日本一のコンビニオーナー誕生物語 / 服部玲央

2010年9月18日

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そこは、一見すると
どこにでもあるごくごくフツ〜のコンビニ。
でも実は、全国に8千店舗近くあるチェーンの中で
去年、サービス日本一に輝きました。
業界にも「接客サービスの達人を育てる店」として注目されています。
 
そのオーナー、服部玲央(レオ)さんの過去は異色です。
学校にも殆ど通わなかったから、
かつては漢字も読めず、常識すら知らない人でした。
日本一に上り詰めた、奇跡の成功物語...教えてあげる。
 
学校が嫌いでした。
不登校を重ねるウチに両親に見放され、更正施設に送られました。
けれど、施設からも逃げだして、友達の家を転々とする日々。
「どうせボクなんか必要のない人間だ」
中学を卒業し、食べていかなければならなくなった服部さんは、
コンビニで働き出します。
仕事をするって、楽しかった。
でも見た目が不良だから、みんなからは変な目で見られました...
 
しかも、小学生レベルの知識もないコトで、
馬鹿にされ、口も聞いて貰えません。
腹が立つより先に、自分が情けなかった。
日報を書くのも全部ひらがな。
漢字が一文字も書けませんでした。
不足した飲み物を何ケース発注すればいいのか
指を使わないと計算できませんでした。
荷物を埼玉に届けたいと言われたとき...
埼玉がどこにあるのか、県なのか街なのかさえもわかりません。
 
...悔しかった。
仕事の合間を見ては、がむしゃらに勉強しました。
商品の名前で漢字を覚えました。
計算は電卓を使って覚えました。
県や町の名前は道路地図で...
一番困ったのは領収書の宛名書きです。
どうしても書けない漢字は、恥を忍んで年下の仲間に教わりました。
 
「ボクは馬鹿だ。けど...今から頑張れば遅くない!」
コンビニが服部さんにとって学校だったんです。
 
転機は二十歳のときにやってきました。
一生懸命に働く姿勢と、
売り上げの伸びが評価され、店長に抜擢されたんです。
耳を疑いました。でも決意しました。
「気合いと根性で乗り切ってやる!」
必死でした。
従業員に落ち度があれば怒鳴り飛ばし、
態度が悪ければ容赦なく責め立てました。
 
気がつけばひとりぼっち...
一人で背負い込むしかありませんでした。
ところが...過労でした。
「店長を任され、やっと人に必要とされる人間になれたと
思っていたのに...」
そのとき、気がつきました。
「誰かに必要とされたいと願って頑張ってきた自分が、
一番、他人を必要としていないじゃないか...」
 
間違っていたんです。
大切なのは、「あなたが必要だ!」その一言でした。
それからは、積極的に良いところを探して声をかけました。
みんなに敬意をもって、あなたが必要なんだと伝えました。
 
すると驚くほど、従業員の態度は変わり、
店の雰囲気も良くなりました。
「人を必要とする人間が人に必要とされるんだ」
 
その後、行き場のない問題児や不良たちも
ためらうことなく雇い入れました。
恩返しをするような思いでした。
 
服部さんの店では、従業員の明るい声が飛び交っています。
そこは「接客サービスの達人が育つ店」。
お客への声かけが産む親近感が、
サービス日本一の要でした。
5店舗のオーナーとなった服部さんにとって、
コンビニは、今も変わらず「学校」です。