#350 津波
February 28, 2010

201002281655000.jpg日曜日の午後、会社でこの文を書いています。きのうの「チリで大地震」の一報から気になっていたのですが、心配な「津波」が徐々に現実になっています。日曜午前に発令された大津波警報、津波警報はこの時間(午後4時半)も継続中。すでに北日本から東日本の各地で、津波が観測されました。高さはこれまでのところ数十センチで、大規模な人的被害などは入っていませんが、引き続き警戒が必要な状況です。

津波の怖さというのは、実体験が無い人がほとんどであるがゆえに、なかなか理解されないものがあります。「30センチぐらいなら、どうってことはない」とか「1メートルの津波が来ても大したことはない」と思われがちです。ところが、地球規模の水の動きというのは、例えば低気圧の接近で海(の表面)がしける、という類とは全く異なります。

津波は、海面からはるか深い底のほうにかけて、海水全体が巨大なかたまりのようにエネルギーをもって動きます。そのエネルギーはたいへん大きく、陸上に上がっても水の流れが速いのです。大雨によりプールのように水が溜まるのとは違い、海側からどっと流れ込む水には速さと力があります。ゆえに、たとえ20センチ、30センチの深さでも足を取られ、車は流される恐れがあります。

津波は早い。水の深さが浅くなる(=陸に近づく)とスピードは遅くなるのですが、それでも時速数十キロです。押し寄せる津波を目視してから走ったところで、絶対に逃げられません。早めに高台に避難する必要があります。

そしてもう一つ。津波は一度で終わるわけではありません。とくに今回のように遠い地域を震源とする場合は注意が必要です。震源から四方八方に向かって起きた津波が、陸地や海底の凸凹に跳ね返って第2波、3波と続くこともあります。その都度高さが増す時もあるので、「最初の波が過ぎたから安心」とは言えないのです。

いま、目に見えて潮位の変化が起きている地域もあるようです。どうか大きな被害が出ないよう、祈るばかりです。くれぐれも「様子を見に行く」ことだけはしないように、そして、避難が長引くとしても「もう大丈夫だろう」と、勝手に見切りをつけないようにしてください。気象庁の警報が解除されるまでは、テレビやラジオを通じて情報を入手して厳重な警戒を続ける必要があります。

#349 長駆2&食べもノート#006
February 21, 2010

 人間、走るという単純な行為においてこそ、底知れぬ奥行きを感じる時があります。なぜ同じ距離を走っても、一人で走ると辛いのか。どうして誰かと話ながらだと、意外に軽くクリア出来るのか。そんなことを考えるだろうなあと思いながら駆け出した土曜日の朝。

 201001301016001.jpgこの日は、スケジュールてんこ盛りの一日でしたから、とにかく15キロ走るには遅くとも10時には走り始めなければいけません。起きた直後、己を奮い立たせなければその目論見は達成されないという状況。目覚めたのは8時半。よしよし。前夜が遅かったわりには予定通り。で、着替えて快晴の路上に出たわけです。目標は前述の通り15キロ。先週は走りませんでしたからこれぐらいの距離を出さないと帳尻が合いません。走り始めると…やっぱり体が重い…。最初の5キロがいつものペースよりやっぱり遅いんです。

奥行きその①。ジョギングコースのある公園に入ったら、小学生の野球チームに遭遇。彼らは練習前のランニングです。子どもですから、ガーっと突っ走ったと思うとダラダラぐだぐだして私に追いつかれる。そんな「ペースも何もない」彼らと抜きつ抜かれつしていると、自分が辛いことを忘れるわけです。
奥行きその②。私の場合、いつも7~10キロぐらいが一番気持ちよく足が前に出るあたり。これを超えるとまたしんどさが蘇ります。ですから、このあたりで「ゴールに近づいている」ように自分を錯覚させるコース設定をする必要があります。つくづく、体ではなくアタマで走って居るんだなと思うわけですね。
奥行きその③。週末となると、親子連れに出くわしたときに「ガンバレー」と言われることがあります。そう言われるとなぜ、頑張れるのか。東京マラソンに出た時にもそう思いましたが。
奥行きその④。今回は、最終盤の辛い局面で、高橋大輔選手のメダルへの苦難の道を想起しました。「あのリハビリに比べたら…」「こんなジョグ程度で根を上げるわけにはいかん」なんて思うと、まあ何とか頑張れるわけですね。

というわけで、無事予定通りに16キロ完走(念のためちょっと長めにしました)。走るというのは単純であるがゆえに奥行きが深いと思うのです。


食べもノート #006 なめろう

201001241427000.jpg房総の味、なめろうです。東京でも居酒屋などでよくみかけるメニューですが、やっぱり本場は違いましたね。まずこのボリューム。値段もそれなりにしますが、東京のこぎれいなダイニングバーみたいなところだと、ほんと梅干しぐらいのサイズでお上品にしかもりつけられませんからね。そこへいくとこの分量。ちょっと大きめのコロッケ、みたいなサイズです。味噌の加減もちょうどよく、お酒とよく合います。私はこの日、白い御飯を頂いてそこに乗っけても食べました。あー思い出す。あの味。

#348 長駆&食べもノート
February 12, 2010

DSCF1344.JPG東京マラソンまであと2週余り。参加者の皆さん!調整はバッチリですか?…(返答に耳をすます)…はい。そうですか。それぞれのペースで進んでいるようですね。こんな風に聞いておいてなんですが、私は今回は出場しません。「リアルタイム」からは森麻季アナウンサーが出場予定。ただ、日本テレビが生中継しますので、単純に自分のペースで走るだけなのか、それともリポートしながらどなたかと一緒に走るのか、その辺りは聞いておりません。どうなるんでしょうね。

 そのモリマキさん、そして同じくエントリーしたT君(報道局外報部)の20キロ走に、私も参加しました。事前にシミュレーターで距離計測をし、スタート地点を築地と定めて集合。この日はたいへんな好天。気温は5度あるかないかという寒さでしたが、午前中はほとんど風が無かったので走り始めたらすぐに体は温まり始めました。いやあ気持ちいい。

20100206-rainbow.JPGで、今回私にとっての目玉は「レインボーブリッジ」。自分の足で渡るのは初めてです。芝浦の側からですと、最後の太い橋脚にエレベーターが付属していたんですねえ。一気にエレベーターで上がって、弧を描く歩道に出ます。眼前に広がる東京はまさに絶景。冬の朝ですから空気が澄んで、ビルの一つ一つがくっきりと迫ってきます。尾道で感じたのとはまた似て非なる「箱庭感」です。柵の真下を覗くと、数十メートル下に海が。高所恐怖症の方はご注意下さい。

DSCF1389.JPGお台場に降りてからは、「ゆりかもめ」に沿ってぐるっと埋め立て地を大回りします。海の科学館、湾岸警察署、テレコムセンター、メガウェブ…以前に取材で訪れた場所を眺めつつ、ビッグサイトへ。写真の奥にみえますね。ここはフルマラソンのゴール地点。去年はずぶ濡れで走った辺りです。あれは寒かったなあ…。モリマキさん、そしてT君は今回どんなタイムでここにやってくるのでしょうか。その先、東雲、豊洲はマラソンコースを逆走。佃大橋をわたって築地に戻ってきました。途中ちょこちょこ寄り道したのでうまいこと距離は20キロに。実走タイムは2時間。おお、私にとってはけっこうなペースでありました。

食べもノート #005 ラーメン

DSCF1434.JPG戻ってきてのお楽しみは、築地場外でシンプルなラーメン。おお、味もさることながら、その温度に体がぐっと温まります。しっかり運動したあとだけに、五臓六腑に染みわたりました。実際のレースまではあと2週間ほどですから、エントリーした皆さんはこの週末あたり、もう長駆せずに軽めの調整に移る頃でしょう。わたしもそろそろ調整に入ります。応援計画の(笑)。

#347 大雪
February 8, 2010

090222-niigata.jpg日本海側では暖冬の予想を裏切って、今冬は年末から雪が絶えません。先週末に新潟市内の実家に電話をしたところ、やっぱり雪は減る気配がないようです。この写真は去年2月に撮影したもの。実家の庭の様子です。夕刻に撮ったのでちょっと暗くて見づらいのが恐縮です。枯山水の周囲はうっすら雪化粧していましたが、この程度で済んでいました。

しかし今回は年が変わる前からの断続的な大雪。これはひときわ冬を長く感じさせます。先週は新潟市内の住宅地で起きた火災の際、積雪で道路に消防車が入るのに手間取り、消火が遅れるという問題も起きました。さらに週末には、通行止めの国道から迂回して農道を走行中の車が100台以上、地吹雪の吹きだまりなどで立ち往生。ドライバーなどが避難するという事態も起きました。こういう被害は聞いたことがありません。ひとつ間違えばやはり、大雪は生活と命を脅かすものであるわけです。

実家に電話をした日には、朝と夕方の2回、家の前の路地に除雪車が入ったようでひと安心。ただ、こうなると心配なのが雪おろし。我が実家は1階部分の屋根の勾配が小さいので、積もった雪が自然に落ちてくることが期待できません。とはいえ父親もすでに古希をこえた齢。屋根に上がるのは心配です。人にお願いしてやってもらうよう、母に話した次第です。スキーをする方はよくご存じでしょうが、新潟の雪は湿っぽく重い。ゆえに積雪の深さに増してずっしりと負荷がかかるのです。まして今年は、積っては少し解け、下のほうがたっぷり水分を含んで凝縮した上に新しい雪が積もり、また少し解け、の繰り返しですから、非常に心配な重さになっているはずです。単純に新雪が1m積もるのとは比べるべくもありません。

私が子供のころあたりから、雪国の暮らしは格段にしのぎやすくなりました。自治体におる除雪の仕組みも整い(雪の降り具合により自治体財政が大きく左右される)、表通りには消雪パイプがほぼくまなく整備されました。でも自宅の敷地内は自分で何とかするしかありません。まだ1か月ほどは雪が増える恐れのある時期。もう住民を苦しめるかたちで大雪が降らないといいのですが。しばらくは雪不足のバンクーバーに分けていただくよう、雪の神様に差配をお願いするばかりです。

#346 食べもノート #004 食パン
February 4, 2010

201001300837000.jpg先回の続き。心身ともに満たされて店を出た我々に、一力さんから手渡された我々へのお土産がこちら。ごくシンプルな食パンです。一度食してみたかった、下町浅草のお店のもの。ここは食パンとロールパンしか作らないことで東京はもちろん、日本中に知られるところです。こういうお土産を選ぶセンスというのが、粋ですよねえ。

さっそく土曜の朝にナイフを入れました。ちょっと小ぶりのサイズなので、そのぶん若干厚めにそろりそろりとパン切りナイフを進めます。ああ、芳香。金曜日の帰路、混み合う電車で周囲の酔客に押されながら、つぶされないように胸元に抱えた袋から立ち上ってきたパンの香りたるや、一瞬トリップしちゃいそうな芳しさでした。そしていま、切り口からの香りは耳に覆われた表面とはまたちょっと異なるものです。やっぱりもう1枚…。一枚には最初からメイプルバターを塗っておいて、トースターにIN!ジリジリとタイマーが回る音。それにあわせてうっすらと香りが伝わって来ます。

201001300844000.jpgそして焼き上がりはこちら。少々焼きすぎ、とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はしっかり焼くのが好きなので、こんな感じがベストです。色の濃いほうがメイプル、そうでないほうが何も塗っていないシンプル(ひとり笑)。口に運ぶと…サクっと、ふわっと。おお。香ばしいとはこのこと。メイプルバターをつけてももちろん美味しいのですが、何もつけないのにしみじみ美味い。このパンを毎日食べられる近所の人は羨ましいなあ…。浅草界隈にはこのパンを使っている喫茶店もあるとか。プロが焼くとまた味も香りも一入でしょうからね。早起きして出勤前に「モーニング」、食べに行っちゃおうかなあ…。

#345 共感
February 1, 2010

金曜日の夜、「リアルタイム」コメンテーターのおひとり、山本一力さんと食事をする機会に恵まれました。これが楽しみで、先週は仕事をがんばる甲斐があろうというものでした。一緒に出かけるモリマキさんや、熱狂的愛読者を含むスタッフたちの表情も、この日はちょっと違います。一週間の締めくくり、あすは休みという夜ゆえ、気持ちも一層高まって。勇躍、揃って一力さんの地元の街へ…。

道中見える下町の明かりは、何ともあったかくて賑やか。居酒屋のガラスの向こうには安らぎと活力が同居しているのが手に取るようにわかります。うんうん。この感じ。そうして着いた街で案内されたのは、もんじゃ焼、鉄板焼の美味しいお店。トントンと階段を上がるとそこにはすでに、飲食を愉しむ人たちの沸き立つ気持ちがあふれていました。うわー、楽しみ。
出された料理はどれも美味。妙な凝りかたをしたものはありませんが、ひとつひとつシンプルに丁寧にこしらえているのがわかります。ちょっとビールをやりながら、どんどん食が進む進む。そして、あまり強調すると誤解されそうですが、お店の女性たちが悉くお綺麗なのです。その条件でスカウトしたかのように。…とまあ、そんな様子の中で口に運べば、このひとこと以外ありませんよね。うまい!

さらに力強いメインディッシュといえば、もちろん一力さんとのお話。読者として、知りたいことがたくさんありましたので、どんどんぶつけてみました。「日々の生活サイクルは?」「江戸の町のようすは頭の中にインプットされている?」「表現するって、ずばりどんなことですか?」敬愛する池波正太郎さんのこと、互いのふるさとのこと…一力さんの答えは簡潔にして要を得ていました。一つ一つ、的確な言葉を選んでいるのに答えが素早いのも印象的。言葉を生業とする人ゆえ、ことばそのものが血肉であり当然、という見方だけではまだ足りません。様々な仕事を通じて人を見てきた、その重層感が一言に籠められているのだなあという気がします。一力さんと話す時、これはと思うことを口にする時は特に、自然とこちらも真剣に言葉を選んでいることに気付きます。

あれこれ伺って、ああ!と共感を覚えたのは、食べ物の話。一力さんの文章には実に旨そうな、それこそ行間から香りたつような食べ物の描写があります。で、伺えばやはり、食べるという行為について真剣なんですね。私と一緒です。日々食べたものをメモに記している点も同じく。食の記憶というのは不思議なもので、「どこで、誰と会った」というメモだけとは比べ物にならない回想を生むのです。そんな思いを共有して、互いにうんうんと納得したのでありました。私、もちろんこの日の日記に書きましたよ。キムチ、もんじゃ焼、お刺身のサラダ、スパサラダ、脂の乗った牛すじの鍋もの…。何年が経っても、このページを見ると思いだすことでしょう。「ああ、一力さんと話が弾んだあの夜だ」と。そう、牛すじの脂が冬の北風に乾いた唇をいい塩梅に潤してくれたなあと。口が滑らかになって、ずいぶんしゃべったなあと。

帰路、電車に乗り込む我々一行は笑顔にあふれていました。お互いの顔を見合わせて確認したんですから間違いありません。目には見えないけれど、コートの上に確実にまとった、お店の愉しく和やかな空気。池波正太郎の著書じゃあありませんが、「よい匂いのする一夜」ここにあり、という一言に尽きるのです。一力さん、ありがとうございました。