#344 喫茶
January 21, 2010

「乗りもノート」をお読みの方には既報ですが、年末に倉敷と尾道に出かけてきました。見どころがたくさんあって、以前から一度行ってみたいところでしたので、まさに念願かなっての訪問。予想以上に充実の時間でありました。写真はシナモンコーヒー。まずは淹れたてのコーヒーと、シナモンの芳香をイメージして、深呼吸をひとつお願いします。

さてと。尾道は島々と海と山にぐっと挟まれた地域が市街地。かといって大都市ではありませんので、昨今の地方都市の例にもれず、商店街は少々さびしい様子になっていました。アーケード街の中にはシャッターを閉めた店が少なからずあるのです。とはいえ、観光地ゆえ、私たちのような「明らかに地元ではない人」が相当数歩いている点が、私の実家近くの商店街などとは大いに異なるところ。なるほどそこかしこに、新しい息吹を感じるお店があるのです。

091229coffee.jpgそうした街を端から端まで一通り歩いて、お茶を一服したくなりました。そうそう、さっき目の前を通った喫茶店があったと思いだし、改めて行ってみるとこれが、入る前から「当たり」のお店、という風情。インテリアは濃い色の木製、そして程よく使いこまれた椅子のモケットなどはワインレッド。つまりいかにも昭和の喫茶店なのです。窓が大きく明るい店内は地元のお客さんを中心に、ほとんど席が埋まっています。次々とやってくるお客さん。そのつど響く元気のよい「いらっしゃいませ」の声。店員の出で立ちもまた、白いシャツに揃いのベスト、という、絵に描いたような「ウエイター」「」ウエイトレス」なのですが、これが数えてみると、けっこうな数、いるのです。これだけの数の従業員の暮らしが成り立つということは、今どきいかに多くのお客さんがついているかという証のようなもの。サイフォンで淹れたコーヒーが次々と運ばれていくのは見ていて非常に気持ちがよくなってきます。だれもがきびきびと休まずに立ち動いています。

この日、夜には岡山の笠岡に戻って、先輩の一家とがっちりとした夕食をする予定になっていたので、私は飲み物だけでぐっとこらえざるを得なかったのが残念。隣のテーブルを見ると、祖母、母親と一緒に入った子供たち3人が、フルーツたっぷりのワッフルを食べています。その向こうも同様。何しろ客層が「地元中心」というところがいいですよね。ひとつだけ、店の一番奥のテーブルが空いていたほかは、どこも地元の普段着の会話が繰り広げられていました。
その空いていたテーブル、というのは8人ぐらい座れる大きなもので、商店街の寄り合いや、町内会の幹事さんたちが集まってあれこれ話すのにぴったりの席。そんな光景が容易に浮かぶ、昔ながらの喫茶店です。農産物の直売所や、港周辺の食堂あたりとは違う、「街場の空気」です。ああ、こういう空間にお邪魔させていただくと、その街に来た甲斐があるというもの。わが地元のあの喫茶店はいまどうなっているのかなあ…。そんなことを思いながら、シナモンコーヒー(ちょっと凝ったメニューがあるのも憎らしいぐらい魅力的)を飲むのでありました。

#343 神戸
January 18, 2010

 きのう17日は、阪神淡路大震災から15年という日でした。それに先立って、私と小西キャスターがそれぞれ取材した、あれから15年という企画を放送いたしました。今回はロケで訪れる場所以外にも、15年前に歩き回った街を見てきました(そのためブログも更新できませんでした)。しかし、損壊した建造物が建て替えられたのはもちろん、街並みも一部は区画整理されて、あの直後の様子は殆どうかがうことはなく、時の流れを痛感した次第です。

100111port.jpg放送でもふれたとおり、私は当時、大学4年生。日本テレビに入社することが決まっていて、あとは卒業を待つ身でありました。同期の仲間に神戸大学の出身者がいて、彼から、「報道の仕事をするつもりなら、将来のためにも今の神戸をしっかり見ておくべき。電気と水道が復旧したから待ってる」というありがたい提案を受け、神戸の彼のアパートに向かい、灘区役所でボランティア登録をしたのです。
与えられたミッションは、「避難所の小学校で高齢者に声をかけ、話し相手になること」「自分たちの手で解決できる困りごとを、その場で解決すること」というものでした。半壊状態、部屋中が倒れた家財道具でぐちゃぐちゃのアパートの奥から、位牌を取り出したり、郵便局に付き添って、ハンコや通帳のない状態でお金を引き出す手続きを手伝ったり、六甲道の駅前まで家具を歩いて運んだり。

100111hieda.jpgその過程で、何人かの方には自分が報道の仕事をしたくてテレビ局に就職すると話しました。すると、思いがけずさまざまなリクエストを頂戴したのです。それらをメモした手帳は今も手元に残っています。最初に書いてあるのは、「多角度の放送を」ということでした。「悲惨な被害の情報を伝えるのは当然だが、いっぽうで光明の差すような情報も知りたい」。」「乗れない鉄道、使えないライフラインの話をするなら、いっぽうで動いている交通機関や、無料で利用できる施設も教えてほしい」。そんな要望でした。

神戸に居たのは1週間に満たない日数でしたが、このときに見聞きしたことは、明らかに私の報道記者としてのスタンスに大きな影響を与えました。「災害報道」をきちんとやること、これが大きなテーマになったのです。期せずしてその後キャスターとなり、大きな地震災害や風水害の際には、現地取材を担当。さらには「災害が起こる前」の備えが肝心という思いが強まり、「防災士」の資格もとりました。
私は、報道機関の究極的な使命は、「命を守ること」だと考えています。平時の事件事故、政治や経済の動きなどを正確に伝えることはもちろんですが、災害が発生したときに何ができるか、そのときこそ最善の放送をしなければならないと思うのです。被災地にとってもその外にいる視聴者にとっても、早くて正確で多様な情報を伝えつづけなければいけません。出来得れば、私たちの放送によって、失わなくて済む命が奪われるのを一つでも減らしたい、そんな強い思いを抱くようになってきました。口幅ったいのですが、その使命のために、日本テレビではいちばん災害に詳しい、安心して放送を任せられるキャスターを目指して、日々勉強しています。

100111radio.jpgしかし、東京からの放送で各地の災害を伝えるのと、自分自身がその被災地に暮らす一員として伝えるのとは、まったく性質が異なります。その意味で、今回取材させていただいた「ラジオ関西」の事例は、以前から強い関心を持っていました。震度7の揺れに直面したとき、放送局は、伝え手はどうなるのか。当事者にしか語りえない重い体験を、2人の伝え手から伺えたのは、私にとって本当に貴重な体験でした。放送ではごく一部しかお聞かせすることができませんでしたが、ぜひ多くの方に、このインタビューをお聞きいただきたいと思います。私もこれから長いあいだ、かみしめながら何度も再聴することになると思います。
http://www.dai2ntv.jp/news/realtime_spinoff/index.html 
(第2日テレ→報道部→リアルタイム→阪神淡路大震災から15年のバナーへ)

#342 読了日記#048 『銀しゃり』 山本一力 (小学館)
January 1, 2010

 明けましておめでとうございます。本年も「リアルタイム」ならびに当コラムをご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます。元日の報道フロアは今のところ(いま午前11時です)平穏です。東京はまさに日本晴れ!というべき冬の晴天ですが、各地でずいぶんな雪。不慮の事故など無いよう願うばかりです。

 新年初回は「リアルタイム」でコメンテーターとして出演されている、山本一力さんの作品をご紹介します。食いしん坊の私は、会社の資料室でこの本を奨められたとき、「鮨職人が主人公なら…」という、いささか邪な気持ちも抱きつつ、読み始めたのでありました。

 18世紀末の江戸。働き者で研究熱心な鮨職人・新吉が主人公。若くて一本気、けれど義理にかたくて節度をわきまえた新吉の周囲には、厚い友情、一途な愛、密やかながら筋の通った矜持、…そんな人としての魅力と美点を備えた登場人物が自然と集まる。下町・深川を舞台に紡がれる人情物語。ギクシャクした人間関係に囲まれた現代人ならば、誰もがほっとさせられるでしょう。ストーリーも、最後に安心できるもの。一力さんのお人柄が随所に感じられる一冊です。

 …と、ここまではインターネット上の読者レビューでも多くの方が書いているので、詳細はそちらに譲るとして、私はもう一つの感想を。この小説、作者が意図しているかどうかわかりませんが(今度尋ねてみます)、一種の「ビジネス指南書」としても読めるのであります。

091220ginshari.jpg何よりもまず、新吉の仕事に対する打ち込みよう。自分の店の一枚看板の押し寿司をどう究めるか。まずは地道な修業時代に培った「基本」を大切にしています。ところどころ挿しこまれる、新吉の師匠の教えも滋味深く、なるほどこの師匠にしてこの弟子有り、と頷かされます。研鑽実って、新吉の「柿鮨」は評判を呼び、売り切れ御免の毎日。
しかし新吉は、そこに甘んじることなく次々と新たな「アイディア」を盛り込みます。そのアイディアが生まれ、実を結ぶまでには、必ず「人とのつながり」が。欲得ずくでない、互いにこれと見込み見込まれる関係。そんな関係の中から生まれるアイディアです。結果として、鮨の売り上げは伸び、本業とは別に現金収入が生まれることも。
さらに。誰しも陥りがちなのが成功体験から由来する「奢り」。謙虚に学び続けることってなかなか出来ないものですよね。しかし新吉は、思いがけないハプニングや、「鮨の素人」と思っていた人物からの助言からも、よいところを取り入れてしまいます。
いずれも、奢りを排し、「誠実」であるからこそなせる業。何においても誠を尽くすと、周囲もその人物や稼業を守り立てるというわけです。新吉においては親友の順平や、旗本の秋之助ら、人の本質を見通す人たちが自然と新吉の心を汲み取って支えあいます。ひとりでは商いは為し得ない。ビジネスにも情けや徳が必要なのだと言うことが、しみじみと伝わってきます。

 そんなことを思っていたら、先日聞いたラジオでも「先義後利」という言葉を紹介していました。義理を先に立てて誠実に仕事をすれば、利益はあとからついてくる、ということ。新吉をはじめとする『銀しゃり』の登場人物は、まさにそんな姿を清々しく見せてくれるのです。新しい一年。誰にとってもなるほどと学ぶところのある指南書としても読める、ずしっとした小説です。