ラッシャーさんから学んだこと(矢島学)
ラッシャーさんが亡くなった。またプロレス界が、寂しくなった。
今週月曜日の5月24日、プロレスリング・ノアのラッシャー木村さんが亡くなりました。68歳でした。6年前に脳内出血で倒れ、入院生活が続いていたラッシャーさん。2004年7月10日のノア東京ドーム大会では、ビデオメッセージにより引退を発表されていました。その後、元気な姿にお目にかかれぬまま、お別れとなってしまいました。今週は、各局の報道番組や情報番組で、ラッシャーさんを追悼するニュースが流れました。かつて金網デスマッチで活躍し「金網の鬼」と恐れられたラッシャーさん。IWA世界ヘビー級の王座にも輝いたり、数多くの団体で激闘を繰り広げてきた経歴を振り返ると、改めてその偉大さを感じます。
私が、日本テレビ・アナウンス部・プロレス班に配属になったのは、1996年でした。この時は既に、ラッシャーさんは全盛期を過ぎ、前座の試合で新たな魅力を発揮されていました。ジャイアント馬場さん、百田光雄さんと共に『ファミリー軍団』を結成し、永源遥さん、マイティ井上さん、渕正信さんらの『悪役商会』と、コミカルな要素を含んだ抗争を続けていました。この両軍団の戦い『ファミリー軍団VS悪役商会』は、通称『ファミ悪』と呼ばれ、『休憩前のもう一つのメインイベント』として人気を博しました。ですから、私にとってのラッシャーさんと言えば、こうしたユーモラスな姿が思い浮かびます。
ラッシャーさんの思い出といえば、やはり試合後の『マイクパフォーマンス』です。会場に来たファンにとっては、楽しみの一つでした。実は、そのラッシャーさんのマイクパフォーマンスから、私は多くのことを学びました。
まず、ラッシャーさんはマイクパフォーマンスにおいて、絶対に噛むことはありませんでした。試合直後で息も上がっていたでしょうし、喋りは本業ではないにも関わらず、言い間違えたり、言いよどむことは無かったのです。大きな会場でのマイク使用というのは、自分の声が予想外の反響を起こしてしまうため、我々アナウンサーにとっても非常に難しいものです。ラッシャーさんのマイクパフォーマンスを聞く度に、自分への戒めとしてきました。
また、ラッシャーさんの語り口は、実に優しいものでした。プロレスラーのマイクアピールというと、早口で怒鳴るものが多いのです。その為、実際にプロレス会場でマイクアピールを聞いていても、内容が良く聞き取れないことがあります。しかし、ラッシャーさんは違いました。ゆっくりと、穏やかに語りかけるものでした。一方的に言い放つのではなく、聞く側の人間のことを意識したラッシャーさんの喋りは、我々アナウンサーにとっては、正に『教科書』でした。
さらに、ラッシャーさんのマイクパフォーマンスには、季節や地域の話題が豊富に含まれていました。例えば、春には桜を話題にし、夏は「熱中症に気をつけましょう」と呼びかけました。秋にはマツタケの話を持ち出し、冬にはサンタクロースのネタで笑いを誘いました。また、全国各地の会場では、必ず『ご当地ネタ』を披露。ジンギスカンや、味噌カツ、お好み焼きといった各地の味覚に触れたり、広瀬川、桂浜、桜島などの地名を組み込んでいました。『どんな話をすれば、その地域のファンが喜ぶか』を意識されていたのでしょう。一年中いつでも、全国どこでも使えるような同一文面のマニュアル的な話よりも、その季節限定、その地域限定の話のほうが、人間味がありますよね。私も、ラッシャーさんに習い、プロレス実況の中には、『季節と地域』の話題を入れるようにしました。
こうして、アナウンサーである私は、プロレスラーであるラッシャーさんから、喋りの基本を教えて頂きました。そんなラッシャーさんの現役最後の試合は、2003年3月1日の日本武道館大会でした。2003年3月1日の武道館といえば、プロレスファンなら誰でも知っている『伝説の三沢・小橋戦』がメインイベントで行なわれた、あの3・1武道館です。その日、ラッシャーさんは第一試合に出場し、試合後いつものようにマイクを持ちました。その日、ラッシャーさんは、こう語り掛けました。
皆さん、こんばんは。
ご機嫌如何ですか。
今日から3月ですね。
でも、まだ寒いです。
早く、桜が咲くと良いですね。
本日は、お忙しい中、また雨の中、多数ご来場いただきまして、
本当に、本当に、ありがとうございました。
結果的に、これが最後のマイクとなってしまいました。ラッシャー木村さん、今までお疲れ様でした。
ラッシャーさんから学んだことは、忘れません。安らかにお眠り下さい。
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・Paul Stuar
ワンポイント・・・コットンのカットソージャケットは、これから暑くなる季節にはマストアイテム。
通気性よく、動きやすく...さらに、ラペルのパインピングでキチンと感をプラス!
第8筆 書道ガ~ル?(豊田順子)

今回は、「アート・応用編」の話。
私は、絵と同じように、文字を書くことも大好きでして・・・。
書の大家や歴史、文献などの知識はほとんどありませんが、
墨をすって、筆に含み、紙の上に神経を集中させて文字を書く・・・
「書道」が大好きです。
私たちが日常生活で読み書きしている文字の美しさは、筆を動かしていると、実によくわかります。
そこで、そんな気持ちを仕事にも・・・!

去年、日テレ系列で放送した 「蒼天航路」というアニメーションをご存じですか?(現在DVD発売中!)
原作は、三国志をテーマにした長編漫画作品です。
その番組の中で、「蒼天少女」と称する女の子達が予告などをナビゲーションするコーナーがあったのですが、そこでの美術協力。
彼女たちの後ろのパネルの文字、実は私が書いた文字なんですよ。
テレビは、いろいろな表現の場がありますね~。
って、パソコンのキーボードを打ちながらこの原稿を書いていたら、無性に筆を持ちたくなってきました!
基本的に私は、「アナログ派」です。
追伸:思えば・・・。
私が新人の頃のニュース原稿は、カーボンコピー用紙を使った"手書き"のものでした。
年配のデスクの、達筆すぎて読めない文字に、何度確認をして怒られたことか・・・。
でも、音声化すると、とても読みやすい文章だったことを覚えています。
今は活字で"きれいに見える"分、
「正しい日本語か?」、「聞きやすい文章か?」というチェックが、実は、難しい・・・。
"うっかり間違い"の落とし穴にはまらないよう・・・集中して注意を払っています(誓!)。
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・ico:ne
ワンポイント・・・フリルの甘さとZIPアップのシャープさがMIXされたジャケット。
ワークウェアにも、オフスタイルでのデニム等にも使える1点です。
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・Paul Stuart
ワンポイント・・・麻素材で清涼感たっぷりのジャケット。
ダーツを目立たせたデザインがシャープなポイントになっています。
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・Paul Stuart
ワンポイント・・・色鮮やかな華やかブラウス。
袖の丈、胸元のラッフル、首周りのシャープなカッティングと
デザインバランスが抜群な主役ブラウスです。
推薦(矢島学)
今、『東京スカイツリー』が、注目されている。
東京スカイツリーとは、東京都墨田区押上(おしあげ)に建設中のタワーである。地上デジタル放送の送信という電波塔としての役割だけでなく、新たな東京の顔という観光の目玉としても期待されている。5月20日現在のタワーの高さは、379m。2011年12月に竣工予定で、完成時の高さは634mと、自立式鉄塔としては世界一になる。
そんな、建設中の東京スカイツリーが、連日テレビや新聞、雑誌で取り上げられている。3月29日には、我がストレイトニュースでも、「333mの東京タワーを抜いて、日本一の高さになった」というニュースを、お伝えしました。また、お花見の季節には、『スカイツリーと桜の両方を眺めることが出来る場所』が話題にもなった。さらに、周辺のホテルやレストランの宣伝には、『スカイツリーが見える部屋』とか、『スカイツリーを見ながらランチ』などといったキャッチフレーズが使われているし、電車の中吊りには、完成後のスカイツリーをCG合成したマンション販売の広告も目立つ。このように大きな話題となっているスカイツリーを一目見ようと、週末にもなるとタワー周辺は多くの見物人で賑わっっている。
これだけ世間から注目されている東京スカイツリーには、今まで以上に積極的なPR展開が必要になってくるだろう。まず、建設地の住所である「墨田区押上」や、最寄り駅である「東武伊勢崎線の業平橋(なりひらばし)駅」の知名度をアップさせることは勿論、スカイツリーの現状や今後の予定を、もっと広く報じるべきだと思う。
その為には、テレビや新聞、雑誌、イベントなどで、スカイツリーをアピールする『PR大使』が必要だ。つまり、文字通り『広告塔』となる人物の選定が急務である。現在、墨田区のPR大使である『すみだ親善大使』や、スカイツリーの地元、押上・業平橋地区のイメージキャラクター『おしなり君』といった、地元の大使は存在する。しかし、『スカイツリー専属の大使』は、まだいないようだ。
墨田区に縁があり、世界一のタワーに相応しい人物は、この方しかいない。それは・・・。
プロレスラーの、高山善廣選手である。
理由その1「出身地」
高山選手は、墨田区江東橋(錦糸町駅の近く)出身である。15歳まで墨田区で育ったという高山選手は、幼い頃からプロレスが大好きだった。街中の電柱に張られたプロレス大会開催のポスターに胸を躍らせたが、そのポスターは常に、墨田区の隣りの区である台東区にあった蔵前国技館大会のポスターだった。幼心に、「何故、僕らの町の墨田区体育館でプロレスをやってくれないのだろう。」と不満に思っていたという。
これだけ地元・墨田区を愛している高山選手を、私は「スカイツリーPR大使」に推薦したい。
理由その2「高さ」
高山選手の身長は何と!196cm。現在の日本プロレス界で、最も身長の高い選手の一人である。いつも入場時にトップロープ(高さ1m)を跨いでリングインする姿は、まさに圧巻。きっと、スカイツリーの高さを象徴する存在となってくれるだろう。
理由その3「世界」
世界一のスカイツリーをアピールするには、これまで世界のタイトルをことごとく奪取してきた高山選手が適任だろう。高山選手のタイトル歴は実に輝かしい。例えば、現在主戦場にしているプロレスリング・ノアにおいては、地球規模の崇高なる王位と呼ばれる『GHCヘビー級選手権』のベルトを獲得。また、全日本プロレスの至宝『三冠ベルト』や、新日本プロレスの闘魂の象徴『IWGPヘビー』を巻いた経験も持つ。このように、世界の頂点に君臨し続けたという高山選手の経歴を、積極的に生かすべきだろう。
理由その4「防災」
前述の様に、スカイツリーの主な役割は、地上デジタル放送の送信である。しかし、それだけでなく災害時には、地域の防災に貢献することも期待されているという。そのようなことであれば、やはり高山選手の出番だ。高山選手は、プロレスラーになる前は、実はライフセーバーであったのだ。人命を救ってきた高山選手は、まさに防災のシンボルである。
理由その5「各局」
高山選手は、本業のプロレスラー以外にも、様々な肩書きを持つ。プロレスや格闘技の解説者を務めている他、タレントとして民放各局のバラエティー番組にも数多く出演。また役者としての顔も持ち、NHKの大河ドラマや、映画にも出演した経験があるのだ。
現在、地上デジタル放送の普及活動は、民放とNHKが力を合わせて行なっている。やはりスカイツリーのPR大使には、テレビ局の枠を超えて活躍している高山選手が最適だ。
このように考えると、スカイツリーのPR大使には、もはや高山選手以外には考えられなくなってきた。こうなったら、高山選手に直談判するしかない。ちょうど、明後日22日(土)の後楽園ホール大会で、高山選手と会えるので、その場で直接交渉してみたい。
プロレスリング・ノア後楽園ホール大会(マイティ井上レフェリー 引退記念大会)
日時・・・2010年5月22日(土)18時 第1試合開始
場所・・・東京・後楽園ホール
メイン・・・・高山善廣・秋山準・佐々木健介組VS森嶋猛・潮崎豪・井上雅央組
放送・・・5月22日(土)18時~21時30分(CS放送日テレG+にて生中継)
第7筆 リクエストにお応えして・・・(豊田順子)
「ミヤネ屋」の宮根さま。
いつも「最新のニュース」コーナー後のムチャ振り、ありがとうございます。
そして今日も、いきなり・・・
「宮根さんの似顔絵」を描いて欲しいとのリクエスト。
はい。
早速、リクエストにお応えして、描いてみました。
いかがでしょう・・・?
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・Paul Stuart
ワンポイント・・・夏の爽やか生地の定番、サッカー地。
腰のパッチポケットがカジュアルな軽快さを醸し出しています。

スーツとして着ると、こんな感じ☆
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・Paul Stuart
ワンポイント・・・レースのカットワークが上品なセットアップ。
肌の透け感が涼し気です。
第6筆 時間ができると・・・。(豊田順子)
仕事から離れ、時間ができると「美術館」や「ギャラリー」で、ART作品を観ています。これ、私の心の栄養源です。
入社してからこのかた、レギュラー番組は常に生放送。
スポーツや報道の「現在進行形の情報」を扱うため、私の頭の中はひっきりなしに情報のインプット&更新の連続です。
だからでしょうか・・・?動かない作品を観ながら、こちら側から「何を表現しようとしているのだろう?」と近寄っていく美術鑑賞は、私の中でバランスを整える心地よい時間になるのです。
そこには、色彩あり、構図あり、造形美あり・・・。
対象物への愛あり、自己探求あり・・・。
更には、社会問題を訴えるものや、普遍的なテーマを現代らしさで迫ってみたり・・・。
「読み解く」という作業は、深く感じ入り、様々な角度から考えるという心の柔軟性につながります。
作品の中にメッセージ性を込めるという創作活動には、私の仕事にも通ずる「知的好奇心」を刺激するポイントがいくつもあり、ワクワクします。
その延長線上で・・・、私もやってみたい、身につけたい、応用して楽しんでしまおう!と、常に可能性を模索したりもしているのです。
さて、どんな風に・・・?というお話は、次の機会に。
今日の衣装(豊田順子)

ジャケット・・・CARA O CRUZ
ワンポイント・・・袖の広がりがあるパフスリーブが優しげな甘さを演出するジャケット。
全体に施された織柄の変形ドット柄がアクセントになってます。
支持(矢島学)
今週は、政治の話をします。
ここの所、テレビや新聞では、政治に関するニュースが大きく報じられている。普天間基地移設問題や、新党結成、参議院議員選挙に向けての候補者擁立など・・・。こうした連日の報道により、国民の政治への関心が高まっている。そこで今回は、私なりに日本の戦後政治史を振り返ることにする。
題して!「私なりに振り返る、日本の戦後政治史!!」です。
ポイント1.『体制』
日本の戦後政治史の中で最も大きな出来事のひとつは、何と言っても『55年体制』であろう。1955年(昭和30年)10月に、当時分裂状態にあった『右派社会党』と『左派社会党』が再統一され、『日本社会党』が誕生。一方、同年11月には、『自由党』と『日本民主党』が保守合同を果たし、『自由民主党』が成立した。
保守の自民党と、革新の社会党。改憲の自民党に対し、護憲の社会党。さらに、安保維持を唱えるのが自民党なら、社会党は安保反対を訴えて行く。こうした当時の両党の構図から、これを『55年体制』と呼ぶ。
これを分かりやすく、プロレスを例にとって説明しよう。戦後のプロレス界は、力道山が創設した『日本プロレス』から始まった。その力道山時代の後は、力道山の弟子であるジャイアント馬場とアントニオ猪木が台頭。馬場・猪木の2人は、『BI砲』と呼ばれ人気を博した。
そして、政治の世界における『55年体制』に匹敵する出来事が、プロレス界にも起きる。1972年(昭和47年)1月、日本プロレスを除名されたアントニオ猪木が、『新日本プロレス』を設立。一方ジャイアント馬場も独立し、同年10月に『全日本プロレス』を旗揚げした。その後、新日本プロレスと全日本プロレスの2団体は、日本プロレス界の『2大メジャー』として人気を二分して行くことになる。
ストロングスタイルの新日本と、王道プロレスの全日本。IWGPの新日本に対し、三冠ベルトの全日本。闘魂三銃士が活躍したのが新日本なら、全日本では四天王プロレスが展開された。日本プロレス界に2大メジャー時代が到来した1972年。私はこれを、『72年体制』と命名したい。
ポイント2.『終焉』
戦後、実質的に自民党の一党支配が続いてきたが、1993年(平成5年)に大きな転換点を迎えた。それは、自民党の野党転落である。衆議院議員選挙において自民党が過半数割れとなり、政権を手放す。そのきっかけとなったのは、自民党羽田派44人の大量離党であった。自民党から離れた羽田派は、その後『新生党』を結成。その結党時の理念は、『自立と共生』であった。この結果、38年間続いた『55年体制』が終焉したのである。
これと同じような出来事が、プロレス界でも起きた。2000年(平成12年)6月に、全日本プロレスから、故・三沢光晴選手ら26人が大量離脱した。その後、三沢さんは理想のプロレスを追求する為、新団体『プロレスリング・ノア』を旗揚げ。その旗揚げ時の理念は、『自由と信念』であった。こうして、新日本と全日本という2大メジャー時代が幕を閉じた。この結果、28年間続いた『72年体制』は終焉したのである。
ポイント3.『連立』
1993年7月の衆議院選挙において自民党が過半数割れとなり、7党と1会派による『連立内閣』が成立。総理大臣には、日本新党の細川護煕代表が就任した。与野党逆転という事実に加え、新党ブームや連立政権という新鮮さ、さらに記者会見でペンを使い記者を指名していく細川総理のスタイルなどもあり、国民から高い支持を獲得。そんな『連立内閣』は、当時の政界において急務だった『政治改革』に着手した。
プロレス界における連立といえば、2006年のGPWAの結成であろう。当時、日本のプロレス界は、メジャーからインディーまで、数多くの団体が乱立する状態が続いていた。そこで、プロレス界の発展の為、統一した組織を作ろうという機運が高まり、12団体と12個人による連盟、GPWA(グローバル・プロフェッショナル・レスリング・フェデレーション)が設立された。代表にはノアの三沢光晴社長が就任。レスラーやレフェリーの公認制度導入の他、試合日程の調整、統一ルールの策定などを目指した。GPWAの大会には、複数の団体の選手が数多く出場し、その斬新さなどがファンから高い評価を受けた。GPWAは、当時プロレス業界にとって急務であった、『プロレス改革』に着手した。
政治とプロレスには共通点があるようだ。
今後、国民の支持、ファンの支持を獲得するのは、一体誰だろう。
第5筆 有言不実行?(豊田順子)
最近よく遣われる「有言実行」という言葉。
たとえば、スポーツの分野で、「金メダルを狙います!」と宣言して、実際に金メダルを獲得した選手に「有言実行ですね~!」などと、キャスターが賞賛の言葉を贈るシーンなどで、よく耳にしますね。
でもこれ、もともとは「不言実行」という言葉があって、それがアレンジされたもの。事を為すには、黙して語らず・・・。目標を定めたら、その後は自分との闘い。あれこれ言わずに善いと信ずるところに向けてじっくり進んでいく。私は、個人的にはこちらの言葉の方がずっと好きです。
そもそも、外に向けて発した言葉は、責任が生まれるわけですから、『○○をします!』と言っておきながら、その通り実行しなかったら、誰も信頼しなくなるのは当然のことですよね。
それが「総理大臣の言葉」なら、なおさら・・・です。
「基地」のそばで暮らす沖縄の子供たちは、
日本の安全保障問題を、今は十分に理解することはできなくとも、
しっかり見ています。
聞いています。
考えています。
結果(矢島学)
※ご注意
今週のブログは、先日行なわれたプロレスリング・ノアの「力皇猛選手VS佐々木健介選手」の一戦を、パロディニュース風にお伝えするものです。その為、内容の一部には、試合結果に関する情報が含まれています。まだ勝敗を知りたくないという方は、十分にご注意下さい。
(映像:報道フロアスタジオ、豊田・矢島2ショット)
2人
「こんにちは。」
豊田
「邪馬台国論争に決着をつける一戦が行なわれました。」
矢島
「プロレスリング・ノアの日本武道館大会が行なわれ、力皇猛選手と佐々木健介選手が激突しました。」
(映像:日本武道館の外観→ファンの行列→武道館会場内)
ナレーション
「今週日曜日の5月2日、プロレスリング・ノアの日本武道館大会が行なわれました。ゴールデンウィークで、天候にも恵まれたということもあり、多くのファンが詰め掛けました。注目の試合は、力皇選手VS健介選手の一戦。この試合は、邪馬台国論争に決着をつける戦いとも位置づけられていました。」
(映像:力皇選手紹介VTR 過去の試合映像 プロフィール字幕スーパー入り)
ナレーション
「力皇選手は、1999年に相撲界からプロレス入り。現在、ノアを代表するパワーファイター。日本の国技・相撲発祥の地といわれている奈良県桜井市の出身。その為、邪馬台国に関しては、畿内説を唱えています。」
(映像:力皇選手インタビュー)
力皇選手
「邪馬台国は、私の故郷・奈良県桜井です。間違い有りません。畿内でもなく、奈良でもなく、桜井です。今日、この武道館で決着をつけます。」
(映像:健介選手紹介VTR 過去の試合映像 プロフィール字幕スーパー入り)
ナレーション
「一方健介選手は、新日本プロレスを始め数々の団体で活躍したベテラン。現在は、自らが立ち上げた団体『健介オフィス』所属。福岡県福岡市出身の健介選手は、邪馬台国論争に関しては、強硬な九州説論者です。」
(映像:健介選手インタビュー)
健介選手
「邪馬台国は、九州に決まっているだろう。疑いの無い事実だ。日本一のプロレス会場・武道館で日本の歴史が決まる。面白いじゃないか。」
(映像:左右2画面で両者の顔写真を表示 燃え上がる炎を合成)
ナレーション
「畿内説の力皇か、それとも九州説の健介か。シングルマッチでは初めての対戦という両者の激突は、己の意地とプライド、そして邪馬台国を賭けた一戦となった。」
(映像:武道館リング前 試合開始直前記者リポート)
記者リポート
「1万1000人のファンが詰め掛けた武道館です。両選手が入場してきました。もの凄い歓声と熱気に包まれています。日本の歴史が決まる、注目の試合。間もなくゴングです。」
(映像:CS放送G+の試合映像 画面下位置に、G+放送日時の告知字幕スーパー入り)
ナレーション
「邪馬台国の所在地をかけた一戦、力皇選手VS健介選手の戦いは、期待に違わぬ激しいものになりました。お互いのパワーとパワーがぶつかる攻防に、武道館のファンからも大きな声援が送られます。しかし、次第に健介選手が主導権を支配していきます。逆に力皇選手は、必殺技・無双(むそう)を出す展開に持ち込むことが出来ません。最後は健介選手が、ラリアットの連発からのノーザンライトボムで力皇選手から3カウントを奪い、勝利。邪馬台国をかけた注目の試合は、九州説の健介選手に凱歌があがりました。」
(映像:報道フロアスタジオ 豊田・矢島2ショット)
矢島
「ご覧頂きました様に、九州説の佐々木健介選手が、畿内説の力皇猛選手を破りました。」
豊田
「ということは、邪馬台国は九州に決定したということになるんですね。」
矢島
「確かに、試合前の注目は、そこでした。しかし、試合後に力皇選手が、気になる発言をしているんです。そのインタビューをお聞き下さい。」
(映像:試合後の力皇選手インタビュー)
力皇選手
「試合には、負けた。それは認める。しかし、邪馬台国は奈良。しかも、桜井です。そこは譲れません。これに関しては、絶対に負けられない戦いなんです。」
(映像:報道フロアスタジオ 豊田・矢島2ショット)
矢島
「この様に力皇選手は、試合に負けたことは認めたものの、邪馬台国は奈良県桜井であるという姿勢を崩していません。つまり、邪馬台国をかけるというのは、ノアの公約ではなく個人的な意見であったということなんです。」
豊田
「気になる今後ですが、どんな展開が予想されますか?」
矢島 (九州説と畿内説を支持するアナウンサー勢力図フリップ手持ち)
「はい。こちらのフリップをご覧下さい。まず考えられるのは、畿内説を支持したアナウンサーの反応です。奈良市出身のアナウンス部OG笛吹キャスターを始め、森富美(大阪府出身)、右松健太(東京都出身)、夏目三久(大阪府出身)の各アナウンサーは、今回の結果に対し、一様に落胆の表情を浮かべていました。しかし、これまで出身地を越えたまとまりを見せて来ましたし、一部では今後巻き返しに出る意欲も表明しているメンバーもいます。」
豊田
「一方、九州説を支持したアナウンサー達は、一致団結するんでしょうか?」
矢島
「はい。九州説を支持した、杉上佐智枝(長崎県大村説)、宮崎宣子(宮崎県説)、佐藤良子(福岡説)中野謙吾(福岡説)の各アナウンサーは、歓喜に沸きかえっています。ですから、今後アナウンス部内での統一会派『チーム九州』を組む可能性もあります。しかし、ある専門家によると、今度は九州内での邪馬台国論争が勃発する恐れもあるというのです。
具体的に、九州の中のどこが邪馬台国だったのか、火種が無いとは言い切れません。いずれにしても、今後の両陣営の動向が注目されます。」
豊田
「このニュース、また新たな情報が入り次第お伝えします。ここまで、プロレス関連のニュースをまとめてお伝えしました。」
力皇猛VS佐々木健介 テレビ放送
CS放送G+放送日時 2010年5月6日(木)17時30分~21時30分