#354 卒業
March 24, 2010

日本航空の大ベテラン機長、小林宏之さんが42年間のパイロット生活にピリオドを打ちました。最後のフライトはホノルルからの成田行き。これまで幾度も降り立った馴染みの空港で有終の美を飾りました。ひとしおの感慨があることでしょう。

小林機長と私はこの3年ほど、何度か食事をともにしながらお話を伺ったり、日本航空の整備の現場・パイロット訓練の現場などにご案内していただいたり、という関係です。というのも小林機長の所属は「広報部付」だからです。現役の機長であり、メディアの窓口でもある、という他に例のないポジションです。これまで日本航空が就航したすべての国際線に乗務し、パイロットという仕事の妙味や舞台裏まですべてを知り尽くしているからこその人事。定年を迎えたあと、その経験と技量を買われて、再雇用というかたちでこれまで乗務を続けてこられたのです。

小林機長の異名は「グレートキャプテン」。前述したような、空前にして絶後の豊富な乗務経験もさることながら、「欠勤」「自己都合による乗務変更」が42年間まったく無かった、というのですから当然の称号でしょう。社会人として責任ある立場になっても、誰しも体調不良や、やんごとなき事情で休むことがあるものです。労働を提供する側という立場でみれば、それは「権利」とも言えます。それを42年間一度も行使しなかった。まずそのことだけで凡夫である私は脱帽です。おそらく奥さまやご家族の支えも相当なものだったと推察されます。

実際確かにお若い。今回、乗務前にパイロットたちの集まる大部屋の中でその姿を拝見したところ、初めて「そうか、63歳という年齢はたしかに異例のことなんだ」と思った私。普段小林さんとだけマンツーマンで接していると、ほかの一般的なパイロットたちの年齢構成はわかりませんからね。たしかに30代、40代の面々の中でその姿を見て、「グレート」なたたずまいに納得した次第です。

平素から「年齢はコントロールできる」とおっしゃる小林機長。毎日のウォーキングのみならず、目のエクササイズも欠かしません。なればこそ、あの計器だらけ、小さなマニュアル書類だらけのコクピットで、遥かかなたの雲の変化を見渡した直後でも、手元の小さな文字に焦点をさっと合わせることができるのです。身体能力の維持だけでもすごいことですが、洞察力、判断力など総合的に42年分の磨きがかかっています。

つまり、ご本人と直接お話させていただくと、おそらく誰でも容易に「尊敬すべきところ」が見つけられる方といえます。しかも決して型物ではない。非常に謙虚で私たち取材チームにもさりげなく気を配られる。そしてフランクで陽気な雰囲気を身にまとっています。なるほどこういうお人柄だからこそ、人は「グレートキャプテン」と呼ぶのでしょう。いちいち得心してしまいます。

 今回、国内線での最後の乗務に密着取材させていただいたのですが、パイロット仲間、客室乗務員、出発地・到着地の地上スタッフ…と、どこに行っても握手を求めてくる後輩たちの姿を見ることができました。カメラのまわっていないところで後輩機長に聞くと、「私たち後輩をよく辛抱強く育ててくださいました。たくさんのことを教わり、感謝し尽くせません」と、ちょっと極まったような口調で話してくださいました。ひとすじに道を極め、後進を育成し、静かに翼を下ろす…。私たちメディアは小林機長を「特別な存在」として伝えるわけですが、当の小林機長は「いつも通り、普段通りに終えたい。特別なセレモニーなどはちょっと…出来ればご遠慮申し上げたい」とずっとおっしゃっていました。

ひとつを極めるということのお手本を、間近に見せていただいた心境です。今回比較的長時間をかけて放送したのは、単に世界の空を知り尽くしたパイロットが引退する、だけにとどまらないからこそ。なんとなれば、どの職場にあっても、どんな仕事をしていても、小林機長の姿を自分にあてはめて考えるきっかけになるから、というわけです。そんな思いが祝日の放送で多くの人に伝わっていたら、幸いです。