#341 図書館
December 21, 2009

091219kodomo1.jpg国際子ども図書館」に初めて行ってきました。「乗りもの」を核にした企画展示をやっていると聞き、早速足を運んだのです。事前に展示一覧をネットで見てみると、幼少の砌に読んだ記憶が甦ります。ストーリーから絵柄から、すらすらと思い出せるものもあれば、「おもしろかったけど、どんな結末だったか」とボンヤリしているものもあります。四半世紀以上前の自分を辿るような思いも秘めて、会場に入りました。

091219norimono.jpg順路の最初は「鉄道」です。50年前に出版された「きかんしゃやえもん」や、戦前に発行された「乗物づくし」といったものが興味を引きます。ですがここでは「ちいさいおうち」(バージニア・リー・バートン)が何と言っても私にとっての目玉。お読みになった方はお分かりでしょうが、この本は「文明って何?」「自然の有り難みって?」「発展の功罪」みたいなテーマを秘めていますので、絵本といってもむしろ今になって深淵が分かる気がします。
続く「自動車」のコーナーでは「とらっくとらっくとらっく」「しょうぼうじどうしゃ じぷた」といった、働く自動車を主人公にした絵本。懐かしい…。「とらっく…」は物流のしくみがわかります。途中で「スピード違反」と思しきシーンがあるのを、今回改めて知りました。ご愛敬ですね(笑)。「しょうぼう…」は小さな四輪駆動車を改造したの消防車「じぷた」の活躍に、自分を重ねて見た子ども、多いのではないでしょうか。私もそうです。これらの展示を見た後に、閲覧室で「ふたごのでんしゃ」などを手にして気付いたのは、「作・渡辺茂男」という共通点。子どもは作者を気にしていませんからね。
 そうそう、「ぐりとぐら」もありました。カステラを作ったあと、卵の殻に車輪をつけて車にして乗っていましたよ。楽しそう…。
 「飛行機」のコーナーは何と言っても「ごろごろにゃーん」ですね。巨匠・長新太の作。シュールの極み、アバンギャルドの極みでありながら、ハートわしづかみ。とびうおのような飛行機に猫が乗り込んで満席。あとはひたすら「ごろごろにゃーん、ごろごろにゃーんと、ひこうきは飛んでいきます」だけですから。また猫の顔とか「ヘタウマ」な感じが最高です。買おうかと思うぐらいです。

 乗りもの以外にも懐かしい本が沢山あったので、次々と手にしてみましたが、加古里子の「からすのパンやさん」は200刷以上を記録!(いまネットで検索したら「2009年7月367刷」という情報も載っていますから、図書館で手にしたものからまだまだ伸び続けているようです)。子ども向けの名作は時間を超えて読まれ続ける。時間の流れがとまった様な不思議な感覚をおぼえて上野をあとにしました。お子さまのいる方も、そうでない「元・子ども」も、上野へ行くべし。

#340 冬本番
December 14, 2009

空模様の週間予報というものを毎日見ていると、この時期気になるのが「気温」の推移です。ことしは暖冬傾向ということで、北国ではスキー場をはじめとする「雪を必要とする観光」にも大きな影響が出始めているとか。といっているうちにもう師走も後半に入ります。ただでさえ不景気で、外でお金を使うことが減っている世の中。「本来動くお金が動かない」というのは、じわじわと痛みに変わってきますからね。心配です。

091212kaki.jpg東京ではようやく、この時期らしい温度が見えてきたのが先週末の週間予報。聞けば今週はいよいよ冬本番。最高気温が終日10度を下回る日が。…いま改めてネットで週間予報を確認すると、この先1週間は「シングル」の日が続くって…見ただけで寒いっ。新潟生まれの私は、雪国だから寒さに強いという「定説」をあちこちで否定しています。つまり、「雪国」→「寒い」→「厚着」→「寒さに弱い」というわけで、実際にはからっきし寒さに弱いんですね。そのくせ一日中家の中に居るのは我慢できません。休みの日もやっぱり外に出たくなる性分なんです。そんな外出時、東京のかっこいい若者が(若者に限ったわけじゃなく、なんかおしゃれな皆さんが)、薄手の服をさっと重ねて歩いているのを見るにつけ、「違うなあ」と思い知らされます。全国の寒がりの皆さん、そして東京に済む「薄着が心配」な皆さん、この先1週間はご自愛下さい。

 先週、コメンテーターでご出演いただいた山本一力さんが、こんなことを仰っていました。「冬の寒風にさらされて、部屋に入ってこそ、外の寒さとうちの温かさの両方がわかる。片方に偏るのはあんまり賛成できないね」と。これは「超・巣ごもり」と言われる今冬の消費動向を評してのコメントですが、なるほどそうだなあと感じ入りました。中に居てばかりではその温かさの価値、ありがたみがぼやけてしまうと。

 そんな一力さんの言葉を実感するような冬の味覚が、今回の写真です。ここから「食べもノートの第3回」です。
どうですこの立派な干し柿。手作りです。しかも一力さんのお宅で拵えたもの。赤いビニールひもはどこに下がっていたのでしょうね。ベランダあたりでしょうか。サイズは…そうですねえ、たばこの箱ぐらいの大きさ。まだ糖分が表面で粉になっておらず、皮も非常にしっとりしています。果肉も濃厚な柿色がそのまま透明になって、ねっとりとした口当たりはやはりどこまでも湿潤。サイズは大ぶりなのに味は緻密。生食では得られないものを、外の寒さがつくるわけですねえ。渋めにいれたお茶と合わせて、あたたかく頂戴しました。冷たい雨の中、日本テレビに届けてくださった一力さんの奥さまに感謝!冬本番、とはいえちょっとしたことで寒さを忘れさせて頂きました

#339 ゼリー
December 10, 2009

 何となくシリーズ化の兆しのある、「食べもノート」第2回です。さきほど京都からのお客様がお見えになりました。ホントはお客様の写真をUPしたいぐらい、風雅で嬌艶だったのですが、そちらの写真はぐっとこらえてお土産の写真を。

 091210gf1.jpg大好物のグレープフルーツ、であります。京都のフルーツパーラーのもの。よく戯れに「人生の最期に食べたいものは?」というようなこと、尋ね合うことが有りますよね。私の答えは「グレープフルーツ」なんです。単に「好きな果物」のトップに位置づけられるのみならず、「好きな食べ物」の最上位グループに君臨するほど。甘さと酸味、苦みとみずみずしさ、さらには食べごたえまでが一度に堪能できる素晴らしいフルーツですよね。そんな私の嗜好をご存知のうえでのお土産です。やはりみやこびとは心がまめやかなのですね。


 
091210gf2.jpgさきほど頂戴したグレープフルーツ、果実の皮そのものを活かした器のフタを開くと、そこにはぷるっとした薄黄色のゼリーが!添えられた栞には「ふたの果汁を絞って、クリームと共にゼリーをお召し上がり下さい」と記されています。さっそくやってみました。よく熟したグレープフルーツゆえ、果肉を残してあるフタをつかみ、ちょっと力を込めるだけで、ゼリーの上にたっぷりと果汁が滴りおちます。さ、真っ白なホイップをちょっと取って、ゼリーを掬い、口へ運ぶと…。おお。これは、幸福…。グレープフルーツ以上にグレープフルーツ。味が際だっています。甘みはあくまで自然で、酸味や苦みも程良く残っています。ううむ…掬ってはぷるっとした食感と滋味を堪能。繰り返し、繰り返し口に運んでは、幸福を確認します。ああ、これは「最期に食べたいもの」が入れ替わる可能性。本当に美味しいゼリーでした。


091210or.jpgおなかも心も満たされて、箱の中身を改めると、オレンジ味のものも入っています。こちらも大ぶりのオレンジをくり抜いたもの。ぎゅっとフタを絞ると鮮烈な芳香が周囲に広がります。いかんいかん。こんな美味しいお土産を頂いたことがバレてしまう…。と、焦りつつもしっかり底まで賞味しました。
フルーツ好きにとって、街のフルーツパーラーや菓子店がそこかしこに存在する京都は、四季を通じて通いたいもの。次にお邪魔するときには探訪してみるとしましょう。心より、ご馳走様でした。

#338 常識
December 7, 2009

091207coffee.jpgある日の出勤で。運良く座れた私は電車に揺られてゴトゴトと会社に向かっていました。ほどなく乗り換えのある駅に着くと、隣の人が席を立ち、入れ替わりに別の女性(30代か)が席に着きました。すると着席するや否や、女性はカバンから缶入りのカフェオレを取り出し、カチッとプルトップを開け、揺れる車内で恐る恐る飲み口を自分の口に運びます。ズズズズ…(ゴクっ)。茶褐色のカフェオレがのどを通り抜けている感じです。…おやおや、缶を持つ当人ですら恐る恐る飲むなら、隣人の抱く不安はいかばかりかと思わないの?
 また別の日。今度は帰宅の電車です。時刻は22時過ぎ。ギュウ詰めではありませんが、座席は全て埋まり、互いの肩が触れるぐらいの混雑です。奥から下車するに際には「すみません降ります」といったことを周囲につぶやく必要が有るぐらいの混雑、と言ったらイメージ出来るでしょうか。この混雑で、とある駅。扉が閉まる直前に乗ってきた青年は、左手にカバンを、右手には清涼飲料のビンを持っていました。しかも飲みかけ、フタがはずれた状態です。電車が動き出すと、これまたそろりそろりと右手を口元に。隣に立つOLさんの肩の上あたりでその飲料を飲んでいきました。…実に危なっかしい。

 …上記2例、私は「この状況でその行動は無いだろう」と思うのですが、世の感覚はどうなのでしょう。私の電車内の飲食の基準は、通勤時間帯外の「ボックスシート」であれば可、というところでしょうか。もちろん新幹線や特急電車はいつでもOKですが。窓に並行してずーっとロングシートが並ぶ、しかもラッシュアワーの通勤電車では飲み物はちょっと…。
 駅の中に、持ち帰り可能なカフェが増えたこともあるのでしょうか。フタ付き紙カップに入ったコーヒーを持ち込む人を見かけることも多くなっています。あれは量も多いし、万一こぼれたり他人にかけたりしたら大ごとなんだろうなあ…。

 明らかなルール違反であれば臆せずに注意することの多い私です。が、「常識」という尺度で測ることがらについては、他人への注意を躊躇してしまうことが最近増えました。世の常識だと思っていても、もしや自分の常識と世間がずれているかも知れないと思うと、なかなか踏み切れません。上記2例では結局、もやもやした思いを抱えながらも何も言えずに下車駅に着いてしまったのであります。同じような気持ちを抱いたのか、チラチラと当事者を見やる人も私の他にもいました。ですが、誰も声を上げることはしませんでした。ヘタに動いて逆襲に遭遇するリスクを考えるのが、いまどき順当なところなのかもしれません。互いの「常識」の範囲を探りながら、実際の行動は起こさない。それが通勤電車の「常識」と化してしまいました。皆さんはいかがですか。

 追記:ここまで文章を下書きしたのは先週の金曜日だったのですが、けさ(月曜日)も、9時前後の電車内で2人見かけました。一人(若いサラリーマン)は缶コーヒーを。もう一人(若い女性)はテイクアウトの紙カップを、それぞれ左手に持って乗車。とくに女性は右肩に大きなトートバッグ、右手に小さなバッグを持っていますから、両手を塞いだ状態で足を踏ん張る格好です。「電車が揺れる」「私はよろめく」「誰かにコーヒーがかかる」ということを考えているとはとても思えぬ状況でした…。