ようこそ『深夜の音楽会』HPへ

♪日 時  2000年10月13日(金)深夜3:35〜4:05
♪出 演  指 揮 鈴木雅明
エヴァンゲリスト&テノール ゲルト・テュルク
イエス 多田羅 迪夫
ソプラノ・アリア 釜洞 祐子
アルト・アリア 白土 理香
バリトン 浦野 智行
合唱 バッハ・コレギウム・ジャパン
東京芸術大学声楽科
東京少年少女合唱隊
管弦楽  読売日本交響楽団
司 会   奥田 佳道/町 亞聖(NTV)


♪曲 目 J.S.バッハ (メンデルスゾーン版)
マタイ受難曲


第30曲 ああ、私のイエスが行ってしまわれた!
第39曲 お憐れみください、神よ
第54曲 おお、血と傷にまみれ、苦痛と嘲りに満ちた御頭よ
第58曲 こうして彼らはゴルゴダに来た
第63曲 本当にこの方は、神の子だったのだ
第68曲 私たちは涙を流しながらひざまずき





♪今夜の見どころ…

J.S.バッハ没後250年、バッハイヤーの今年は、世界中でバッハのコンサートが数多く開かれています。その中でも、クラシックファン注目のコンサートが、9月9日 サントリーホールで催されました。バッハ「マタイ受難曲」メンデルスゾーン編曲版、指揮はバッハの世界的権威である鈴木雅明、演奏は読売日本交響楽団。「深夜の音楽会」では、2回にわたってこのコンサートからお送りします。バッハの死後、歴史の影に埋もれていた「マタイ受難曲」ですが、およそ100年の後に、メンデルスゾーンにより編曲演出を加えられ、復活上演。19世紀の人々に、驚きと感銘をあたえました。その、メンデルスゾーン版「マタイ受難曲」が、さらに1世紀半たった今、鈴木雅明により20世紀の聴衆に深い感動を与えてくれました。

<受難曲>とは、イエスの受難と復活の物語。
9月22日放送の第1部は… イエスが、弟子のひとり、ユダに裏切られて、最後の晩餐を迎えて、捕らえられてしまうまでの物語。10月13日放送の第2部は… 捕らえられたイエスが十字架に張り付けられ、処刑されるが、イエスは神の子なので、3日後には復活することが宣言される、というお話。

<受難曲>と言っても、難しく考える必要はありません。宗教的な知識や背景がなくても、素直に楽しめるのが、バッハのすばらしいところなのですから。サントリーホールの大オルガンと、美しいアリア、心を打つ合唱をお楽しみください。指揮者、鈴木雅明氏に、この曲の魅力や、メンデルスゾーン版について伺ったインタビューもお聞き逃しなく。


♪演奏者の略歴

鈴木雅明(指揮者)

神戸出身。12歳から教会のオルガニストを勤める。東京芸術大学作曲科に進んでからは矢代秋雄に師事。卒業後同大学院オルガン科では広野嗣雄に師事、鍋島元子主宰する古楽研究会でチェンバロを学んだ。

1979年アムステルダムのスウェーリンク音楽院に進み、チェンバロを名手トン・コープマンに、オルガンをピート・ケーについて学び、チェンバロとオルガンのソリスト・ディプロマを得て同学院を卒業。

80年ブリュージュ国際チェンバロ・コンクール(通奏低音部門)で第2位、82年同オルガン・コンクールでは第3位入賞。その後、デュイスブルク音楽院(ドイツ)講師、神戸松陰女子学院大学助教授を経て、90年からは3月からは東京芸術大学助教授としてオルガンとチェンバロの指導にあたっている。松陰時代には、特別に音響設計されたチャペルでマルク・ガルニエ製作によるフランスクラシックオルガンを使って、意欲的なコンサート・シリーズを企画。チェンバロとオルガンのソリストとして全国的に活躍する一方、90年からはオリジナル楽器アンサンブルと合唱団《バッハ・コレギウム・ジャパン》を結成、『J.Sバッハ:教会カンタータ全曲シリーズ』をスタートするなど幅広い活動を行っている。

また海外での活動も活発で、毎年オランダ、ドイツ、フランスを中心とするヨーロッパ各地でコンサート・ツアーを行っている。86年ハーレム・オルガン音楽祭でのリサイタルでは「オルガンを知り尽くした生気溢れる雄大な演奏」と紙上で絶賛を博し、89年夏にはインスブルックの宮廷礼拝堂、オランダ・ハーレムの聖バーボ教会をはじめとする8つの歴史的名器オルガンによるリサイタル・ツアーを行い、94年には ノルデンの聖ルトゲリ教会、ハンブルクの聖ヤーコビ教会のオルガンを弾いて好評を博している。95年、97年7月とフィリップ・ヘレヴェッヘに招かれ、南仏サント古学フェスティバルに出演、ヘレヴェッヘ、ヤーコブス、ルセなどと並んで《コレギウム・ヴォカーレ》を指揮して『バッハ:カンタータ・コンサート』を演奏、好評を博す。

レコーディングも活発で、バッハ・コレギウム・ジャパンを指揮して『バッハ:教会カンタータ全曲シリーズ』を始め、スウェーデンBISより既に20枚近いCDをリリース、いずれも絶賛を博している。またオルガン・チェンバロ奏者としても『ブクステフーデ:オルガン名曲集』『バッハ:オルガン名曲集』(キング)、またスウェーデンBISよりバッハのチェンバロ作品全曲の依頼を受け、既に『バッハ:平均率クラヴィーア曲集第1間』『ゴルトベルグ変奏曲』をリリースしている。現在、東京芸術大学助教授。東京オペラシティー コンサートホール、新潟市コンサートホールのオルガン・プロデューサー、盛岡市民文化ホール・バロックシリーズ・プロデューサー。
ゲルト・テュルク(テノール)

伝統あるリンブルク大聖堂少年合唱団で最初の音楽教育を受けた後、フランクフルト音楽大学で教会音楽と合唱指揮を学んだ。

その後、バーゼル・スコラ・カントルムでルネ・ヤーコブスにバロック歌唱法と解釈を学び、ソロ歌手として経歴を歩み始める。

またテュルクはアンサンブルで歌うことにも積極的で、ドイツを代表する声楽アンサンブル「カントゥス・ケルン」と、中世音楽の解釈で高く評価されているフランスの「アンサンブル・ジル・バンショワ」のメンバーでもある。ハイデルベルク音楽大学で歌唱法とオラトリオ解釈を教えている。
多田羅 迪夫(たたら みちお)
バリトン

東京芸術大学卒業、大学院修了(在学中に安宅賞受賞)。第16回ジロー・オペラ賞受賞。伊藤亘行、中山悌一の諸氏に師事。

1973年イタリアに留学。カンポガリアーニ、ぺリッオーニの諸氏に師事。その後ドイツでE.グリュンマー、O.クラウスの諸氏に師事。75年よりハイデルベルグ市立劇場と契約、数々のオペラやコンサートに出演。M.フレーニ、R.パネライ等と共演し、絶賛を博す。

帰国後、83年二期会公演『ジークフリート』のアルベリッヒを、更に85年新日本フィルオペラディックコンサート「ヴォツェック」(小澤征爾指揮)のタイトルロールを見事に歌い、その精緻な音楽が好評を得る。その他『ラインの黄金』『ジークフリート』のアルベリッヒ、『神々の黄昏の』のハーゲン『ペレアスとメリザンド』のゴロー、『エレクトラ』『俊寛』『天守物語』等で絶賛されている。

90年二期会創立40年記念公演と、フィンランドのサヴォリアンナ・オペラ・フェスティヴァル参加『お蝶夫人』でシャープレスを演じ国際的評価を得た他、『フィガロの結婚』フィガロ、続く91年の『リゴレット』でもタイトルロールを演じた。また同年10月にはサヴァリッシュ指揮『魔笛』に弁者役で唯一日本人男性ソリストとして出演し、高い評価を得、第一人者としての地位をより一層揺るぎないものとした。また、92年二期会オペラ『ドン・ジョヴァンニ』のタイトルロールを演じ、同年『さまよえるオランダ人』『オイディプス王』、94年『トスカ』のスカルピア(以上小澤征爾指揮)、『フィデリオ』のドン・ピツァロ(朝比奈隆指揮)等、いずれもドラマティックで力強い演唱を聴かせた。

96年7月二期会オペラ『ワルキューレ』で難役ヴォータンを演じ、98年『魔笛』弁者役で新国立劇場に出演。99年、日本オペラ教誨創立40周年記念公演『修善寺物語』(初演、委嘱作品)で、夜叉王に主演、芳醇で心理の綾まで表現する万全の歌唱で観客を魅了した。コンサートへの出演も多く、「第九」、バッハ「受難曲」「カンタータ」、ハイドンのオラトリオ、モーツァルト「ミサ曲」「レクイエム」、ブラームス「ドイツ・レクイエム」、マーラー「千人の交響曲」等をレパートリーとし、高い評価を得ている。二期会会員。
釜洞祐子(かまほらゆうこ)
ソプラノ

神戸女学院大学音楽学部卒業。東京音楽大学オペラ研究家修了。オペラ研修所第4期修了。


1981年、関西日仏コンクール 第2位。1982年、第51回二本音楽コンクール 第1位。1983年、日生劇場における「魔笛」の夜の女王役は、各方面より絶賛された。翌84年、ハンブルグ国立歌劇場日本公演の「魔笛」では、急遽同役を代演しその大役を果したばかりでなく、」コロラテゥーラの妙技を示した。1985年秋より、文化庁在外研修員として、ミュンヘン(ドイツ)へ留学。1986年からは、カッセル国立歌劇場と契約を結び、『後宮よりの逃走』コンスタンツェ、『魔笛』の夜の女王、『ホフマン物語』のオリンピアなどの難役を好演する他、ハンブルグ、ハノーファー、シュトゥットガルト、ミュンヘンなどの劇場へも客演。

また、コロラトゥーラの役に加え、『ラ ボエーム』のムゼッタ、『ドン ジョバンニ』のツェルリーナ、『ジークフリード』の森の小鳥、『ポッベアの戴冠』のポッベアなどをこなし、1990年『セヴィリアの理髪師』のロジーナ、1992年『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタでは特に「卓越した歌唱力のみならず、舞台上における自由自在な伸びやかさ」「役者としての存在感の強さと温かさ」と、高く評価された。

1993年、日生劇場『沈黙』のオハル、1994年二期会公演『フィデリオ』のマルツェリーネ等の演唱に対し、第22回ジロー・オペラ賞受賞。1997年には三枝成彰のオペラ『忠臣蔵』お艶を、1998年には新国立劇場・二期会共催公演『アラベッラ』ズデンカを好演。日本へは毎年帰国し、これまでにNHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、読売日本交響楽団等の演奏会で、サローネン、スゥイトナー、プロムシュテット、小沢征爾、秋山和慶と協演。1998年にはN響デュトワ指揮ドビュッシー「選ばれた乙女」・グリーグ「ペールギュント」に出演。オーケストラ付き歌曲、オラトリオ、ミサ曲の分野でも高い評価を受けているが、音楽の友ホール、宝塚べガホールなどでのソロリサイタルで好評を得るなどコンサート歌手としても活躍している。
白土 理香(しらつち りか)
メゾ・ソプラノ

東京芸術大学卒業。同大学院修了。オペラ研修所第6期修了。福嶋敬晃、毛利準の両氏に師事。

第57回日本音楽コンクール声楽部門で1位なしの第2位を受賞、ならびに福沢賞受賞。ウィーン新人声楽国際コンクール第3位。

文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーンに留学。その間ウィーン国立音楽大学院に籍を置き、オペラ・リート、オラトリオの両科で研修。ワルター・ベリー、エディット・マティスの両氏に師事し、ドイツオペラ、ドイツ歌曲等を中心に学ぶ。95年ディプロマ修了。92年ミュンヘン国際音楽コンクールで1位なしの2位に輝き、その後ドイツ、スイス各地のオーケストラ演奏会、ポーランドのブラスラウ現代音楽祭に招かれる。同年BBCのクリスマス特別番組「シューベルトの生涯」にB・テルフィルと共に出演。ドイツ・シューマン協会主催、ドイツ歌曲リサイタルで地元紙より高い評価を得る。シェーンブルン宮殿劇場で『ディドとエネアス』のタイトルロールを演じる他、夏のドナウフェスティバルではワルター・ベリーと共演。

日本へも毎年帰国し、オペラ・コンサートに出演。『フィガロの結婚』のケルビーノ、『コシ・ファン・トゥッテ』のドラベラ、『ナクソス島のアリアドネ』の作曲家をはじめ、日本オペラでも毎日芸術賞受賞作品『沈黙』に少年役で出演。M.エンデ、一柳慧作曲の『モモ』で主役を演じ話題を呼んだ。東フィル、都響、水戸室内などの定演への出演も多く、インバル指揮、都響のマーラー・シリーズ『千人』にも出演。M.ヴィオッティ、M.ハンベとも共演している。NHK・FMリサイタル出演、その他ドイツ歌曲のレパートリーもモーツァルト、シューベルトからヴォルフ等近代まで幅広く、オペラとコンサート両面での国内外の活躍が期待されている。

最近国内では、オペラへの出演が目立ち、98年2月愛知県文化振興事業団『ルイーザ・ミラー』、6月新国立劇場『魔笛』〈侍女U〉、12月新国立劇場・二期会共催公演『ヘンゼルとグレーテル』ヘンゼル役、99年1月びわ湖ホール『ドン・カルロ』(日本初演)テバルト役などをつとめて好評を博している。現在ウィーン在住。二期会会員
浦野 智行(バス)

東京芸術大学で、初めてホルンを専攻、後に声楽に転向。日本音楽コンクール、奏楽堂日本歌曲コンクールなど、数多くの入賞歴をもつ。透明かつ柔らかい声と透徹したテクスト解釈で、安定した熱唱をみせている。

オペラ、オラトリオの分野で活躍する一方、歌曲にも力を注ぎ、特にロシア歌曲の熱唱・解釈では高い評価を得ている。バッハ・コレギウム・ジャパンでは、シュッツ『イエス・キリストの十字架上の七つの言葉』、バッハ『ヨハネ受難曲』のイエス役、『マタイ受難曲』のアリアほか、カンタータ・プロジェクトのソリストとしても活躍中。
バッハ・コレギウム・ジャパン
(合唱)

結成から10年。昨年は「マタイ受難曲」の公演で、モービル音楽賞の栄誉に輝いたばかり。

1985年、神戸松蔭女子学院チャペルでバッハ・カンタータ・シリーズを企画演奏してきたバッハ・コレギウム神戸と松蔭室内合唱団が、90年4月、大阪のいずみホール・オープニングシリーズに招かれたのをきっかけに、編成を増やして発足したのがバッハ・コレギウム・ジャパンだった。91年3月には「マタイ受難曲」を演奏、92年からはカザルスホールと神戸松蔭女学院チャペルで「バッハ/教会音楽全曲シリーズ」の定期演奏会を始めた。97年にはフランスのサン・フロラン・ル・ヴィエイユ音楽祭の開幕コンサートに招待され、99年にはイスラエルとドイツのブレーメン音楽祭に、今年の7月には、スペインとイスラエル、そしてドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウスで世俗カンタータ2曲を歌い上げたばかりだ。
東京芸術大学声楽科有志(合唱)

1998年6月の「定期」。英国の名匠テイトのもとで、ハイドンの「四季」を歌い上げ、その均整のとれたアンサンブルに惜しみない拍手が送られた。

数多くの大歌手を輩出してきた東京芸術大学。その精鋭たちを集め、合唱指揮界のベテラン八尋和美の指導のもと、精緻な合唱を聴かせてくれる。ダイナミックなオルフの「カルミナ・ブラーナ」や、秘めた劇性をそなえたロッシーニの「スターバト・マーテル」など、小品から大曲にいたるまで、短期間の練習の中で着実に仕上げていくその技術に、高い評価が与えられている。外来の指揮者との共演も多く、カラヤンやサヴァリッシュからも絶賛されている。
東京少年少女合唱隊(合唱)

アバド指揮ベルリン・フィルの来日公演で、マーラーの交響曲第3番の合唱パートを受け持ったことで、一躍脚光を浴びた。

歴史は古い。1951年、「ルネッサンスの楽曲を日本の子供達にも贈ろう」ということで結成され、55に世界児童合唱団連盟の日本支部として加盟。都内の小中学生14歳までの少年少女で構成され、常任指揮者・長谷川冴子の指導のもと、25回の海外公演を行っている。今年8月にはルツェルン音楽祭に参加したばかり。


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