
1999/1/16 大屋政子が亡くなった日
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今から9年前の1999年1月16日は、ド派手なメイクとミニスカート姿がトレードマーク
どこから出ているかわからない声で「うちのおとうちゃん」とお決まりのセリフで大人気の大屋政子さんが亡くなった日。
タレントとしてだけではなく、敏腕女性実業家としても活躍。
そんな明るくておもしろい政子さんには家族しか知らない驚きの素顔があったのです。
1920年、代議士森田政義の長女として生まれる。
幼い頃からピアノやバレエ、音楽などを習い。小学校には毎朝車で送り迎えつきと、生粋のお嬢様として育つ。
その生活も父・政義がなくなってからは一変する。
家庭を助けるため働き出す政子さん。そして出会ったのがのちの「おとうちゃん」である帝人の社長大となる屋晋三だった。
晋三の女性関係や借金に悩まされながらも、大好きなおとうちゃんのために一生懸命働く政子さん。
晋三さんが亡くなられた後、お父ちゃんが大好きだった派手な衣装をまとい人気者になった大屋政子さん。
そして1999年1月16日、78歳の人生を終えた。
あのド派手な衣装は死ぬまでお父ちゃんを愛し続けた一人の女性の愛の形だったのだ。







