リアル×ワールド

「一生懸命」 ・・・木村拓也が残したモノ

企画内容

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2010年7月25日 16:25~17:25放送

企画内容

木村拓也 様

ズムサタ・プロ野球熱ケツ情報は、相変わらず、あのスタイルでやらせてもらっています。
毎週、野球に全く関係ないテーマを用意して、球場におじゃましています。

去年の今頃のVTRを見返すと、木村さんが、「お好み焼き」や「父の日」などをテーマに、
いろんな話をしてくださっています。
こんなやりとりが、約4年。調子がいい時も悪い時も、毎週取材に付き合ってくれました。
「一生懸命」 ・・・木村拓也が残したモノ

「木村さんが試合前に倒れた」というニュースが入った4月2日(金)の夕方、
僕達は、翌日(土)の放送に向けて、編集の真っ最中でした。
取材VTRは、2日前の横浜スタジアム。
この日は、「コーチでもたまには出してくれよ」と言ってカメラに向かってきてくれました。

編集の手を止めて、すぐ宮本さんに電話をし、「ニュースを見てください」と伝えました。
情報収集にあたりましたが、くも膜下出血で入院、重体とのこと。
その後、宮本さんとは「救急措置が早かったから大丈夫じゃないか・・・。」
というやりとり。それから、とにかく編集を再開しました。

最初の作業は、木村さんの出演部分をカットすることでした。
4年間で、初めてのことでした。
「一生懸命」 ・・・木村拓也が残したモノ
それでも、編集中、このVTR自体を放送するべきか否か、悩みました。
番組スタッフとも話し合った結果、放送することに決めました。
VTRは、いつもの時間に、いつもどおり流れました。
木村さんが出てこないまま終了したVTR。

4月7日(水)の朝、電話が鳴りました。球団広報の方からでした。

2日後のお通夜に、宮本さんが向かいました。
奥様は、宮本さんの胸に飛び込み、涙したそうです。
3人のお子さん、ご両親、同級生ともお話が出来たそうです。
お通夜から東京に戻る途中の宮本さんから、メールが届きました。
「明日は、最高のVTRを作ってください。それが今の俺たちに出来ることだから。」

その頃、僕達は、木村さんの19年間の野球人生、
そして、ズムサタに出演してくれた4年分のVTRをまとめていました。
30分ではとても語りつくせませんでしたが、
放送後、番組ホームページにたくさんの声が寄せられました。
「一生懸命」 ・・・木村拓也が残したモノ

雑学が大好きな木村さんが、見事、宮本さんのクイズに答える場面、
大道さんとの名コンビぶり
そして、ご家族のことを本当にうれしそうに話してくれている場面、などなど
使わせていただきました。

去年の11月、東京ドームで、木村さんに、思い切ってお願いをしました。
「実は・・・、このオフ、ズムサタの企画で、広島のお宅におじゃましたいんですが・・・。」
すると、即答でした。
「いいよ。」
「奥様は大丈夫ですか?」
「うーん・・・。喜ぶんじゃない。」

そして、去年の11月19日。広島のお宅におじゃましました。
ズムサタの取材で、いつも話していたご家族が勢ぞろいしました。
奥様とお子さんに囲まれて、木村さんは、まさに「素の姿」でした。

野球選手として、生き残るために、
どこでも守れる、ユ―ティリティプレーヤーになったのも、
出場機会を求めて、現役にこだわったのも、この、ご家族のため。
そして、この、ご家族の存在が、木村さんにパワーを与えている。改めて確信しました。

それが、今回の番組で、一番伝えたいことです。
奥様、お子さん、ご両親、ご祖父母、同級生、チームメ―ト・・・。
みなさんの中に今も生き続ける木村さん。
家族のために、「一生懸命」生きることが、どれだけ、素敵なことで、大事なことか。

番組タイトルには、木村さんが一番好きだった言葉を使わせてもらいました。
「一生懸命・木村拓也」
放送日は7月25日(日)です

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