ミュシャの芸術の精神的な原動力は祖国愛でしたが、その才能を最初に世に送り出したのは、「女神サラ」と呼ばれたフランスの大女優サラ・ベルナールでした。1894年の暮れに彼女のためにデザインした宣伝ポスター《ジスモンダ》が出世作となり、それまでイラストレーターとして地道な仕事をしていたミュシャは、突然売れっ子のポスター作家として脚光を浴び始めます。6年間のサラとの契約関係の間に、彼がデザインした一連のポスターは、「女神サラ」のアイドルとしてのイメージを創り出し、定着させました。一方ミュシャがサラから得たものは、社会的な後ろ盾ばかりではありません。自らも優れた彫刻家であったサラとの交流を通して、ミュシャの芸術表現も成長しました。ミュシャ様式の特色となる演劇的な要素、特に限られた空間で象徴的な身振りを表現する手法は、彼女から着想を得たものでしょう。
このセクションでは、サラとの出会いを軸に、ミュシャの表現に見られる演劇性、さらにイラストレーターとしてのキャリアからくる物語性を考察します。