テレビ局の社員、そして報道局の一員となると、日々さまざまな情報に触れて生活するのは当然です。できるだけ多くの報道番組、情報番組を見るようになるのが報道局員のならい。私も同様です。たしかに同様なんですが、以前にも書いたように、ワンセグを含めてテレビの見られない環境などではラジオが重宝します。とくに出勤、帰宅時の電車の中では耳にラジオのイヤホンを突っ込んで、かつ読書をしながら電車に揺られる…なんていうのがしょっちゅうです。
ラジオの美点は、当たり前のことですが「音声だけで伝わること」。簡潔にして要を得る文は、耳から入る音声だけで、すっと理解できます。しかし、自分自身がついさっき伝えて頭に入っているニュースを、別の人物の手になる原稿で、別の読み手が読んで聞かせるのを聞くと、さまざまなことを考えてしまいます。「ひとつの文が長いなあ」とか、「文章の係り受けがよろしくないからわかりづらい」とか。職業柄とはいえ、いやなリスナーですね。
でもこれ、もちろんラジオに対してだけで抱く感情ではありません。日々お伝えするニュースでも、私、「わかりやすさ」に相当こだわってます。本番前に原稿が手元に届き、下読みをすると、いろんなことを考えます。日本テレビ、NNN各局が知りえた、伝えるべき情報が100%、視聴者の皆様に伝わるか、その最初の関門になろうと思っているからであります。先述のような「一文の長さ」「係り受け」の問題はもちろん、同音異義語や広く理解を得られていない外来語なども、できるだけ言い換える必要があります。
テレビは「音声プラス映像」のメディア。しかし、映像(または字幕や図表など)という視覚に力点を置いてしまい、音声が疎かになることも無いとは言い切れません。音声で伝えるべき内容を100%伝え、さらに映像100%が乗っかる、というのがテレビによる情報伝達のベストだと思うのですが、ときには映像100%、なのに音声75%といった場合もあるのです。こういうのは徹底的に排除・改善しなければなりません。「第一の関門」役として、「耳で聞いただけでも伝わる」よう、できる限り改善しています。もっとも、直す間もなくオンエア直前に突っ込まれる原稿もあるのですが…。
ところで最近私がラジオで聞いた実生活に役立つ情報のひとつ、ご紹介しましょう。車の中でAMラジオを聴いていたら、リスナー(たしかトマト栽培をしている農家の女性)が番組にかけてきた電話の中で、美味しそうなトマトの食べかたを紹介していました。「トマト納豆」です。納豆に、小さくスライスしたトマトを混ぜて食べるというもの。さっそく自宅で試してみると、確かに旨い。納豆の粘りにトマトの瑞々しさがぴったり。このレシピを語る女性の話しぶりはじつに簡潔明瞭、100%の伝達でありました。見習おう。
今回はあまりに個人的で、他愛のない考察です。先日「人間ドック」を受けた日のこと。前日の夕食から食べ物を断ち、朝コップ一杯の水も飲めない中、炎天下に汗をかきかきドックに向かい、無事済ませた私は、どうしても水分たっぷりの甘いものが食べたくなりました。帰り道にふと思い出したのが、「フルーツパーラー」。果物好きの私にはなんとも魅力的な場所です。よし!と勇んで店に入り、食べたのがこちら。フルーツを添えたホットケーキです。(しかし相変わらずこういうの好きですね)。
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ニューを念入りに眺めると、じつに「魅力にあふれた」品々があり、心を惑わされます。だいたいの場合、器の上に鎮座する果物が、アイスやクリームを土台として器の外にあふれるように盛り付けられています。まさに「魅力にあふれた」状態といえましょう。しかるに、その華々しさゆえに、三十路の男が一人で注文に至るには幾許かの、というか相当の抵抗を感じないはずがありません。そうした華々しい「パフェ系」を断念して選んだのがこのホットケーキ、でありました。
程よく色づいた円いホットケーキにナイフを入れると、柔らかく膨らんだ中の生地からふんわりとした芳香と温かみが立ち上ります。ひと口大にカットしてクリームを添え、口に運ぶ…。で、これまたいい塩梅に熟した果物を時折つまみ…。としながら、未練がましくメニューの写真をちらちらと眺めるわけです。持参した本もドックの待ち時間で読了したので、ほかに読むものもありません。
そこではたと気づいてしまったのが「プリンアラモード」問題なのです。
パフェと同様、昭和40年代生まれの私にとって「プリンアラモード」の響きは、思い出の中のきらびやかさ、郷愁と憧憬、のようなプラスの志向を心にもたらします。なんたって、ただのプリンではない、「アラモード」なんですから。で、多くの方がそうであると思いたいのですが、私の子供心には「プリン」が「プリン本体」を指すのが自明である以上、「アラモード」は「プリン以外のトッピング」、を指すと思い込んでいた時期が長らく続きました。あの果物やクリームや、ウエハース、それらが「アラモード」なんだと。
しかしご存じのように、アラモードはフランス語、「新式の」「最新流行の」いう意味です。この事実を知って、「そうだったのか…」と、妙な感心をすると同時に、「知らなきゃよかった…」という思いも込み上げました。なぜならプリンアラモードというメニュー自体が、自分の子供時代の記憶とあまりに密接であるから。アラモードという実の意味と裏腹に、昭和の響きと不可分であるがゆえに、このギャップに気づかぬほうが幸せだったのでは、と思うのです。それはおそらく、プリンアラモードが世に出た当初は、まさに字義通りの「新式の」「最新流行の」ものだったはず。しかるにそれから幾星霜、21世紀のいま、「アラモード」とは対極に近い、レトロなものに見えてしまう…。かすかな淋しさを覚えつつ、メニューを眺めるのでありました。
ひょっとしたら、昭和の少年が思い描く「プリンアラモード」ではない、正真正銘21世紀型の「プリンアラモード」がどこかのパーラーやカフェにはデビューしているのかもしれません。それを見て、味わってみたい反面、昔馴染みのプリンアラモードを否定されるのなら、知りたくもないような…。複雑な気持ちを抱きつつ、ホットケーキを完食したのでありました。
こんなややこしいことをつらつらと考えながら、非常に美味しく食べ続けたことも併せてご報告申し上げます。
先日、他局の番組で明治学院大学の原武史教授(日本政治思想史・鉄道に詳しい)が、こんな趣旨のことを話していました。…東京では、路面を縦横に走り、街をくまなく結んでいた都電が次々と廃止され地下鉄に入れ替わったという歴史の中で、「(窓から)風景が見えなくなる。外の様子がわからな」くなり、「東京という街の空間認識が変わった」と。つまり、いま自分の乗った地下鉄の電車が地上のどのあたりを走り、地上の各所にどんな建物やランドマークがあるのかがわからなくなった(あるいはわかる必要もなくなった)、ということですね。
その逆の事例として引き合いに出されていたのは広島。路面電車が8系統も走る街です。ここでは、「広島市民なら誰でも、原爆ドームがどこにあるか知っている」。その理由のひとつにが「路面電車からよく見える」ことにもあるというのです。その結果「路面電車だからこそ」「8月6日の8時15分には、ごく当たり前に路面電車の中にいる乗客も黙祷を捧げる」というのです。ドームの方角を意識しながら。
この説の印象の強さがまだ頭に残ったまま、先週の木曜、広島の原爆忌を迎えました。私はこの日、これまであまり意識していなかった「電車の中での黙祷」が、広島からの映像伝送で送られてくるか、注意深く見ていました。すると実際、各局のニュースで、路面電車の中で黙とうをささげる市民の姿が。(原爆ドーム近くでは電車をいったん停める、そうですね)。老いも若きも、たしかに「ごく当たり前に」、祈りを静かにささげていました。大規模な式典で号令のもと気持ちを一つに行われる黙祷とはまた違う、ひとりひとり「個」の気持ちに基づく祈り、と見受けられました。同じように、日曜日には長崎市内の各所でも祈りが捧げられたとのこと。長崎では、原爆の投下時刻になると港の船が汽笛を鳴らすそうで、街を歩いている人もその音で足を止め、黙祷するそうです。
広島、長崎の原爆は、じつは新潟出身の私にとって、歴史の中の出来事、ではありません。ご存じのように、アメリカ軍の計画では、新潟も原爆投下の候補地だったのですから。私の母親の実家は新潟市の旧い中心部にあり、しかも母親の生まれは終戦の年の12月。つまり、もしも64年前の夏、新潟に原爆が投下されていたら、まだ祖母のお腹の中にいた私の母が生まれなかった可能性は低くはありません。そのことを知ってから、今自分がここに在ることと、広島・長崎の夥しい犠牲とが決して遠い話ではなく感じられたのです。
以来、先日の放送でも申し上げた通り、私は広島・長崎の原爆の日をはじめ、いくつかの日に、できるだけその時刻に合わせて黙祷を捧げています。広島や長崎の皆さんと同様、外出中や電車の中でもです。もちろん、仕事に追われていて「同時刻」が叶わぬこともありますが。今自分がここにあることのありがたみ、平和な世の中に生まれ育った感謝と、心ならずも命を落とされた方々への思いをこめて祈るのです。ほんの1分間ですが、手を休めて、立ち止まってみることが大切なのでしょう。少なくとも「恵まれた時代」に生まれた者の一人として、何をなすことが自分の世代の責任なのか、考える機会にもなっています。
次は8月15日です。
8月です。この土日は両日ともにプールで真剣に泳ぎました。本当は1か月以上走っていないので、久々にジョグすべきだったのでしょうが、「暑い」「雨模様」という2つの理由を名分にして、泳ぎのほうにシフトした次第です。去年もそう言えば夏はあんまり走らなかったんですよねえ。
プールは公営の大きなところに行くのですが、土日となるとやはり子供たちが多いですね。先週、水曜の仕事終わりで行った際は聞かれることのない、キーの高い嬌声が室内に響いていました。…と、まるでプールは大人中心のもの、であるかのような認識を披歴しましたが、考えてみるとプールの利用者というのも「高齢化」しているのでしょう。
私の少年時代を思い返しましょう。地元の公営プールは夏中、ほぼ子供たちの独占状態でした。そういえば50mプールもコースロープは張られることなく、縦横無尽に泳ぎ回り、ときに潜水、ときに水の掛け合い、さらには逆立ちやらシンクロの真似ごとと、「子供天国」でありました。そのプールで見るおとなと言えば、幼児を連れてきた親が幼児用プールのサイドで腰かけているぐらいのものでした。いまの私のような「健康のためにきちっと泳ぎたいおとな」にとっては、泳ぎに行く気持ちも萎える、最悪のプールだったと言えましょう。
それから時代は流れ、子供は減り、大人は健康志向を強めます。黙々と泳ぎ、ターンを繰り返しては距離をのばす大人たちが、いまプールで見る利用者の中心層。自由にはしゃげるゾーンにいる子供たちも、夏休みが終わればめっきり姿を減らします。もしかすると、今子供たちが自由にはしゃぎまわるレーンの一部も、秋には中高年者を中心とした「ウォーキング」のレーンなどに替わるのかもしれません。
大人になってしまった私にとってはもっけの幸いですが、社会の活力という一点に視座を変えると、プールの水も少々うすら寒く感じられます。何の疑問もおぼえずに、コースロープ無しのプールでガンガンと夏の陽射しに当たっていた時代は遠くになりました。
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