眼下に広がる、広大で、冷たい海
February 28, 2008

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千葉県野島崎沖、南42キロ。私がこの場所で取材するのは、2度目でした。事故後10日目にして初めての、石破防衛大臣の現場視察。私は取材するべく再びヘリコプターに飛び乗り、現場海域へと向かいました。現場上空に到着し、大臣を乗せたヘリコプターが海上自衛隊の護衛艦に着艦するのを待つ間、初めて目にした上空からの現場海域。360度、見渡す限り何も無く、視界を遮るものなど何もありません。“なぜ事故が起きたのか”、改めて疑問に感じると共に、この広大な大海原に突然投げ出された吉清さん親子のことを思うと、声も出ませんでした。

石破防衛大臣へ向けられた視線
February 21, 2008

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事故から丸2日。未だ行方不明の吉清さん親子の捜索が続く中、石破防衛大臣が川津漁港を訪れ、親子の親族や漁協に謝罪しました。漁協前で、大勢の報道陣に囲まれる石破大臣。マイクを向け、殺到する報道陣とは反対に、地元の方々はその周りでじっと立ち、無言のまま。しかし石破大臣に向けられたその視線は、非常に厳しいものでした。

海の男の絆
February 20, 2008

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事故から一夜明けた、漁船「清徳丸」の所属する川津漁港。現場海域では、仲間の漁師の方々が夜明け前から捜索を行っていました。もちろん、各々が自分たちの漁船を出すため、捜索に行くとその日の仕事はできません。いつまで続くのかもわかりません。ある漁師の方に、自分自身の漁はどうするのか伺いました。するとその方は答えました。「仲間に何かあったら、自分の仕事は置いても必死で助ける。海の男はそういうものだ」と。“決して諦めない”という仲間を思う強い気持ち、私は、黙ったまま頷くことしか出来ませんでした。

現場海域で見た、巨大なイージス艦
February 19, 2008

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午前4時7分頃、イージス艦と漁船の衝突事故が発生、漁船の乗組員2人が行方不明に。その日出社すると、すでに報道フロアは騒然とした状態。現場は千葉県野島崎沖、南42キロの海上です。ヘリコプターで約30分。大島に到着すると、今度はそこから漁船に乗り換え、高速で海上を飛ばすこと約2時間。現場海域に着くとそこには、無惨に2つに分かれた漁船『清徳丸』の船体が。周りでは、無数の仲間の漁船が必死に捜索に当たっています。奥に目をやると、衝突したイージス艦『あたご』の船体が。漁船から見たイージス艦はとてつもなく巨大で、その鋼鉄の船体は、さながら海に浮かんだ“壁”のように感じたのを覚えています。イージス艦は、私が現場海域について程なく、現場を去っていきました。

容疑者から届いた手紙
February 15, 2008

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家族を殺害後、自殺を図ったとみられる佐々木容疑者。その本人が書いた手紙が、突然日本テレビに届きました。「欲に目が眩んだ自分の責任です」などと書かれた手紙には、他にも、「家族にいい生活をさせてあげたかったが、不動産の取引を巡って全てを失った」という趣旨のことも記されていました。なぜ手紙を送ろうと思ったのかは、わかりません。不動産を巡ってどんなトラブルがあったかも、わかりません。ただ言えるのは、家族を傷つけることの正当化はできないはずだということです。

惨劇の末に残された兄弟
February 12, 2008

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一家4人が死傷した事件から一夜明け、私たちは元警視庁捜査一課長・田宮榮一さんと再び現場に向かいました。近所の方々にも“仲の良い家族”で評判だったという容疑者一家。家族3人を襲い、自殺したとみられる父親。現場の家から発見された容疑者の遺書には、“家族を守れなかった”と綴られていました。田宮さんの言葉が脳裏をよぎります。“無理心中という法律用語は無い。『心中』とは、独りよがりな、れっきとした殺人“。事件の後に残されたのは、祖母と両親を失った、長男と二男(重体)の2人だけです。

父親に一体何が?
February 11, 2008

『リアルタイム』の放送が始まり、今日は一日、大事件もなく平和なまま終わったと安心していたところ、その速報は突如、報道フロアに響き渡りました。現場に駆け付けると、あたりはすでに騒然とした状態。携帯電話のメールには次々と事態の深刻さを伺わせる情報が入ってきます。放送終了15分前に生中継し、現場の様子を伝えていた時のこと。駆け付けた記者から渡されたメモには“両手首を切断され重傷の二男が『親父にやられた』と話した”という衝撃的な内容が。ごく普通の家庭で起きた殺人事件は、目を覆いたくなるほど凄惨なものでした。

渦中の4人、ついに逮捕
February 7, 2008

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去年6月に発覚した、大相撲・時津風部屋での力士暴行死事件。ついに元親方を含む渦中の4人が逮捕されました。事件発覚以降、この時津風部屋を取材に訪れた回数、もはや数え切れません。大勢の報道陣が部屋の回りに詰め掛けている光景も、何度見たことかわかりません。約8ヶ月たち、親方が新しく変わっても、部屋の力士たちは無言のまま。角界を揺るがした大事件は、相撲ファンの方々にも、部屋の力士たちにも、消えることのない大きな爪跡を残しました。

現場で感じた無念の思い
February 5, 2008

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“川崎市の畑から、20代の若い女性の遺体発見“。『リアルタイム』放送の1時間前、その事件は発覚しました。私たちはすぐに現場へと急行しました。到着すると、放送わずか10分前。何とか今ある情報と現場の様子だけでも伝えるべく、トップニュースで現場から中継すると、すぐに次の中継のため現場が見える場所に移動。すでに多くの報道陣が集まっていた現場は、人気のない、薄暗い畑でした。こんな寂しいところで殺害され、放置されたのかと思うと、亡くなった女性の無念さが思いに余ります。

凍てつく寒さと、凍てつく心
February 1, 2008

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日本海に面した小さな町、北海道瀬棚町。事件の起きた現場までは、新千歳空港から車で約3時間。近付くにつれて徐々に雪も強さを増し、現場に着いた頃には猛吹雪に。すぐ側の日本海から吹き付ける冷たい風と、荒れ狂う吹雪を全身に受けながら取材を進めると、教職員7人、児童わずか14人という小さな小学校で起きた殺人事件が、容疑者・被害者が同僚で、ともにその小学校の卒業生、そして、幼なじみでもあることがわかりました。身も凍えるような外の寒さ以上に、私たち取材者を凍えるような思いにさせた事件でした。