Q.内村が行く!イッテQカレンダープロジェクト 1月編


昨年11月。
イッテQ!メンバーが招集された。
そこで発表されたのは新しいプロジェクト…その名も
「イッテQカレンダープロジェクト」


それはメンバーが月ごとに出向き、そのときに起こる神秘の現象や絶景などを
撮影。それを集めて2011年用のスペシャルカレンダーを作ろうというもの。
それぞれ何月を担当するかはくじ引きで決める。
早速引いてみると…。
トップバッター1月は内村!
スタッフ「ターゲットは富士山頂からのご来光!」
内村  「ホント寒いのダメなんだよ!」


1週間後内村は有る人物の元を訪ねた。
国際登山ガイド 貫田宗男さん!
昨年5月イモトのキリマンジャロ登頂を支えた登山のエキスパート!


内村「初心者なんですけど行けるもんなんですかね?」
貫田「かなり難しいですけど(可能性は)ゼロじゃないですね」
「でも夏と冬はまるっきり違います!白い魔境と呼ばれています!」


冬富士登頂は、積雪が増す程に困難となる。
我々はプロジェクト決行の日を12月6日と定めた。
あとは、天に祈るのみ。
ところが12月5日 東京は大雨。
富士山も厚い雲に覆われた。
そして迎えた12月6日。
富士山は我々をあざ笑うかのように大雪をまとった。
これに挑まなければならない。


午前7時。
こんな白い顔の男が白い魔境へ!
内村をサポートしてくれる登山隊。
最も優先されるのは安全。
貫田さんの呼びかけで、国内トップクラスの山岳ガイドが集結!


雲ひとつない快晴。
気温は2℃。
登山道の入口で準備を整える。
実はこの時点で、登山隊の命運を左右する重大な事がある。


富士山に登る人の多くは5合目から登る。
ふもとから5合目までを結ぶ
富士スバルラインという道路があるため。
これを使えば、体力も時間も節約することが出来る。


しかし冬場は雪で閉鎖されることが多く
その場合は、ふもとから頂上まで歩かなければならず
最低でも2泊3日の旅路となる。
果たして開通か?それとも閉鎖か?
スタッフ「閉鎖です!」
内村「2泊だ…」
行く道は厳しさを極める。


では登山行程を説明しよう。
今回は4つある富士山の登山道のうち 
吉田ルートを使い山頂を目指す。
途中キャンプを張りながら、3日目朝のご来光がターゲット
初日は冬の富士山で唯一空いている。
5合目の山小屋・佐藤小屋を目指す。


遥かなる頂上に向け、最初の一歩を踏み出す。
歩き始めて1時間、2合目辺りから足元は早くも雪。
木々に隠れて見えないが実際はここまで雪が来ている。
雪道は体力を奪う。
この疲労が明日以降、尾をひくことが恐ろしい。
目指す佐藤小屋までは、まだ3時間以上歩かなければならない。
ひたすら歩く。
どれだけ歩いても辺りの風景は一向に変わらない。
内村「佐藤小屋は移動してんのか?!」
たどり着いたのはスタートから実に4時間後。


午後1時30分 
5合目佐藤小屋到達。
冬の富士山で唯一営業している佐藤小屋。


待望の食事。
今日はここで一泊。
午後3時、次第に風が出てきた。
明日からの登山もどんな状況に見舞われるか分らない。
ガイド「今から雪上訓練をします!」
相手は白い魔境。


最低限命を守る術を身に付けておかなければならない。
まずは雪山に登るための三種の神器。
鋭い歯で氷の上でも登れるアイゼン。
氷の斜面で杖変わりになるピッケル。
そして3つ目は・・・
スタッフ「内村さんこちらを!」
内村  「出た…ヘルメット!お待たせ、今年もよろしくね」


これまで数々の奇跡をおこしてきたヘルメットパワー
今再び呼び起こさん。
雪上訓練。
強風から身を守る耐風姿勢。


冬富士登頂プロジェクト2日目。
天候は晴れ。気温はマイナス3℃
晴天をもたらす冬型の気圧配置だが、ここから先、油断は禁物。
お世話になった、佐藤小屋を後にする。
目指すは8合目 標高3100メートル地点。
山小屋を風除けにしてキャンプを張る。


午前10時きっかり登頂開始!
しばらくはゆるやかな林道が続く。
望めば白煙巻き上がる山頂。
一見手が届きそうにも見えるが、行く道は長い。
ふもとから見れば、その道のりが分かる。
40分後6合目に到達。
ここで冬富士はようやくその全貌をみせる。
木々が消える森林限界。

標高2400メートル。雲を横目に歩みを進める。
眼下に見えるのは山中湖。
しかしそれをリポートするほど余裕はない。
内村「しゃべんねぇし…タレントとしてあるまじき行為」
幸いなのは天候。これがどこまでもつか。
冬の富士山で晴天が3日も続くなどということは
ほとんどないからだ。


ここで、先程までの晴天がウソのようなブリザード。
冬富士が白い魔境と呼ばれる所以はここにある。




打ちつける風と雪。
目を開けていることもままならない。
道のりは未だ6合目。頂上ははるかかなた。



たまらず小屋陰に退避。
すると…
ガイド「影富士です」
内村「すげぇ富士山の影ですよ」
山麓に映し出される壮大な富士山の影。
人はこれを影富士(かげふじ)と呼ぶ。


天候は先が見えない。
体力があるうちに出来るだけ距離をかせぐ。
登山道は完全に日陰に入った。
強風と相まって体感温度はマイナス20度を下まわる。
手や脚の感覚は既にない。
そう、立ち止まることこそ最も危険
体を温めるには歩くしかない。
だが標高は3000メートル。
たちまち息が切れる。
登山靴にアイゼン、ピッケルにリュックを合わせれば
装備の重量は30キロ以上にも達する。
この状況の中、進み続けることは厳しい。


予定を急遽変更、次の山小屋「太子館(たいしかん)」でテントを張る。

この辺りの判断、ちょっとでも間違えれば、最悪命を落とすことになる。
何とか辿り着いた。
張りつめていた緊張がとける。
内村「着いた八合目到着です!」
命綱はこのテント。
さすがは日本を代表するアルピニスト達。
ものの5分で設置完了。

だがこのままの状況では山頂アタックは到底できない。
風の様子を見て決断は深夜0時に下される。
午後6時未だ風は収まらないが、テント内では楽しいひとときが。
高山病を予防するため高所では水分補給が不可欠。
よって食事は汁物となる。

男たちがギュウギュウ詰めで固まる事で。
午後8時消灯。それぞれ横になり仮眠をとる。
そして4時間後の午前0時。
貫田さんからジャッジが下された。
貫田「2時出発!」
内村「ハイ…」

午前2時、いよいよ出発の時。
クルー全員が気合いを入れ直す。
ここからは一瞬の気の緩みが命取り。


残りは8合目の半分と魔の9合。
先頭を行くガイドの角谷さんがペースを作る。
日の出は6時30分。
そこに間に合わなければならないが、早く着きすぎてもいけない。
ここで再び風が出てきた、気温がぐんぐん下がる。
標高は3200メートル、酸素は平地の3分の2。
息苦しいが、空気を一杯に吸い込むと鼻の中はたちまち凍り、肺が痛む。
計り知れない大自然の力。それを相手に必死にもがく人間たち。


午前4時、最後の山小屋となる。 
足元には氷が。
再び出発。

8合目の終盤、傾斜は一気にきつくなる。


だが次第にペースが落ち始める。
1合目からどれだけ歩いたことか。
体力はもはや限界に近い。
残されているのは気力だけ。

午前5時どうにか9合目まで辿り着いた。
ここからが冬富士最大の難所
9合目から頂上までは、この斜面。
内村「キツいなぁ…」

一歩踏み外せば滑落は止まらない。
寒さ、疲労、そして恐怖。耐えるしかない。
ほどなく彼方の空が色味を帯びてきた。
だがペースは遅れたまま。
このままでは間にあわないかもしれない。
だが遅れを取り戻すにはあまりにもキツイ斜面。
そして遂に内村に限界が。
立ちくらみ、意識は薄れ、眼はうつろ。
だがこの状況ではギブアップもできない。
この暗闇の中の下山は自殺行為。
降りるも登るも地獄ならせめて登る方を選ぶしかない。
極限状態の行進がつづく。

這いつくばりながらも前へ。
頂上はもう、すぐそこ。
最後の鳥居をくぐる。
残り50m。
そして遂に!
ガイド「到着です!」
内村「やりました!!」

午前6時5分冬富士登頂成功!
なんとか御来光に間に合った。
しばしそのときを待つ。
内村「絶景だね…」
眼下には相模湾。
それを覆う雲から太陽は上がる。

午前6時35分。
氷点下20度、凍てつく富士を照らすご来光。
内村「うわーすげぇーー!日本一!」



さぁいよいよカレンダーの記念撮影!
しかしここで問題が。
フラッシュをたくとご来光が見えず
フラッシュをたかないとおもいっきり逆光
騙し騙し、こんな感じでどうでしょう?

とにもかくにもミッション無事クリア。
内村「下山!」
ふもとについたのは11時間後。
ヘルメットおじさんお疲れ様でした。