人間、走るという単純な行為においてこそ、底知れぬ奥行きを感じる時があります。なぜ同じ距離を走っても、一人で走ると辛いのか。どうして誰かと話ながらだと、意外に軽くクリア出来るのか。そんなことを考えるだろうなあと思いながら駆け出した土曜日の朝。
この日は、スケジュールてんこ盛りの一日でしたから、とにかく15キロ走るには遅くとも10時には走り始めなければいけません。起きた直後、己を奮い立たせなければその目論見は達成されないという状況。目覚めたのは8時半。よしよし。前夜が遅かったわりには予定通り。で、着替えて快晴の路上に出たわけです。目標は前述の通り15キロ。先週は走りませんでしたからこれぐらいの距離を出さないと帳尻が合いません。走り始めると…やっぱり体が重い…。最初の5キロがいつものペースよりやっぱり遅いんです。
奥行きその①。ジョギングコースのある公園に入ったら、小学生の野球チームに遭遇。彼らは練習前のランニングです。子どもですから、ガーっと突っ走ったと思うとダラダラぐだぐだして私に追いつかれる。そんな「ペースも何もない」彼らと抜きつ抜かれつしていると、自分が辛いことを忘れるわけです。
奥行きその②。私の場合、いつも7~10キロぐらいが一番気持ちよく足が前に出るあたり。これを超えるとまたしんどさが蘇ります。ですから、このあたりで「ゴールに近づいている」ように自分を錯覚させるコース設定をする必要があります。つくづく、体ではなくアタマで走って居るんだなと思うわけですね。
奥行きその③。週末となると、親子連れに出くわしたときに「ガンバレー」と言われることがあります。そう言われるとなぜ、頑張れるのか。東京マラソンに出た時にもそう思いましたが。
奥行きその④。今回は、最終盤の辛い局面で、高橋大輔選手のメダルへの苦難の道を想起しました。「あのリハビリに比べたら…」「こんなジョグ程度で根を上げるわけにはいかん」なんて思うと、まあ何とか頑張れるわけですね。
というわけで、無事予定通りに16キロ完走(念のためちょっと長めにしました)。走るというのは単純であるがゆえに奥行きが深いと思うのです。
食べもノート #006 なめろう
房総の味、なめろうです。東京でも居酒屋などでよくみかけるメニューですが、やっぱり本場は違いましたね。まずこのボリューム。値段もそれなりにしますが、東京のこぎれいなダイニングバーみたいなところだと、ほんと梅干しぐらいのサイズでお上品にしかもりつけられませんからね。そこへいくとこの分量。ちょっと大きめのコロッケ、みたいなサイズです。味噌の加減もちょうどよく、お酒とよく合います。私はこの日、白い御飯を頂いてそこに乗っけても食べました。あー思い出す。あの味。
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