#292 モータウン
December 26, 2008

日本のモータウン(Motor town)といえば、誰もが思いつくのが静岡県の浜松市ではないでしょうか。本田宗一郎が青雲の志で自らの会社を立ち上げた地。そして現在はスズキ、ヤマハといったメーカーと工場、それに部品などを供給したり、開発にタッチしたりという数多の企業が集結しています。
しかしご存じのとおり自動車産業は尋常ならざる冬の時代。どのメーカーもいわゆる派遣労働者の契約を解除したり、期間工員の再契約をしないなどの人切りに踏み切っています。となればそのメーカーと納入契約を結んでいるサプライヤー企業が影響を受けないはずがありません。すでにここ数年、中小の下請け企業は苦しい状況が続いていたのですが、この秋から一段とその厳しさは増しています。すでに倒産や廃業も相次いでいるといいます。いわゆる下請けの弱点は、圧倒的な強者であるメーカーの景気に自社の業績が完全に連動してしまうこと。たしかな技術と人材を持ち合わせながら、主体的に経営をきり開くことが困難です。

081212EV1.jpgそこで、モータウンの地盤沈下を食い止めようと、産・学・官の3者が連携しての取り組みが始まりました。写真の一人乗り電気自動車「ミルイラ」です。「みるい」とは遠州弁で「未熟な」「まだ熟していない」という意味。なるほど車の成り立ちはまだ青い果実のようですが、その先にはでっかいロマンがあったのです。先日お披露目を取材してきましたが、「お金は無いけど夢はある」という気概にあふれた取り組みでした。しかしその苦労話を聞くと、ネックは企業自身ではなく、こうした取り組みを阻害する規制や環境なのでは、と思うことしきりでした。
たとえばバッテリー。高性能で小さく軽いリチウムバッテリーは、現在大メーカーと電池メーカーが向き合いで「オーダー方式」にて作られています。つまり、さまざまな機器に流用可能な「汎用製品」が無いというのです。ゆえに「ミルイラ」は床下に通常の自動車用バッテリーを並べていて、航続性能に不足が否めません。ちなみに中国では国が主導でリチウムの汎用製品の製造に乗り出すとか。
また、前面に風防をつける=ガラス窓→ワイパーをつけねばならない、とか、原付自転車扱いなので2人乗り仕様は法令上無理、といったことも。屋根つきの2人乗りができれば実用度がぐんと上がるのですが・・・。官公庁を中心に、運転エリアが市街地などに限られているユーザーには、小型電気自動車はうってつけだと思うのですけれど、法令が厳しくて実用性がスポイルされ、結果すぐには普及しないという隘路に追い込まれるのです。これはプロジェクトの責任ではありません。
しかし黙って手をこまねかないのが遠州・浜松の気質だそうで。「やらまいか精神」=やってみようという気概を地で行く活動にこれから入ります。今回紹介したような軽便な電気自動車の「特区」を作り、その指定を受けようということも視野にいれているそうです。ここは市もがんばりどころです。

081212EV2.jpg今回は工場も見せて頂きました。FRPの車体を手作業で作るようす、そしてとあるメーカーから受注を受けFRP製品のもとになる木型を手で彫りだすようすを見たのですが、その精度といったら脱帽するしかありません。「ものづくり」といっても単純にパーツを組み上げるだけではない、一朝一夕には築けない技術の強みがありました。
お金を右から左に動かして巨利を上げることが持て囃されるような時期もありましたが、やはり日本は長年つちかったものづくりの蓄積を大事にしなければなりません。同時にユーザーも、ものづくりへの敬意を失ってはならないと思います。日本のモータウン・浜松をはじめとするものづくりの担い手が安心して仕事に打ち込める環境が取り戻されることを、切に願うばかりです。









#291 クリスマス
December 22, 2008

街に出るとクリスマスムードが高まっています。「リアルタイム」でもお天気コーナーを中心に、各地のライトアップをご紹介してきましたが、ほんとにあちこちでイルミネーションが増えましたね。
去年の今ごろ「隣の晩ごはん」ロケでお邪魔した横浜市青葉区の住宅街は、若いファミリーの多い街とあって、戸建て住宅の多くが思い思いの照明で彩られていました。中にはサンタさんやトナカイの映像を影絵で映し出す装置なんかもありましてね。それがじつに自然で、「日本のクリスマスもここまで来たか」と思った次第です。

081216tanuki.jpgそんな中、会社から昼ごはんに出た際にたいへんなものを見つけてしまいました。それが今回の写真。「たぬき」であります。かなり大きめです。しかも少々ムリのあるこのいで立ち…。純和風のたぬきなりに、クリスマスをがんばってみました。場所は新橋駅前。その名も「新橋駅前ビル」であります。タクシープール、バス停留所が正面にあるまさに駅前ビル。このビル、ネットで調べたところでは築42年。何せ多数の立ち飲み店、ほっとくつろぐ定食屋さん、古コイン商のような趣味の店、さらには夏ともなればちょっとお色気なビアガーデンもありという、「ザ・新橋」というビルであります。その玄関付近に堂々と仁王立ちするたぬきも今はこの装い。再び「はぁ~、日本のクリスマスもここまで来たか」と思いましたよ。さっきと同じセリフですが、心象風景がだいぶ違います。わかりますね。

お父さんたちの楽園に何とも微妙な空気を醸し出すこのたぬき。しかし見れば見るほどなんだか愛おしくなってくるから不思議です。表参道のイルミネーション?六本木ヒルズのきらめき?いやいや、我らが新橋にはたぬきがいるのだ!…つまり私はやっぱり青山や西麻布より、新橋チームになじんでいる、ということでしょう。

#290 環境
December 15, 2008

東京ビッグサイトで開かれていた国内最大級の環境展示会に行ってきました。民間企業のみならず、大学なども参加。たいへんな広さの会場なのに、それを埋め尽くす人の多さにも驚きました。

081211eco1.jpg
日産のブースに行くと、何ともクリーンでかわいらしいジオラマが。小さくカラフルなミニカーがスイスイと走ったり停まったりしています。わたくしアクションの有無にかかわらずジオラマが大好きなのですが、これはかなり面白いアクションが随所に仕掛けられていました。
全体としては横浜の街をイメージ。しかも電気自動車が多数走りまわることを想定した街づくりがなされた、という設定です。写真中央左側の大きな建物はショッピングモール。駐車場では買い物中にプラグを差し込むことなく充電できます。もちろん屋上の太陽電池からの電力も利用。写真中央のいちばん奥には駅があるのですが、そこでは「パークアンドライド」。電車から降りるとレンタルの電気自動車がありました。そして画面手前の一番左には、路面の色が違うレーンがありますね。これ「電気自動車専用レーン」です。電気自動車が近付くと、ちゃんと道路信号も優先的に青になり、無駄なストップ&ゴーが無くなります。しかも走行しながら充電が可能だと。これはさすがに絵空事かと思い、担当者に聞いてみると「理論的には可能」だそうです。

081211eco2.jpg
さらには右奥のほう、運河で区切られた島のような一角は、排ガスを出さない乗りものだけが入れるゾーン。よく見ると自転車や人が楽しげに走り回っています。車道に面したオープンカフェではきれいな空気とおいしいコーヒーを楽しむ人の姿も。この島のコンビニには風力発電システムも設置。買い物中の急速充電にも一役買っていました。
電気自動車など新しいかたちの車が普及するには、相応のインフラが必要。その提言を行うジオラマなのです。そのアイディアは発電、送電に関する新技術、充電システムや自動車そのものに要する新技術にとどまりません。カーシェアリング(自動車の共有共用システム)や、充電スタンドなど、新しいビジネスモデルも生み出すポテンシャルがあるというわけです。なるほど、こういうかたちでいつか新しい街が生まれたら、これはちょっと世界に誇れるなあ・・・と思った私。

 気づけば周りには大勢の小中学生が。このイベントを授業の一環で見学している子供たちの多さにも驚きました。しかもそのほとんどがノートを片手に、真剣に各ブースの展示に見入っています。こういう年ごろから環境というものを考えている彼らは、私の世代よりももっと身近で、もっと切実な問題ととらえているのでしょうね。先に環境を破壊してきた世代の一員として、いくばくかの罪悪感を覚えると同時に、(身勝手ながら)大きな期待を寄せた次第です。

#289 読了日記042 『ばかもの』
December 8, 2008

と向かって「ばかもの」と言われたら…。誰に、どういうかたちで言われるかが問題です。ストレートな怒りの表明?嘲笑?それとも愛情表現?本書に出てくる「ばかもの」は…
081208bakamono.jpg

・絲山秋子 『ばかもの』(新潮社)

 年上の女性と出会い、その女性との交際を通じて性愛にはまる主人公。のちにはアルコールに溺れることになる。前半、中盤は主人公が社会人として、人として行き着く果てまで墜ちてゆく過程が描かれる。うっすらと湿り気を帯び、「ダメ」のスパイラルがぐるぐると回っていくさまは、まさに絲山ワールドという感じ。こうして人は墜ちてゆく、その実感を「文字」だけで感じさせるのは筆力である。もっともその描写は多分に「露悪的」な感じもあるのだけれど。
 自分自身は大丈夫、と思っていても、何かひとつ踏み違えるときにそのスパイラルに入り込まないか。いまの世の中、そうはならないという保証は誰にも無いのではないか。本書を読んでいると、人間関係は「桶を結わえる『たが』」みたいなものかと思わされる。桶を作る一枚一枚の板は接着されていないが、一本の「たが」で円く結ばれていると。伴侶や友人や上司やその他大勢の人々と、たがを通じて繋がりあっているのかなというイメージだ。本書の主人公の暮らしはどんどん「たがが緩み」、「たがが外れ」ていくわけだが、その結果、繋がっていた一つ一つの人間関係はバラバラになり、最終的には自分自身という一枚の板もパタリと倒れてしまうのだ。
不安だらけの世情。今はなんとかなっていても一寸先は闇という薄ら寒さを誰もが感じる年の瀬。本書で示される「墜ちっぷり」は他人事でない怖さを読みとれてしまい、やっぱり心中がひんやりとしてしまう。
 そこで物語は倒れてしまった板がどんな「たが」を見つけて行くか、という局面に至るわけだが、そこから先は実際にお読み下さい。

#288 損失
December 4, 2008

リーマン・ショック、サブプライム問題。2008年の世界経済は「悪いニュース」の連続でした。先日のリアルタイムでは、森キャスターの取材で「ファミレス業界」の浮沈をご紹介しましたが、本業が好調なのに資金運用で大変な損をした会社もありましたね。

081129komazawa.jpg一般のサービス業や製造業の会社の場合とちょっと問題の性質が異なる事例もありました。写真は駒沢大学の深沢キャンパス。大学がデリバティブ取引に投資した資産運用がうまくいかず、150億円以上の損失が出たのです。少子化で学費や入試受験料の収入だけでは十分な資金調達ができない、と判断したのでしょうが、結果として大きな穴をあけることになってしまいました。大学は銀行から融資を受けることになり、写真の深沢キャンパスなどは担保となってしまったのです。

このニュースを伝えた日は、作家の山本一力さんがコメンテーターでした。一力さんはいたくこの問題に立腹されていて、「学問の府がマネーゲームに走るとは何事か」と繰り返しておられました。しかるに実態はわれわれの予想を超えています。すでに1割以上の私立大学がデリバティブ取引に資金を投じているとか。まだ露見していないだけで、またこうしたニュースをお伝えすることがあるのかもしれません。
今回駒沢大学の件では学生に直接的な影響は出ていませんが、一力さんのおっしゃる通り、もしもの事態も考えられます。「大学の破たん」です。そうなったとき、在学中の、あるいは進学を決めた学生たちはどうなるのか。それも社会の現実と言い切るにはあまりに残酷です。
厳しい懐事情はあるのでしょうが、学問の場が自ら「泡をつかむ」ような投資を行い、本業に不安をもたらすというのはどうでしょうか。こういう時代こそ、地に足のついた実直なやりかたを貫いてほしいと思います。