第6章: Visions for Humanity ミュシャの祈り

母と子:子守唄(プラハ・ハラホル合唱協会の壁画〈歌〉のための習作)

《母と子:子守唄(プラハ・ハラホル合唱協会の壁画〈歌〉のための習作)》 1921年頃 油彩・カンヴァス 98 x 88 cm (C)Mucha Trust 2013

これもチェコスロヴァキアに帰ってからの半ば公的な仕事のひとつ。プラハにあるハラホル合唱協会(建物も協会も現存)の大ホールを飾る作品の一部の下絵である。この協会は1861年、チェコスロヴァキアの民族運動の流れに乗って創設されたもので、1905年に完成した現在の建物はプラハのアール・ヌーヴォー建築の傑作のひとつとされる。我が子を抱きしめる母親という、キリスト教美術における聖母子以来の伝統的な図像で、扇型の画面のほぼ中央部に当る。ゴッホにも《子守唄》というアルル時代の有名な作品があるが、そこでは赤子は登場せず、暗示されているだけである。完成作のこの母と子の周辺には花が咲き、小鳥がさえずるのどかな自然と、彼らを慈しみ、守る女神のような女性像などが描かれている。ゴッホのような日常的な光景ではなく、多分に幻想的、寓意的なニュアンスに富む画面である。