OA内容

#60 2013/5/24 OA
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  • 「鈴木大助」 「FMXライダー」
    主題歌「友達の唄/BUMP OF CHICKEN」

    モトクロスバイクで高々とジャンプし
    その技の完成度と独創性を競う

    『フリースタイルモトクロス』、通称FMX。

    いま世界を熱狂させる最新スポーツにおける
    日本人のパイオニア、革新者・鈴木大助。

    『大舞台でぶっ飛べ!~友の夢のために~』

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  • モトクロスをやっていた父の影響から、
    わずか3歳で、バイクに乗り始めた鈴木。
    高校3年生で国際A級ライセンスを取得し
    プロライダーとして活躍。

    そんな時出会った、フリースタイルモトクロスの映像・・・。
    文字通り、衝撃を受けた。

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  • すぐにFMXの世界に飛び込んだ鈴木。
    だが当時、日本には専用の練習場もなければ、
    指導してくれるコーチもいなかった。
    全てが手探りの状態の中、アメリカで大会に初挑戦。
    結果は・・・惨敗。

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  • 悩める鈴木に、手を差し伸べたのが、
    同じくFMXを始めたばかりの佐藤英吾。
    鈴木と佐藤は、仲間ともに、
    専用の練習場を、自力で作り上げた。

    新しい技を身に付ける為に、2人はここで切磋琢磨し続けた。
    そして、まだ世界でも数人しかできない、と言われた
    ジャンプをして一回転する『バックフリップ』を初めて成功。

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  • 2005年、鈴木はそのバックフリップを武器に
    世界大会でアジア人初のチャンピオンに!
    盟友・佐藤も2009年、世界第3位に輝いた。
    共に、世界的ライダーとなった鈴木と佐藤。

    仲間であり、ライバルでもある二人の夢は…
    「FMXを日本でメジャースポーツにすること」。

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  • そして今年3月の世界大会に、ふたり揃っての出場が決定。
    大会に向け、一緒に練習を重ねる日々。

    そんなとき突然の悲劇が…。
    練習中のアクシデントにより、
    佐藤は、鈴木の目の前で、この世を去った…

    ショックと喪失感から、世界大会第一戦は、出場を辞退…
    二人三脚でやってきた、佐藤と鈴木。
    FMXについて熱く語り合う日々を過ごしてきた。

    このままでは終われない。
    亡き友の夢を叶えるため…鈴木が歩み出した。

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  • 2013年ドバイで、世界大会第2戦が行われる。

    大会は、成功した技の数、難易度などの総合評価で競い合う。

    ここで鈴木は、ある大技を披露しようとしていた。
    それは、佐藤と一緒に練習したオリジナルの技『祭り』。
    ジャンプと共に、身体を180度ひねり、
    両脚を2回交差させる、難易度の高い大技。
    しかし、必ず成功するという保証はない。

    佐藤がいなくなり、一人で積み重ねてきた努力を、
    この大舞台で発揮出来るのか?
    いま、新たな闘いが始まる。

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  • ライバル達も次々と大技を決め、
    結果は…第10位
    世界の壁は厚かった…

    天国の友との夢を叶えるため、
    鈴木は、さらなる高みを目指して、跳び続ける。

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  • 「能津喜代房」 「遺影写真家」
    主題歌「君にサヨナラを/桑田佳祐」

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  • 写真スタジオで笑顔を浮かべる女性。
    一見、微笑ましい記念撮影のひとコマ。
    実は、いずれ訪れる自らの葬儀で飾る予定の遺影を撮影。

    そんな遺影写真だけを撮影する革新者がいる。
    「遺影写真家」、能津喜代房(ノヅキヨフサ)

    「家族との絆を結ぶ、笑顔の写真」

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  • 能津は写真を専門とする大学を卒業後、
    大手化粧品メーカーの写真部へ入社。

    自分の腕を信じ、わずか2年で(広告カメラマンとして)独立。

    その年、大学の同級生と結婚するも
    商売道具のカメラを質に入れる程、
    苦しい日々を過ごす事になった。

    だが、そんな能津を批難するどころか
    手を差し伸べてくれたのが妻の父親だった。

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  • 能津を家に住まわし、経済的にも支えてくれた。
    しかし・・・義父が亡くなり
    気付けばお世話になった
    父の写真を一枚も撮っていなかった。
    悔やんでも悔やみきれない痛恨の極みだった。

    この事がキッカケで広告業界を辞め
    遺影写真家になる事を決意。

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  • 残された家族に「普段着の笑顔」を届けたい。
    そんな想いで開いたスタジオの名前は「素顔館」

    この日もはるばる岡山から女性が訪れていた。

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  • 能津は、すぐに撮影に入らない。
    まず、どんな人生を歩んできたのか?
    その人の事を知るためにじっくりと会話をする。

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  • 依頼者の多くはご年配という事もあり、
    時には自宅へ出向く。
    この日訪れたのは、
    学校の先生をされていたという老夫婦。
    旦那さんの90歳の誕生日プレゼントとして
    娘さんが撮影をお願いした。

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  • 能津は撮影の際、決まって掛ける言葉がある
    「人生最後の一枚を撮るわけではない
    今日の元気な姿を写真にします」

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  • それが残される家族にとって
    いつまでも見続けたい「遺影写真」となる。

    能津はこれまで残された家族に
    多くの「普段着の笑顔」を届けた。

    そして、能津自身の遺影写真は…
    愛する妻が撮ったこの笑顔。