#345 共感
February 1, 2010

金曜日の夜、「リアルタイム」コメンテーターのおひとり、山本一力さんと食事をする機会に恵まれました。これが楽しみで、先週は仕事をがんばる甲斐があろうというものでした。一緒に出かけるモリマキさんや、熱狂的愛読者を含むスタッフたちの表情も、この日はちょっと違います。一週間の締めくくり、あすは休みという夜ゆえ、気持ちも一層高まって。勇躍、揃って一力さんの地元の街へ…。

道中見える下町の明かりは、何ともあったかくて賑やか。居酒屋のガラスの向こうには安らぎと活力が同居しているのが手に取るようにわかります。うんうん。この感じ。そうして着いた街で案内されたのは、もんじゃ焼、鉄板焼の美味しいお店。トントンと階段を上がるとそこにはすでに、飲食を愉しむ人たちの沸き立つ気持ちがあふれていました。うわー、楽しみ。
出された料理はどれも美味。妙な凝りかたをしたものはありませんが、ひとつひとつシンプルに丁寧にこしらえているのがわかります。ちょっとビールをやりながら、どんどん食が進む進む。そして、あまり強調すると誤解されそうですが、お店の女性たちが悉くお綺麗なのです。その条件でスカウトしたかのように。…とまあ、そんな様子の中で口に運べば、このひとこと以外ありませんよね。うまい!

さらに力強いメインディッシュといえば、もちろん一力さんとのお話。読者として、知りたいことがたくさんありましたので、どんどんぶつけてみました。「日々の生活サイクルは?」「江戸の町のようすは頭の中にインプットされている?」「表現するって、ずばりどんなことですか?」敬愛する池波正太郎さんのこと、互いのふるさとのこと…一力さんの答えは簡潔にして要を得ていました。一つ一つ、的確な言葉を選んでいるのに答えが素早いのも印象的。言葉を生業とする人ゆえ、ことばそのものが血肉であり当然、という見方だけではまだ足りません。様々な仕事を通じて人を見てきた、その重層感が一言に籠められているのだなあという気がします。一力さんと話す時、これはと思うことを口にする時は特に、自然とこちらも真剣に言葉を選んでいることに気付きます。

あれこれ伺って、ああ!と共感を覚えたのは、食べ物の話。一力さんの文章には実に旨そうな、それこそ行間から香りたつような食べ物の描写があります。で、伺えばやはり、食べるという行為について真剣なんですね。私と一緒です。日々食べたものをメモに記している点も同じく。食の記憶というのは不思議なもので、「どこで、誰と会った」というメモだけとは比べ物にならない回想を生むのです。そんな思いを共有して、互いにうんうんと納得したのでありました。私、もちろんこの日の日記に書きましたよ。キムチ、もんじゃ焼、お刺身のサラダ、スパサラダ、脂の乗った牛すじの鍋もの…。何年が経っても、このページを見ると思いだすことでしょう。「ああ、一力さんと話が弾んだあの夜だ」と。そう、牛すじの脂が冬の北風に乾いた唇をいい塩梅に潤してくれたなあと。口が滑らかになって、ずいぶんしゃべったなあと。

帰路、電車に乗り込む我々一行は笑顔にあふれていました。お互いの顔を見合わせて確認したんですから間違いありません。目には見えないけれど、コートの上に確実にまとった、お店の愉しく和やかな空気。池波正太郎の著書じゃあありませんが、「よい匂いのする一夜」ここにあり、という一言に尽きるのです。一力さん、ありがとうございました。