Q.イッテQ!イモトが挑む南米最高峰アコンカグア登頂スペシャル!


2011年12月27日
アコンカグア登山の拠点となる街「メンドーサ」
ここで山に挑む前に州立公園事務所で入山手続きを済ませる。



装備に不備がないか入念にチェック。
登山用具や食料、撮影機材などを合わせると
その重量は500キロを越える。
明日から2週間はフカフカのベッドと無縁の生活。
暖かいシャワーを浴びられるのもこれが最後。
次に浴びられるとすれば2週間後・・・



12月28日、いよいよ、アンデス山脈に入る。
標高はこの時点で2,900mという高地。
ここでガイドチームと合流!
今回はカメラマンが3人スタンバイ。
誰かが倒れれば誰かが撮る。
それだけのバックアップがなければ、この山には挑めない。
そしてディレクターは、例によって石崎。
石崎のバックアップは小野寺D、通称“サムライ”

今回の登山行程は、
標高6962mの頂上までは片道およそ50km
高度順応日を設けながら、5か所のキャンプ地を経由
順調にいけば10日後、アコンカグアの頂上にたつ。
いよいよ始まる、過酷な冒険!


今日の目的地は、9km先のキャンプ地“コンフルエンシア”
標高3400m地点まで緩やか登りが続く初日は、足慣らし。
4時間歩き、高所に体を慣らす。
1頭、60kgの荷揚げができるラバは、
登山隊を支えてくれる大切なパートナー。
本格的な登山となるのは5日目以降。
序盤はひたすら、アコンカグアに近づく。
ただそれだけの行進。
季節は夏。にも関わらず、雪化粧をまとう南米最高峰。
果たしてその山は我々を受け入れてくれるのか…
それとも拒むのか…。

標高3,400mのキャンプ地、コンフルエンシア。
各国の登山隊は富士山頂に匹敵するこのキャンプで
2泊する事、メディカルチェックを受けることが義務づけられる。
メディカルチェックに引っ掛かれば、問答無用で下山。
イッテQ!クルーはみんなクリアできた。



ここで目覚まし時計の差し入れが!
どんな音が鳴るのかというと・・・







12月29日、午前7時、起床。
今日は順応日。
順応日とは、
低酸素状態に体を慣らすために設けられるスケジュール。
キャンプから4時間歩いて、再びキャンプに戻る8時間。
精神的には面倒くさいの一言だが、これが不可欠。



標高4,100m地点、
鮮明にその姿を見せたアコンカグア。
5,000m級の山々を従えて
岩の衛兵と呼ばれるその山はそびえ立つ。
きり立った岩肌、これから挑む相手は巨大で
とてつもなく美しい。



見えているのはアコンカグアの南側斜面。
通称“南壁”
ここから西側の谷を迂回し、山の反対側まで回り込む。
そこが、本当の意味での登山口であるベースキャンプ。

12月30日、頂上に向け、再び前進。
昨日、山頂を見た事により闘志が燃え上がる。
ベースキャンプまでは距離にして15km、9時間の道のり。
斜面は緩やかだが、つらいのは乾燥によるホコリと強烈な紫外線。



標高は4,100m。
この辺りから、徐々に斜面がきつくなってくる。
しかし、ここまで3年かけて、山の女に成長したイモト、
難なく登っていく。
呼吸の乱れすら感じさせない。

斜面を登りきると、
あれこそが、アコンカグア登山の本当のスタートライン。
標高4,300mのベースキャンプ“プラサ・デ・ムーラス”
いうなれば、アルピニスト達の作戦本部。
高所に体を順応させなおかつ、
登頂アタックの計画を練る作戦本部。
いよいよ、登山隊の本当の闘いが始まる!


2011年の大晦日。
ここで2回目の健康診断。
すでに酸素量は平地の6割。
幸いクルー全員、高山病の兆候は見られなかった。
この日は順応日。
大晦日といってもやる事は特にないので、
“笑ってはいけないベースキャンプ”いってみよう!
1.セーラー服と機関銃








2.どじょうすくい









3.現地ガイド版セーラー服と機関銃



これが大ウケ!!




時間をもてあます何もない山の生活
それでも、すぐそこに広がる圧倒的なスケールの自然が
心を癒してくれる。
さぁ2011年ももうわずか。
まもなく年越し・・・
するとここで、内村から激励の電話!
お正月の挨拶と、
アコンカグアで2012年用イッテQ!カレンダー1月編を
撮ってくるようにと言い渡された!



年越しを前に世界各国からやってきた山男と山女。
酸素の薄さを感じさせない盛り上がりよう。
そしていよいよカウントダウン。




2012年もまた、
一生忘れる事の出来ない幕開けとなった!
人種も言葉も皆、ばらばら
それでも目標は皆同じ、一体感がベースキャンプを包む。





人並みのお正月を楽しめるようメンバーから差し入れが!
ベッキーからは餅つきセット。
そしてご意見番からの差し入れは実家の海苔。
じつはご意見番の実家は老舗の海苔屋さん。
ベッキーのお餅に巻いて食べる。
こうしてお正月気分を満喫。







2012年1月2日、山に入ってすでに6日がたった。
明日からの闘いに備え、リフレッシュしておきたい!
イモトは、実家に年始の挨拶。

洗髪、髭剃り、読書。
それぞれが、それぞれの方法で闘いに備える。
森三中からの差し入れは
筋肉フェチにはたまらない室伏広治の写真集。
長かった順応期間も今日まで・・・。



1月3日、天候は快晴、気温5度。
現在地はアコンカグアの北側、標高4,300mのベースキャンプ。
順調に行けばここから4日で山頂にたどり着く。
ここから先は、山と向き合う過酷な旅路。
日ごとに標高は上がり、山が牙を剥く。



ベースキャンプまでは、ラバが食料やテントを運んでくれたが
ここからは自分たちの力だけ。
必要最低限のものしか持っては行けない。
荷物に加えて装備も重くなり、体力が試される時が来た。
今日の目的地は、標高5,050mキャンプ1。
順調に行けば、4時間で辿り着く。



登山の序盤は、アンデスの山陰に隠れながら進んできたが、
ここからは、風や日差しがダイレクトにぶつかってくる。



出発から4時間キャンプ1、通称“カナダ”に到着。
恒例!内村からのカップラーメン!
しかしここでは、カップラーメンも簡単には食べられない。
雪溶け水を運んでこなければならない。






こういう事が、山では最高の楽しみなのだ



先はまだ長い。
重要なのは、気持ちと体調をしっかりと整える事。
必ずややってくる試練の為に。



不安な夜には、手越からの差し入れ!
身も心もポッカぽか湯たんぽ!
水のない環境で湯たんぽは最高の贅沢品。
手越湯たんぽに暖められて就寝。



1月4日、この日も天気は快晴、それでも気温は氷点下。
高山病の兆候はみられない。
テントを撤収し、出発の準備を整える
身支度を整えるだけでも、それなりに体力を使う。

目的地は、キャンプ1から横に3時間歩いた
キャンプ2『ニド・デ・コンドレス』。
気温はマイナス7度、
風により体感温度は更に下がる。
実はイモトは体脂肪率が少ないため、寒さに弱い。
高所では、胃腸の機能が低下し食欲不振になりやすい
カロリーの高いチョコや飴を腹に押し込める。



標高は、5,300m。
溶ける事のない氷河が雄大な風景を創り出す。
気になるのは、イモトが頻繁に弱音を吐く事。
すでに山に入って一週間、
かなりストレスが溜まっているのかもしれない。



予定通り3時間、標高5500m キャンプ2 ニド・デ・コンドレス到達。
ここは、山頂アタックに向けて最後の作戦基地となるキャンプ。
次のキャンプ3は、天候が荒れればテントを張る事も出来ないからだ。
すぐにでも体を休めたいが、やらなくてはならない事がやまほどある。




まずは、撮影機材の最終点検、
バッテリーの充電はソーラーバネルに頼る。
そして、水の確保。
ガチガチに凍った雪を堀り出す。
こういう事を楽しめるようでなければ
7,000mを越える山に登る事はできない。
予想外に元気なのが石崎。
これは「絶対に登らなければならない」と思っていると者(イモト)と
「別に登れなくてもいいや」と思っている者(石崎)の違いなのだ。
順調に行けばあと2日で山頂。
しかし、この山で順調にいく事などありはしない。



1月5日、 いきなり想定外の事態が起こった。
テントを出ると一面雪景色。
予定通りに進んで6日にアタックするか?
結論は、ここで1日滞在。スケジュールを後ろに倒した。
夕方になると、またしても天候が崩れた。
テントにまで、つもる程の大雪。
登頂をあきらめた登山隊も出始める。
今はただ待つしかない



1月6日、予報どおり雪はやんだ…しかし、風が強い。
日本の予報を現地ガイドに、説明するが
意見が分かれる。
判断を誤れば、命を落とす危険もある。
しかし、多少のリスクは犯さなければ
登頂できないのも事実。



11時30分、ベースキャンプから連絡が入った
出発の許可がでた。
急いでテントをたたみ、気持ちを奮い立たせる。
目指すは、最終アタックの拠点となる『キャンプ・コレラ』
道のりは3時間、標高6,000m。
いよいよ登山は佳境に入った。



1月アコンカグアが、ここまで雪をかぶる事は極めて稀。
これは滅多にみる事ができないサークルレインボー。
必ず登頂出来ると己に言い聞かせる。



最終キャンプ地は標高6,000m
イモトにとっては、初めて体験する高度。
極力息を乱さぬように進むが
キャンプが近づくにつれ、雪が深くなってきた。
呼吸が激しく乱れ、体力は一気に奪われる。



最終アタック拠点・コレラキャンプに到着。
標高差は、あと1,000m。
しかし、あそこまでは、順調にいっても10時間の道のり。
その戦いが始まるのは、深夜4時。




この日アタックする登山隊は、我々を含めて3組。
しかし、最もプロフェッショナルが揃っているのは、
我々イッテQ!登山隊。
こういう場合、その隊がラッセルをかって出て
道を造ると共に、様々な判断を行うのが山の慣例。




深夜3時 月が奇麗に見える快晴
イモトがテントからなかなか出てこない。
激しい胃の痛み、よりよってこのタイミング。
1人でも体調不良を訴えれば、登山隊全体の士気が下がる。
ある程度の事は、胸にしまうイモトがこれほどまでに顔を歪めるのは
よほどの事。
それでも、心が折れてしまえば、そこで終わり。
不安はつきない
それでも目指すは南米最高峰7,000m。
いよいよ最終アタック。
まずは、ご覧の斜面を一気に登る。例年ならば瓦礫の道だが
今夜は深い雪、ラッセルをかって出たのは
現地ガイド・ファンとナタリエル。



ペースはゆっくりだが、イモトの呼吸は激しく乱れる。
こまめに水分補給をしなければ、高山病に繋がる
しかし、この水分補給が、イモトをより苦しめる…
もだえるほどの激痛…
出発してわずかに1時間。
こんな状態では登頂など到底できない。
しかしイモトに下山するという気持ちは全くない
「絶対に行く」それは、適当に吐いた言葉ではない
絶対と言った以上、絶対に行くのだ。



予定の休憩ポイントまで、なんとか辿り着いた。
前に進みたいなら、胃の痛みよりも、水分補給。
なぜ、そうまでして登るのか?
実は、イモトには決めている事がある。
それは、毎年ひとつ自らを試し、
成長させる何かにトライするという事。
道が苦しければ苦しいほど得られるものは大きい。
登るのは、自らがそう望んだからに他ならない。



夜明け前が最も冷え込む時間帯。
気温はマイナス23度にまで下がった。
今は、耐える時間帯。
やがて日が昇れば、また気持ちは変わる。
一歩一歩登ってきた長い道のり。
ひとたび山を目指せば、待つのは地獄。
負けて山を下りるか?
あるいは苦しみに耐え抜き前に進むか?
逃れる術はただ1つ
目指す山頂を極めるしかない。



午前7時、アンデスの雲海を突き抜け昇るご来光。
しかし、そんな太陽の恩恵にあずかれないのが、
今日のアコンカグア。
吹き付ける強烈な風で体感温度は−30度を下回る。
思わず足が止まる。
だが、立ち止まっているのは、もっと危険。
体温が急速に奪われるからだ。




アタック開始から3時間半。
標高6,400m、インディペンデンシア小屋に到着。 
この小屋は、吹雪で視界を失った時の目印。


幸い風も弱まり 気温もマイナス16度まで上昇。
少しでもペースをあげていきたい。
そう思った矢先!


大きく割れた雪。雪崩の兆候だ
急いで安全な場所まで避難。
ラッセルは時に雪崩の引き金となる。
雪質と傾斜をチェックしなければ先へは進めない。
普段なら通れる道を 大きく迂回
そして、待ち受けるは、難所の1つ。
大トラバース。
トラバースとは斜面を横切る事。
滑落の危険がある上、遮るものがないため
強風が容赦なく吹きつける。
コンディションは想像以上に悪い。



しかし、とにかく行ける所まで突き進む。
トラバースに入るや否や
容赦のない強風が吹き付ける。
体感温度はマイナス40度以下
顔は凍り、手足の感覚はみるみる失われて行く。
気を抜けば一瞬で、体ごと持っていかれる。



岩陰を見つけて、一時避難。
次々と起る想定外の事態。
その1つ1つと向き合い正しい判断を出さなければ、
山頂へはたどり着けない。
そればかりか無事、麓に戻る事も不可能となる。
標高6,600m、問題のエリアが見えてきた。
雪崩の危険はないか?
現地ガイドが先行し雪質を調べる。



このままではビエントブランコにぶつかる。
今日のコンディションでは、ガイドはラッセルだけで精一杯。
クルー全員に目を行き届かす事ができない。
さらに、行く先には、最難関の急斜面・グランカナレーターが
待ち構えている。
チームの安全の為、ディレクター1人とガイドが下山。
一方、アタックチーム、深い雪をかき分け、上へと進む。
標高は6,650m、遂にイモトに高山病の症状が…


苦しいのはイモトばかりではない
ずっと道を造ってきた現地ガイドも疲労困憊。
角谷さんでさえも一歩進んでは呼吸を整える。
唯一、いいのは天気。
風は収まり、気温はマイナス10度まで上がってきた。
しかし、20m進んだところで行進がとまる。
ここまで7時間半、常に先頭を行き、仲間の為に道を造ってきた



ファンとナタリエル、プロである彼らにも、ついに限界が…
頂上まで、あと600m。
視界に捉えているが、前に、進めない。
時間がかかり過ぎれば、ビエントブランコもやってくる。
しかし、まだ諦めない!
現地ガイドに変わり、中島さんが道を造る。
なんとか先に進めそうだ。
呼吸を乱せば取り返す事が出来ない高度。
それでも、ありったけの力を出すしかない。
登山隊全員がギリギリの状態
カメラマンは、カメラがぶれないよう撮影中は呼吸が浅くなる。
その負担は計り知れない。





それぞれが拷問に耐える。

はっきりと見えるゴール。
しかし駆け寄る事はかなわない。
そして、ここで脱落者が…
石井カメラマンの足が止まった。
ここでメインのカメラを門谷カメラマンにチェンジ。
アタック再開。あと、400m。
だが、その400mが限りなく遠い。



2時間かかってようやくアコンカグア最大の難所を乗り越えた。
南北7,500kmに渡ってそびえるアンデス山脈。



だが、イバラの道はまだ終わりではなかった
先頭を行く、ガイドのファンが止まった。
手前に2カ所、雪崩の起こりそうなポイントが。
本来のルートを諦め、ここから直角に登り
山の尾根を進むルートに変更。
ここへきて、再び地獄の急斜面。
しかも普段なら誰も登らない、道なき道を行く。
プロのガイドも分からない未知の登山。
行けそうなところをラッセルしながら探る。
度重なるハプニングに目標時刻は、すでに過ぎた。
ゴールできるか?できないか?この時点でもなお分からない。
それでもなんとかルートを開き、遂にアコンカグアの尾根に出る。
アコンカグア南壁・世界最大級の大岩壁。
標高は、実に6,890m。
ここはすでに極限と呼ばれる世界。
幾多の試練を乗り越え 残すは200m
はってでも登る。


そう覚悟を決めた矢先だった…







先ほどまで見通せた南壁が雲に覆われはじめた。
恐ろしいほどのスピードで雲が上がってくる。
まぎれもなくビエントブランコの予兆。
ゴールを目前にして下されたのは厳しい決断



登頂断念。






地球の裏側、日本から1万7千キロの旅路。
そして、2週間にわたる登山生活。
全てを捧げ、目指し続けたその頂だったが、
あと200m届かなかった。
しかし、ここまで来て断念する決断は、
進むより、遥かに勇気のいる事。

悔しいが、異論はない。
麓に足を向ける…。


標高6,850m。
頂上まであと200mの地点だった。
イッテQ!登山部 無念の下山。



2012年1月カレンダーを飾ったのはこちら。
キリマンジャロ・モンブランと
調子に乗ってやってきたイッテQ!登山部
しかし、アコンカグアは我々に告げた
「お前ら山はそんなに甘くねぇぞ」




南米最高峰にお灸をすえられたイモトだったが
一回り成長したのは確か
見よ、この究極の山ガールを…
というわけで、反省も踏まえて、イッテQ!登山部の挑戦は続く…。