Q.イッテQ!登山部世界最高峰エベレストへの挑戦〜その一部始終〜


2014年4月10日
エベレストを擁する国、ネパール
イモトはその首都、カトマンズに降り立った。
まずは恒例のヘアカット、今回は蒼井優カット!



眼下にそびえ立つ、世界の屋根・ヒマラヤ。
神々の座と呼ばれ、
8,000m級の山々が連なるこの偉大な大地。
その頂点こそ、この星のすべての冒険家が憧れる
エベレスト。


だが、すぐにそこを目指すわけではない。
ガイドチームは、繰り返しミーティングを行い、
より安全性を追求したスケジュールを作り上げた。
通常のエベレスト登山は、
ベースキャンプとキャンプ2を行き来しながら、
高所順応をするのが一般的。
対して、我々が高所順応を行うのは、
エベレストから50キロ離れたメラピークという山。


それはなぜか?
エベレストで最も危険なアイスフォール。
高所順応のため、
ここを何度も行き来するリスクを
最小限におさえる作戦だった。


そしてまさにこのアイスフォールで、
1週間後、エベレスト史上最悪の事故は
起こるのである。
だが、そんな事など予想だにせず、
イッテQ!登山部は、順応の山・メラピークの麓の村
コーテに入った。


ここでイモトを支えてくれるガイド陣と合流。
それでは、エベレスト登山隊。
メンバーを紹介しよう。
プロジェクトのすべてを統括するのは、
天国じじいこと貫田宗男



国際山岳ガイド・角谷道弘






エベレスト初挑戦の若手クライマー、
中島健郎と三戸呂拓也





エベレストを始め8,000m峰を6座登頂
ムードメーカー・奥田仁一





さらに、最強の助っ人として招聘したのは、
倉岡裕之。
エベレスト・ガイド登頂6回、
日本人最多記録を持つ男
昨年、三浦雄一郎氏のエベレスト遠征で
リーダーを務め、その偉業達成の戦略を担った。


そしてチームドクターとして、
武藤文隆(ふみたか)医師も同行。





山岳カメラマンは、石井邦彦を中心とする3名。






音声は、イモトの精神安定剤・廣瀬あかり






登山部主任・石崎と小野寺ディレクター






そしてADは、トリオ漫才でお馴染みの藤野と柏田






登山のエキスパート・シェルパ。
それはヒマラヤに住む山岳民族。
高所に滅法強く、ルート工作やキャンプの設置など
世界各国から来る登山隊をサポートしてくれる
プロフェッショナル。


そのシェルパのリーダーを努めるのは、
ペンバ・ギャルツェン。
エベレストを10度制したこの男が我々を支えてくれる。




日本人16名、シェルパ24名。
総勢40名で世界最高峰を目指す!





4月13日
雲ひとつない快晴。
のぞむは雪化粧をまとうメラピーク。
標高6,461m。
まずはそのベースキャンプまで5日かけて登る。
ついに始まった2か月に渡る人生最大のチャレンジ
それぞれが、並々ならぬ決意でこの地にやってきた。


イモトをここまで引っ張ってきてくれた角谷さん。
2年前の滑落事故で負った大怪我から、
血のにじむような努力で復活し、
昨年イモトとともに
8,000m峰マナスルを制した。
そんな角谷さんも特別な想いがある。



そして、中島・三戸呂の若手クライマーは
世界最高峰初挑戦!


試される肉体と精神。
この一歩一歩は、必ずや世界最高峰へと届くはず!
そう信じていた。


そして始まる2か月間のテント暮らし。
ご存知の通り、イモトが最も苦手とする所。
風呂もなければ、トイレもない。
ただ山と向き合う生活。
それでも、ここに来た者しか味わえない
仲間との絆やそれを取り囲む雄大な世界がある。
やがて踏みしめる、世界最高峰を想い
眠りについた。


しかし、翌日。
メンバーに高山病の症状が出る。
最も重症なのは、石崎主任。
頭痛と吐き気を訴えた。
武藤ドクターの診断により、
酸素吸入で状態の改善をはかる。
標高は4,000m。予想より早い高度障害
そしてAD柏田も…
序盤は、ゆっくりと歩みを進め、各々順応に努めた。


そして迎えた4月18日
天気は快晴。
イッテQ!登山部がメラピークのベースキャンプを
目指したこの日
およそ50キロ離れたエベレストでは
史上最悪な事故が起こっていた。
イッテQ!登山部の一大チャレンジは、
この瞬間から崩壊が始まるのだった。


4月18日 この日
エベレストで史上最悪といわれる事故が起こった。
一方、イッテQ!登山隊は
そこから50キロ離れた
順応の山メラピークのベースキャンプに入った。
そして到着と同時に事故のニュースは
飛び込んで来た。


エベレスト登山において最も危険とされる場所
アイスフォールで起こった事故。
犠牲になったのは、キャンプを設営するため
先行して登っていたシェルパ達。
アイスフォールを渡る為のはしごが折れ
立ち往生していた50人に雪崩が直撃した。


エベレストのシェルパは500人以上いるが
皆、仲間。
イッテQ!チームのシェルパ頭ベンバさんも
多くの友を失った。


<ベンバさん>
これまで何十年もエベレストで
仕事をしてきましたが
これほど大きな事故は初めてです
沢山の仲間が命を落としたのは残念ですが
我々はプロとして最後まで皆さんを
サポートします。


エベレストから50キロ離れた ここには
まだ、詳細な情報は入ってこない
不確定な憶測にふり回されるより、
今は、目の前の事を一つ一つやるしかない。
我々は、高度順応を続ける事を決めた。



事故の翌日。
そのニュースは日本はもとより
世界中で報じられた。
まず決まったのは、
亡くなったシェルパに哀悼の意を捧げ、
1週間エベレストを閉山すること。
今後、事態は、どのようになるのか?
未だかつて無い規模の事故ゆえ
それは誰にもわからなかった。

我々に唯一できることは、
憶測を捨て、万全の準備を整える事だけ。
ひとまずは、このベースキャンプ周辺で
5日間順応に集中する。

そんな順応の最中 再びニュースが入って来た。
一部のシェルパ達が、
亡くなった仲間の遺族の保証や保険などの問題が
解決されなければ、
山には入らないと、訴えているという。



<ベンバさん>
今、ベースキャンプは非常に混乱している。
今年の登山を全面中止にすべきだというシェルパと、
続行すべきだというシェルパで、
意見が対立しているんだ。


シェルパの協力無くして
登山続行は、不可能。
今年エベレストに集まった35の登山隊の内
事故でシェルパを失った隊は、すでに断念をきめた。
シェルパだけではない。
登山隊が次々とリタイヤすれば、
残された隊も登頂は難しくなる。
なぜなら登山ルートは多くの隊が協力して
整えるからだ。

シェルパの精鋭が集まっているチーム
ニュージーランドの登山隊
『ヒメックス・ラッセルブライス』
毎年、ルート工作の指揮をとっている。
もしこのチームが断念するような事があれば
他の多くの隊もそれに続き、
結果、登れる隊はなくなる。
撤退という決断も覚悟しなければならない状況。
しかし、結論が出ていない以上
順応だけは進めなければならなかった。
多くの命が失われたという現実は重い。
しかし、このために皆が
並々ならぬ覚悟と準備をしてきた。
気持ちは揺れる。
どんな結果でも受け入れなければならないが
まだ止まりたくはない。

だが、4月23日
チャレンジ続行を示唆するニュースが入って来た。
混乱がつづく事態に、
山を管理するネパール政府が動いたのだ。
政府は、シェルパ達にエベレスト登山の再開を
要請すると同時に
各国の登山隊に声明を発表するという。


<ネパール観光省>
すべての登山隊に遠征を続けるよう強く要請する。
なぜなら各隊はここにくるまで必要な準備を
全て行ってきたのであるから。



<ベンバさん>
これで、シェルパたちの混乱は治まり、
エベレストは例年通りの体勢に戻ると思います
皆さんの夢は、これから実現するのです。



事態は前へと動き始めた。
登山隊に戻る活気、再び気を引き締め直す。
日本を発ち既に2週間、
いよいよ明日からはエベレストへ向け
メラピーク登頂に挑む!



現在地であるベースキャンプから
3日かけ標高6461mの頂上へ
そして頂上直下6400m地点で一泊し下山。
順応の山だが、
ここを目標とする登山隊もいるレベルであり、
全力が要求される。
ヒマラヤ山脈 いよいよその本丸に踏みこむ。

この4日後。世界最高峰への挑戦は幕を閉じる
それを知らぬイッテQ!登山隊
覚悟を決めいばらの道へと突き進む。




4月24日。
4日後 断念となるチャレンジだが
メラピークもまた過酷かつ美しい山
皆さんもしばし、
希望を持って登る登山部と同じ気持ちで
この山へのアタックをご覧ください。


天気は快晴。
そしてイモトの心もまたすっきりと晴れ渡っていた。





世界最高峰に立つ自分を思い描き
力強く歩みを重ねて行く。





このうえなく順調に
標高5370m・キャンプ1到着。
体調不良になる者もでず 隊の士気は高い
唯一の問題と言えば
「いびき」



4月25日
天候は晴れ 気温はマイナス8度。
今日の目的地は標高5800mのキャンプ2。
メラピークはここから美しさを増す。
天国じじいは中腹からの撮影、
および空撮のため別行動。
そしてアタック隊も出発。


「いかにゆっくりいくか」
今日は緩やかな斜面をひたすら登る
比較的楽な行程。
広がるのは世界の屋根・ヒマラヤ山脈 その絶景。
これをお茶の間にもお届けしようと
撮影班も気合いが入る。



4月25日 4時間登り。
登山隊はメラピークのキャンプ2に入った。
ここで仮眠をとり、
深夜、山頂に向けアタックする。
さらに頂上直下で一泊し、
エベレストへ向け高所に完璧に順応した体をつくる。
しかし、泣きを言ってはいられない。
見据えるは世界最高峰。


だがこの時、
エベレストのベースキャンプでは
予想外の事態が起こっていた。
各国の登山隊に遠征続行を要請し、
シェルパとの交渉に臨んでいたネパール政府。



だが、その交渉は、まとまらず。
行くべきと主張するシェルパと
中止だというシェルパ、依然2分状態のまま。
その知らせが、麓の貫田さんに入った。

<貫田さん>
「がっかりですね」





再び事態は五分と五分に。
世界30隊が、また宙に浮いた状態となった。
その状況はすぐさまアタック隊にも知らされた。
ガイドチームにも衝撃が走る。
ここで再び、動向が注目されるのが、ヒメックス隊。
シェルパは、精鋭ぞろいのプロフェッショナル達で
自分たちが世界中の登山隊の鍵を握っている事も
自覚している。
彼らが登ると決めれば、ルートは開かれ、
世界30隊がそれに続く。

心が揺らげば道のりはより過酷になる。
まだイモトには知らせない。
結果、残酷な判断になってしまったが
この時はそうせざるをえなかった。



午前4時。
どう転ぶかわからぬまま
メラピークにアタック。
メラピーク 最終アタック開始!
天気は快晴 風もおだやか。
このうえないコンディション。



ご来光よりも先に姿を見せてくれたのは、
イモトが思い続ける世界最高峰だった。
白み始める空。
それを貫くようにそびえる
あれこそが人生で初めて見るエベレスト。



<イモト>
「アイツ(エベレスト)のせい、アイツのおかげ」
「色んな想いがあります」


エベレストに立ちたい その夢を抱いて5年。
それゆえ求められた途方もない努力と苦しみ。
だが、それと同時に得られた、
かけがえの無い仲間や
己の限界を超える達成感。
ここまでイモトを成長させてくれたのもまた
エベレストだった。


<イモト>
「登りたい」
「登ってみよう上から見た方が綺麗だから」
願わくばあの高みに立ち 、
仲間と喜びを分かち合いたい。
その希望は最後の最後まで捨てはしない。

午前5時30分 待望のご来光。
エベレストを目のあたりにし、
イモトの闘志は燃え上がる。




そして遂にヒマラヤ6000m峰メラピーク
その頂上を捉えた。
最後の力を振り絞り垂直の壁に挑む。
これまでの登山でイモトは学んだ。
どんなに辛く苦しくても、
前にさえ進めば、いつかは頂上に着く。
それは、世界で最も高い山とて同じ事。
打ち負かすべきは自分自身。


こうしてアタックから6時間。
ついにメラピークの頂上にたった。
今日泊まるのは標高6300mに作った
その名も天国キャンプ。
もちろん天国っぽいのは見た目だけ。
プロの登山家でさえ
そう簡単には順応できない高度。
それでも、それぞれがそれぞれの地獄に耐え、
ついにエベレストの高度に耐えうる体を手に入れた。


だが、時を同じくして
貫田さんの元に決定的な知らせが入った。
それは、ヒッメクス・ラッセルブライス隊が
様々な状況をかんがえ、
今年は登山断念の判断を下したというもの。
これにより、世界30隊の運命が決まった。


未だそれを知らない アタックチーム。
体はボロボロだが気持ちは晴れやか
あとはエベレストの山頂に向けて
ただ前に進めばいいだけ そう思っていた。

下山後、貫田さんがまずガイドチームに報告。
イッテQ!登山部 エベレスト断念。
ついにその決断が下された。
未だ、何も知らないイモトに告げなければならない。
貫田さんからここまでの経緯が説明された。


それはまさに人生最大のチャレンジ。
ここにくるまで、様々な葛藤があった。
純粋に山に取り付かれている訳ではない自分が
世界最高峰に通用するのか?
偉大な先輩の言葉も聞いた。



決めた覚悟。
迷いと不安を払いのけ
あらゆる準備に全力を尽くした。




「歯のメンテ」
ぱんぱんの顔でテレビに出なければならない
それさえいとわず、試練に備えた。
今日まで尽くした力は
報われなかった。

それぞれが強い想いを秘めていた
それゆえ、味わうおおきな喪失感。





4月29日
イッテQ!登山部 無念の撤退。





今後どうするか それはまた一から考えるしかない。
なによりも今年は多くの命がエベレストで失われた。
それは、シェルパという
仕事のレベルを超え我々を支えてくれる山の仲間達。
登山部のメンバーは
犠牲になった方たちに敬意と哀悼を意を捧げ
2014年のチャレンジを終えた。
今後の展望はまた後日報告致します。