リアル×ワールド

リアル×ワールド・ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日

企画概要

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2012年3月4日(日)16:30~17:25

企画概要

「阪神大震災」「地下鉄サリン事件」「神戸児童殺傷事件」「雲仙普賢岳噴火」…
様々な災害や事件・事故を最前線で取材してきたテレビディレクター武澤忠。

リアル×ワールド・ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日

2011年3月11日。当時、武澤は、お昼の情報番組「DON!」の総合演出を務めていた。番組フィナーレまであと2週間、何とか有終の美を飾ろうと出演者・スタッフ一丸となっていた矢先、あの震災が起きる。
激しい揺れの中、29階のフロアからは隣のビルが横に揺れているように見えた。しかし実際に揺れていたのは、日本テレビのビルの方だった。
さらにその後、津波が発生。テレビから流れてきた音声に愕然とした。

『福島県相馬市岩子方面は壊滅状態です』

そこは武澤の実家がある場所だった。わずか3ヶ月前に夫を亡くした母親が、ひとり暮らしていた。

なんとか連絡がとれたのは翌日のこと、幸い避難し一命をとりとめたという。しかし海岸から2,5キロ離れた実家にも津波は襲い掛かっていた。波は床上まであがり「半壊」・・・もうすめる状態ではなかった。

震災以来、母が綴り続けている日記…。そこには誰に問いかけるわけでもなく、彼女の心の奥が赤裸々につづられていた。

「3月11日…咆哮し、大地を襲った海は、本当にこの海だったのか…
今は静かに、白く小さな波頭が見えるだけ…
空に浮かぶ雲よ…お前は何を見ていたの…
蟻のように人々がもがき苦しむ様を…黙って見ていたの…
災害の家に帰り、これからのことを思うと、片付ける手がふと止まり、
ぼんやりと庭を眺めて過ごすことが多いのだ…」

改めて思った。今まで数々の災害や事故を取材してきたが、どこか他人事で、・・・どこか被災者たちをひとまとめにして考えてはこなかったか…。被災した家や人それぞれに、それぞれの違った苦しみや悲しみがある…。ともすれば「大きな被害」を受けたところばかりに目が行きがちなマスコミ。自分もそのひとりとして「被害が小さい」と思われる人たちの中にも、いろんな苦悩があるということを、見過ごしてはこなかったか…。

テレビマンとして、そして長男として…。
立ちふさがった数々の「現実」…

一方で何とか半壊した家を片付け続けることに希望を見出そうとしていた母。それは亡き夫の位牌を置ける場所をつくりたいという夫婦愛からだった。
しかし「立ち入り危険」と判断され、50年の思い出がしみついた家は行政により、「解体」されることに・・・ 夫の写真を抱えて、壊されていく我が家を見守る母親・・・その目に、必死でこらえていた涙があふれだしたとき、それを撮影していた息子もまた、涙をこらえられなかった。
号泣する母・・・カメラを回しながら涙を止められない息子・・・崩れゆく実家・・・
そんな絶望の末に、年老いた母親が見つけた「希望のかけら」とは・・・

春・・・夏・・・秋・・・冬・・・・
移ろう季節の中で、なんとか「生きる力」を取り戻し再生していく年老いた母親・・・それを追うことで、等身大の「被災地のいま」を描いた魂のドキュメンタリー番組。

リアル×ワールド・ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日

 

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