラニスタとは、女性の最高音域、
    ソプラノを歌いこなすことの出来る
    類まれなる男性歌手。
    その声を持つのは世界でたった3人と言われ、
    日本では唯一、岡本だけ。

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  • この奇跡の声はアジアはもちろん、
    ヨーロッパまでを魅了し、
    世界各国から公演依頼が殺到。
    岡本は、その声を披露する場を選ばない。
    オペラをクラシックをより身近に。
    そんな音楽界の革新者を育て、
    導いてくれた人がいる。
    今語られる、奇跡の革新者の意外な過去。 「~grandmother~」

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  • この日、岡本の姿は宮崎県にあった。
    コンサート会場へ向かう移動の間も、
    決して欠かさない発声練習。
    多い日は6時間、毎日、声を出し続ける。
    世界的ソプラニスタが歌う今日のステージは体育館。
    今、岡本が力を注いでいるのが、
    学校訪問コンサート。

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  • 全国の子供たちに、その歌声を届けることが、
    彼のライフワークなのだ。
    これまでに350校以上の学校で
    コンサートを開いてきた。

    1976年 高知県で誕生した岡本は、
    天真爛漫で活発な少年だった。
    しかし小学校に上がる直前、
    股関節の大腿骨の付け根が壊死してしまう病に。
    余儀なく始まった養護施設での生活。
    親元を離れ、毎日、ただただ寂しかった。
    そんな彼を応援し、支えとなってくれたのが
    ばあちゃんだった。
    ばあちゃんが「一緒にがんばろう」と言ってくれ
    岡本は、温もりで包まれた。
    「今の歌手としての礎になっている気がする」
    と、岡本は言う。
    病が完治した岡本は、18歳で単身上京。
    しかし生活は苦しかった。
    そんな孫にばあちゃんは、そっとお小遣いをくれた。

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  • 4年前、病室で撮った最後の写真。
    寝たきりになったばあちゃんのその手には
    岡本への最後のお小遣いが…
    ばあちゃんは、岡本にとって
    故郷の土壌のような、、、
    大地や海、そういう広いイメージの人だった。
    優しさ、慈しみ、柔らかさ、香り
    ばあちゃんが持っていたものを
    岡本は表現しているだけだと言う…

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  • 岡本が子供たちに届けたい想い。
    それは、ばあちゃんが教えてくれたこと。
    ばあちゃんが、最後まで言っていたこと。
    夢を簡単にあきらめないでほしい。
    岡本知高は、未来への道標を歌い続ける。