#318 読前日記
June 29, 2009

先のことは誰にも分からない世の中。まさかマイケル・ジャクソンがああいう形でこの世を去るとは…。いま26日(金)の午前中です。この文章が自動的にUPされるころ、世間は何を注視しているのか・・・。今回は、当面読むつもりの本の一部をご紹介します。

090626book.jpg 最初は村上春樹の「1Q84」。すでに読んだ方も多いと思いますが、どういう感じでしょうかね。先週あたりには新聞の書評でもちらほらと書かれています。すでに「amazon」のカスタマーレビューも100件を越えていますし。いま試しに「Google」で「1Q84」を検索してみると、139万件のヒット数。ちなみに「近野宏明」は3万1400件。それもこれも、社会現象なのでしょう。読む前に、世の中にこれだけの情報があるというのはスゴイですが、うまいこと「中身」については知らずに済ませているので、これからのお楽しみです。

 もう1冊は蓮池薫さんの「半島へ、ふたたび」。その第一部は、蓮池さんの韓国への旅(08年2月)の旅の記録。まえがきでは「たった一回のソウル旅行」「わずか八日間の韓国旅行」と記しているが、その短い期間の単なる記録ではないようです。旅を通じての感想や思い、疑問は100回を超えるブログに綴られ、それが本書の第一部にまとめられているといいます。「わずか八日間」の旅に触発されてしたためることがこれだけの分量になる、というのはどういうことか。じっさい読み始めると…非常に「濃厚」。これはじっくりと読むしかないでしょう。一気に読みそうな気配がすでに漂っています。

 ということで、本稿がUPされるころにはもうどちらかを読了しているかもしれません。

#317 読了日記047 『かながわ定食紀行』 今柊二 (かもめ文庫)
June 22, 2009

昭和40年代に生まれ、大学入学と同時に一人暮らしを始めた私は、当然のように「定食屋さん」に吸い寄せられるようになりました。学校の周辺でも、自宅のある私鉄の駅前でも、大きな本屋さんやデパートのある繁華街でも。バブリーな生活とは程遠い、ごくごく平凡な大学生にとって、定食は心強い味方。どこに出かけても美味しい定食を出すお店を、自然と体がもとめていたのです。商店街の真ん中に。駅前の一等地に。地下街の奥まったところに。安くておいしくて健康的な定食を見つけると、ほんと嬉しい気持になるものです。

090621kanagawa.jpg本書は神奈川の定食を紹介する新聞コラムの集成。50店のお店がそれぞれの「定食力」を競い合うようにラインアップされています。そもそも著者は本書の前に、「定食バンザイ」(ちくま文庫)なる名著を世に送り出した人物。定食愛好界の実力者といっていいでしょう。その筆力と「定食探索能力」は、私のような定食ファンの気持ちをつかんで離しません。定食風に言うならば、「脂の乗った」書き手であります。
この著者の頻用することばのひとつが「おかず力」。その時々で微妙にニュアンスが違うのだが、総じて言うと「ごはんの進む度合い」みたいな感じでしょうか。本書では、横須賀の店で「新鮮なアジのたたきはコリコリとおいしく、おろし生姜と醤油が絶妙の接着剤となり、すごい『おかず力』を発揮する」と感動したり、鶴見のお店では「エビフライ。ガギンガギンに揚げていて、これはこれでおかず力が高い」と納得したり。著者は美味しさと同時にボリュームも重視しているようなので、「おかず力」の強さが満足感につながるのかなと推測されます。
それと、「野菜不足」に恐怖を覚える点は私も一緒。一人暮らしのころから現在まで、「なんらかの形で毎食野菜を摂りたい」という気持ちは、もはや「強迫観念」といえるぐらいですが、著者もその点は同様なので、栄養が偏りがちな食生活の皆さんも、是非本書の定食をご参考に。

それにしても。本書を読んでいると定食の魅力は星の数ほどあるのだなあと思わされます。組み合わせの妙、ちょっとハズす粋。圧倒的なボリュームのパワー、その店だけの味。…いずれもチェーンのお店では味わえない、その店の主の温かさがあふれているのです。食後に著者がその店の歴史や食したメニューの謂われを聞いたとき、主の答えがどれもお腹に沁みます。ほんと、やさしくあたたかい食のルポ&エッセイといえそうです。

こうして本書を眺めながら書いていても、2時間ほどまえに食事したばかりなのにグッとくる。そんな定食の魅惑の世界。本書は文庫化の際に、50店の現況を記しているので、ガイドブックとしても十二分に使えます。夏休み。訪れたことのない街にプチトリップ。定食の世界を堪能してはいかがでしょう。

#316 新型
June 15, 2009

新型というものは「良いもの」とされるのが当然、という時代が長らく続いてきました。家電製品も、自動車も、とりわけ耐久消費財は新型は正義ともいうべき時代でした。ところが昨今の新型は「恐怖」「不安」で語られるようになってしまったのです。ほかでもない「新型インフルエンザ」です。
先週の番組で、「新型インフルエンザ」の第二波のおそれについてお伝えしました。厚生労働省の想定では、仮にワクチンが全く使われない場合、これまでのアメリカでの致死率を当てはめると、国民の4人に一人が罹患、5万人が亡くなるというのです。これをどこまで怖いとみるかどうか。もちろん警戒は必要です。何しろ誰にも免疫がない(今のところ免疫の存在を証明する材料がない)わけですし、持病を抱える人の罹患が重症化を招く、との見方もあるのですから。
ところが先日のオンエアを前に、おやっと思うこともありました。「通常の季節性インフルエンザでも毎年1万人が亡くなっているんだよなあ…」と私がつぶやくや、「そうなの?」「じゃ5万人ってどうなんだろう」と驚く人もいたのです。この5万人という数字をどう見るかは、この「新型」問題を考える一つのカギになりそうです。季節性の5倍もある、なのか、季節性の5倍にすぎない、なのか。とくに厚生労働省の想定では、ワクチンを接種しない状態での数字ですので、ワクチンが効果を上げれば・・・という期待値が入れば「5倍にすぎない(しかももっと低いかも)」という考えに至るでしょう。しかるに前者の「5倍もある」という立場に立てば、心配は尽きません。なぜなら、いま南半球でヒト―ヒト感染を広げるうちに、ウイルスが変異して致死率が上がる恐れも指摘されているからです。強毒性に変異すれば、致死率がもっと上がるかもしれない・・・。と考えることも今まだ否定はできません。
090523drugstore.jpgこの1か月余りの「新型」への対応について、さまざまな医学系のサイトを見ると、総体としては、「ちょっと大げさに対応しすぎ」というのがお医者さんたちの実感のようです。彼らの論を読むと、たしかに納得もさせられます。しかし人は「最悪のケース」という想定をやはり捨てきれないものです。その結果、「今まん延しているウイルスはどうも大したことはなさそうだ」と楽観しつつ、一方で「何かできるだけのことはしなければ」と考える方が一般には多いのでしょう。で、何が起きるかというと、マスクの売り切れです。売っている店でも「おひとり様1セット限り」などと書かれていました。それだけ売りつくしたはずなのに、現在の東京ではまったくと言っていいほど、マスクを着用して電車に乗る人はいません。まれに妊婦さんが着けているのは見受けられますが。それなのにマスクの品薄が続くということは、「現状は楽観、将来は悲観」して、買ったマスクを「ストックしておく」人が多いということなのでしょう。

冬が近づいてきたとき、つまりこれから4ないし5か月後。楽観・悲観のどちらが「やっぱりね」と思うのか。どちらに立とうとも、ウイルスはその攻撃相手を選びません。いずれにしても、見えない「新型」はやはり「良いもの」とは言えませんね。

#315 TeNY
June 8, 2009

新潟の実家に行ってきました。金曜日の仕事後に出かけた目的のひとつは「ETC割引」による混雑?の様子を見たいという気持ちもあってのこと。まあ実のところは土曜朝に関越自動車道に乗るまでの混雑の時間がもったいなかったからなんですが。関東はあいにくの雨とあってか交通量は少なく、料金所もスムースに進みました。というかむしろ最近はETCのレーンのほうが「混雑」していますよね。正直私、いわゆる「高速1000円」の割引がETC限定、という点が不可解です。ETC未加入車でも同様の割引があっていいのでは。加入させたいがための施策なんだな、という匂いがぷんぷんします。あげく、ETC関連の団体はいわゆる「天下り法人」で、加入ごとにけっこうな収入があがるようで、ああやっぱりな、というイヤな気持ちにさせられます。(この件は長くなるのでまた別の機会に)。

090606TeNY1.jpgで、今回の目的のひとつが「番組宣伝CM撮り」でありまして。当番組「NNN NEWSリアルタイム」は、新潟ではTeNY(=テレビ新潟)の「夕方ワイド 新潟一番」という番組の中にお邪魔しております。その「新潟一番」で新潟県内のニュースを担当するキャスター、須山司さんと長谷川慶子さんと一緒に15秒のPRを収録しました。テレビ新潟の報道スタジオで撮影したショットがこの写真です。奇妙なもので、毎日2時間余り日本テレビの報道フロア・スタジオから生放送する際にはもはや全く緊張しないのですが、ひと様のスタジオに入るとあら不思議。ちょっと緊張するのですね。とりわけTeNYのスタジオは、中越地震や中越沖地震の際にいち早く全国に情報を発信した印象深い放送が記憶に焼き付いているせいか、「テレビで見たあのスタジオに自分が居る…!緊張しちゃう!」という感覚なのです。
とはいえ、なんとか撮り終えました。新潟の皆さん、いずれどこかの機会でお目にかかる可能性があります。いつどういうかたちで放送されるかがわからないのが、番組PRのいいところ(?)。とにかくいつでもTeNYにチャンネルを合わせていただければ幸いです。

さて。収録を終えて、TeNYの皆さんと一緒に繰り出したのは西堀の小料理屋さん。お互いの近況などを話していると、Hデスクが私の学生時代の学部学科の先輩であることが判明!しかも指導教授も一緒!世間は狭い!
090606aburaage.jpgどれも美味しい料理でしたが、中でも、というのがまずこちら。旧・栃尾市の名物「油揚げ」です。ひき割り納豆にピリ辛の薬味を混ぜて、どーんと長い油揚げの上にたっぷり載せた逸品です。そしてもうひとつ。TeNYのIさんお勧めのメニューが「岩海苔バター」。これは絶品でした。岩海苔の塩気を抜いた後、フライパンで炒って最後にバターで香りと味付け。見た目は韓国海苔をバラバラにほぐしたような、パリッとした感じ。これを指でつまんでポンと口に放り込むと、何とも絶妙な磯の香りとバターの風味。たしかに旨い!二次会では、これまた学部の同期であるS君のお宅に、お邪魔までいたしまして…。テレビ界の将来やら、選挙情勢に小説談義まで、あれこれ話しているうちに夜も更けて・・・。充実の週末でありました。

090606iwanori.jpg考えてみると私が新潟で暮らしたのは高校卒業までですから、「夜の新潟」というのは殆ど知らないんですね。もちろん「昼の新潟」もこの20年ですっかり様変わりしています。長谷川さんによれば、今回お邪魔した店と同じビルには、おいしいイタリアンの店(新潟のローカルフード「イタリアン」ではなく、文字通りのイタリア料理店)もあるそうですから、また近いうちに帰省して楽しみましょう。
あ。こんなに食べたのに、この週末はジョギングをさぼりました。新潟まで道具をぜんぶもっていったのですが…。


#314 読了日記046 『言葉を育てる 米原万里対談集』
June 1, 2009

もう3年がたつのです。米原さんの死から。
以前にも当コラムで書きましたがhttp://www1.news24.jp/blog/konnno/2006/05/post_23.html、前任の番組で米原さんとの知遇を得た私は、その強烈なバイタリティに圧倒された一人です。没後ちょうど3年の間、何冊かの米原さんの著作が出版されています。雑誌や新聞の書評など、単行本としての書き下ろしではない原稿がとにかくたくさんあるようで、ファンとしては出版を歓迎しているところです。しかしいずれはそれらの出版も尽きるわけで、改めて、米原さんの文章が新たに紡ぎだされることのない厳粛な事実と向き合うと、嘆息するほかはありません。

本書は児玉清、養老孟司、糸井重里など著名人との対談集。一貫しているのはタイトル通り、米原さんの「言葉」との向き合い方です。同時通訳という仕事で、自身の脳はどう動いているか。逐語でそのまま訳するのではなく「発言の意味をとらえる」ことの重要性。言葉を生業としている者として目を見開かされるような分析が、米原さんの口からは次々と出てきます。

その原点は少女時代を過ごしたプラハで通ったソビエト学校と言い切る米原さん。ここでの国語教育も非常に興味深いものがあります。自国のことばもきっちり文法や構造から学ぶことが、結果として論理的で深い言語表現を生むとみているのです。それに加えて口頭でのプレゼンテーションが重要だと。日本の作文教育はなぜだめなのか。選択肢式の試験ばかりが行われる日本の学校教育への疑問。それがきわまるのが日本の学者たちの発言だというのです。いわく「日本の学者の発言は、羅列が多いの。いかに知識があるかということはわかるんだけど、それぜんぶを一つにまとめる統合力というのがない。おそらくこれ、訓練をしていないからだと思うんですね」。日本語を使って表現するという仕事をしている私にとって、目からうろこの連続。しかるにどんな仕事も言葉と縁を切ることはあり得ません。本書に触れれば誰しも、「言葉」にもっと敏感になれるのではと感じています。

090531book.jpgところで自身が「私の毒舌に耐えられる人が、私の周りに残るのよ」と言うまでに、米原さんの人づきあいは率直で裏表のないものだったようです。そんな米原さんが友人として付き合う基準も披瀝されています。「話してて面白くない人とは、自然と縁遠くなっていかない?時間がもったいないじゃない。あと、差別する人って嫌ね」「美醜で明らさまに女を差別する男とか、身分差別とか、家柄鼻にかけるヤツとか、学歴偏重もその一つだけど、人間としての魅力に欠けるヤツほど、そういう非本質的なところで他人を差別するんだよね」・・・まことにおっしゃる通りです。本当に、そういうヤツがいるのです。私の周りにも、男女を問わず。米原さんのようにズバッと相手に指摘できればこちらも楽なのですが・・・。まだまだ度胸も自信も足りないようで、その域には達しておりません。

読了日記も久々でした。もう一つ、本書からの引用を。「本を読まない人って現実べったりで奥行きがないんだよね」。・・・米原さん、私は今後も本を通じて奥行きを広げようと思います。