続編

July 22, 2010

 先週に引き続き、私が勝手に考えた架空の祭り『プロレスリング・ノア夏祭り』の話題です。もしも、ノアの所属選手が屋台に立ち、子ども達を楽しませるとしたら、こんな屋台になるでしょう。

秋山準選手
 日本プロレス界の策士・秋山選手。そのファイトスタイルは、合理的かつ非情である。徹底した攻撃の仕方から、客が震え上がることも多く、スターネス(冷厳)という異名をとる。得意技は、投げ技の一種である『エクスプロイダー』。中でも、コーナーポストの最上段(高さ1.4m)から投げ落とす形式の、『雪崩式エクスプロイダー』は脅威的だ。
 そんな冷たく厳しい秋山選手が担当するのは、やはり『かき氷』。店の名は、『冷厳・秋山の雪崩式かき氷』である。かき氷の高さは、何と1.4m。今にも崩れてきそうな巨大かき氷で、この夏の猛暑を吹き飛ばそう。

潮崎豪選手
 プロレスラーになる前には、地元・熊本にある、某・大手ドーナツチェーン店でアルバイトをしていた潮崎選手。その大きな体格からは想像できないが、ドーナツ作りに於いては、細かいトッピングも得意で、繊細な腕前を披露していたという。潮崎選手は、師匠・小橋選手直伝のラリアットを得意としており、その技名も名前にちなみ『豪』腕ラリアットと呼ばれている。
 そんな潮崎選手には、是非、得意な菓子作り技術を生かし、『チョコバナナ』を作ってもらおう。店の名は、『ミスター・ゴーナツ潮崎の豪腕チョコバナナ』である。

森嶋猛選手
 体重160kgという、ノアナンバー1の巨漢である森嶋選手。その巨体から繰り出される技は、どれも威力十分。相手をコーナーに追い込んでの左右のハンマー(モリシーハンマー)や、振り向き様のラリアットなど、技の危険度はケタ違いである。また、森嶋選手が放つミサイルキックは、その破壊力から『スカッドミサイル』という名前がついている。
 そんな森嶋選手の店は、ズバリ『射的』。店の名は、『モリシー森嶋のスカッド射的』。君も、森嶋選手のように豪快に打ち落とそう。

力皇猛選手
 大相撲の世界から華麗なる転身を遂げた力皇選手。得意技は、土俵で培った『張り手』や『ぶちかまし』、腕力(かいなぢから)を生かした投げ技『無双』(むそう)などである。             
 そんな力皇選手には、やはり『ちゃんこ鍋』の店を担当してもらおう。題して、『力皇猛の、ぶちかまし・ちゃんこ』。暑い夏だからこそ、ちゃんこ鍋で汗をかいて新陳代謝を高め、夏バテを防止しよう。

齋藤彰俊選手
 闇の組織『ダークエージェント』総帥の齋藤選手は、プロレスラーになる前に、バーテンダーをしていた。その為、飲食関係には滅法強く、美食家でもある。
 そんな齋藤選手には、是非、『生ビール』を担当してもらおう。本職が注ぐ、キメ細かな泡の生ビール。これには、お父さんたちは大喜びだ。店の名は、『齋藤彰俊のダーク生ビール』。尚、全国の美味い物に詳しい齋藤選手が、生ビールに合う『絶品おつまみ』を一品つけてくれるのが嬉しい。

金丸義信選手
 山梨学院大学附属高校時代には、野球部でピッチャー。甲子園出場経験もある金丸選手。たまにプロレス会場では、景品との交換サービスとして、引換券代わりのカラーボールを客席に投げ入れることがある。その際、金丸選手は自慢の肩を生かし、武道館の2階席にまで投げ込むことが出来る。必殺技の名前も『タッチアウト』という、野球にちなんだ名前がつけられている。
 そんな金丸選手の店は、ボールをストライクゾーンに投げて9枚の的を落とすゲーム『ストラックアウト』だ。店の名前は、『金丸義信のストラック甲子園』。尚、9枚全て落とした子どもには、その場で金丸選手が『タッチアウト』をかけてくれる。

KENTA選手
 蹴り技に定評があり、『蹴撃』の異名をとるKENTA選手。人気と実力を兼ね備え、男性、女性を問わず、幅広い層から支持されている。そんなKENTA選手の得意技の一つが、腕極め卍固め(カタカナ表記では、オクトパスホールド=タコ絡み)である。
 そんなKENTAには、やはり『タコ焼き』を担当してもらおう。店の名は、『蹴撃KENTAのパウル君タコ焼き』である。勿論、『パウル君タコ焼き』というのは、占いタコのパウル君人気にあやかった便乗商法以外のなにものでもない。

リッキー・マルビン選手&石森太二選手
 現・第11代GHCジュニアタッグ王者チームの、リッキー・マルビン&石森太二組。メキシコ人レスラーのマルビン選手と、メキシコでプロレスデビューを果たした石森選手という、メキシコLOVEなタッグ。
 二人の担当は勿論、メキシコ料理の王様『タコス』である。店の名は、『マルビン&石森の、パウル君タコス』。勿論、タコとタコスをひっかけただけの、便乗商法以外のなにものでもない。

青木篤志選手
 ジュニアヘビー級期待の若手、デビュー5年目の青木選手。自衛隊時代に培ったレスリング技術を生かしてメキメキと頭角を現しており、そのセンスの良さから『閃光』(せんこう)の異名をとる。青木選手には、2007年12月から『閃光十番勝負』が組まれた。格上の選手10人と一騎打ちを行なう『十番勝負』というのは、若手の登竜門的なカードであり、将来を期待されている証拠でもある。
 そんな青木選手には、夜祭りには欠かせない『蛍光リング』を担当してもらう。店の名は、『青木篤志の閃光リング、パウル君十番勝負』である。もう、ここまで来ると、ドサクサ以外のなにものでもない。

モハメド・ヨネ選手
 ノア所属選手の最後に登場は、ヨネ選手だ。ヨネ選手の得意技といえば、『ダイビング・ギロチン』である。トップロープから華麗に舞い降りて放つこの技は、迫力十分。ありがたい事に、この技を出す際には、ヨネ選手自ら「行きますよ!お客さん!!」とファンに叫んでくれるので、分かりやすい。そんなヨネ選手は、他団体・新日本プロレス所属の真壁選手や、同じく他団体・ビッグマウスラウド所属のビッグ村上選手らが、ノアマットに乱入(プロレス用語でいうところのテロ攻撃)をした際、真っ先に立ちはだかった選手である。
 それだけ、ファンを愛し、ノアを守りたいという意識が高いヨネ選手は、ズバリ『警備員』が最適であろう。祭り会場の安全を、ヨネ選手が守ってくれれば、何と心強いことか。
 
 プロジェクト名は、『モハメド警備保障、守りますよ!お客さん!!』である。

屋台

July 16, 2010

 もう間もなく梅雨明け。子供たちにとっては待望の夏休みが始まります。夏休みといえば、海や山などの行楽地や、花火大会に行ったりする。また、地元で行われる夏祭りも、子供たちにとっては思い出の一つになるでしょう。
そこで今週のブログは、勝手に『プロレスリング・ノアの夏祭り』を企画してみました。ノアが夏祭りを主催し、所属する全選手が祭りの屋台に立って子供たちを喜ばせるという、私の妄想です。
 題して、『もしも、こんな屋台があったなら』。それでは、所属全選手が担当する屋台の発表です。

田上明選手
 ノアの社長でもある田上選手の得意技は、身長192cmの体格を生かした豪快な『大車輪キック』。そんな田上選手の屋台は、ズバリ『くじ引き』である。屋台の店の名は、『ガラガラポン!田上明の大車輪くじ引き!!』だ。1等商品は、田上選手の等身大抱き枕。寝苦しい夏の夜も、これがあれば大丈夫。子ども達には、一生の思い出になる。尚、1等が出た際には、手持ちの『当たり鈴』ではなく、プロレスのゴングが鳴らされる。

小橋建太選手
 ノア副社長でもある小橋建太選手の得意技は、回転しながら放つチョップ『ローリング袈裟斬りチョップ』である。そんな小橋選手の屋台は、『ドネル・ケバブ』だ。最近、日本でも知られるようになったトルコの肉料理『ドネル・ケバブ』。これは、垂直に立てられた串に刺さった巨大な肉の塊を、回転させながら焼き、ナイフで薄く切り落として食べる料理である。『ドネル』は回転、『ケバブ』は肉のことである。これは正に、小橋選手のローリング袈裟斬りチョップに相応しい料理だ。屋台の店の名は、『小橋建太のドネル袈裟斬りケバブ』。勿論、小橋選手はナイフなど使わず、自らのチョップで肉をスライスする。

丸藤正道(なおみち)選手
 同じくノア副社長である丸藤選手は、体重100kg未満の階級である『ジュニアヘビー級』のエースである。かつて丸藤選手は、新日本プロレスとの抗争が勃発した際に、「ノアのジュニアは最強です。」と言い放ち、『ノア対新日本』の全面対決時代を呼び込んだ。そんな丸藤選手は、いつもマスク(覆面)を被って入場する。大一番の試合などに、どんなマスクをつけてくるのかが、ファンにとっては楽しみの一つになっている。そんな丸藤選手の店は、やはり『お面屋さん』。店の名前は、『丸藤正道の、オレのお面は最強です』に決定。

杉浦貴選手
 現・第16代GHCヘビー級王者である杉浦選手。先日7月10日に行なわれた、ノア旗揚げ10周年記念・有明コロシアム大会において、高山善廣選手と激闘を繰り広げ、見事防衛に成功した。そうしたリングの中での実績に加え、麺製品のテレビCMにも出演するなど、活躍の場は広い。そんな王者・杉浦選手には、是非、屋台の王様である『焼きそば』を担当してもらおう。店の名は、『杉浦貴の焼き麺の達人』である。

佐野巧真選手
 デビュー27年目の大ベテラン・佐野選手は、北海道出身。得意技は、回転しながら放つ蹴り技『ローリング・ソバット』である。そんな佐野選手の屋台は、北海道の味覚全開の、『焼きとうもろこし』。店の名は『どさん子・佐野巧真のローリングとうきび』だ。佐野選手が、もろこしをソバットのように鋭く回す姿が思い浮かぶのは、私だけだろうか。尚、仕入れの状況によっては、もろこしではなく、同じく北海道の幸を使った『どさん子・佐野巧真のローリングいか焼き』に変更する場合がありますので、ご了承下さい。

谷口周平選手
 デビュー5年目、若手のホープ谷口選手。2008年1月からは、試練のカード『驀進(ばくしん)十番勝負』を行っている。格上の先輩10人と一騎打ちを行なう十番勝負は、若手にとっては登竜門的な経験であり、谷口選手は、その第9戦として来週7月24日(土)の大阪大会で、現GHC王者の杉浦選手と対戦する。そんな谷口選手の得意技は、豪快な『ジャーマン・スープレックス』。ジャーマンといえば、ドイツ。ドイツと言えば、フランクフルト。よって、谷口選手の店は、『フランクフルト』。店の名は、『ジャーマン谷口の驀進フランクフルト』。十番勝負にちなんで、問答無用の10本セットでの販売である。

小川良成選手
 ジュニアヘビー級の大御所、小川選手。その魅力は、小柄な体でありながら、自分より重いスーパーヘビー級の選手と対等に戦う姿である。得意技は、相手の動きをかわして持ち込む、鮮やかな『丸め込み』だ。事実、2002年の4月にGHCヘビー級王座に挑戦した際には、当時王者であった秋山準選手(ヘビー級)を翻弄し、僅か4分20秒でクルッと丸め込み、勝利した。そんな小川選手の屋台は、『綿あめ』に決定。店の名は、『小川良成のクルクル綿あめ』だ。尚、4分20秒以内に完食すれば、もう一つもらえるのが嬉しい。

鈴木鼓太郎選手
 埼玉県蕨(わらび)市出身の鼓太郎選手。実家は、『焼肉ファミリー』という焼肉屋さんを営んでおり、プロレス関連のロケや取材でも、度々使用されている。そんな鼓太郎選手には、やはり焼肉の店『カルビ焼き』を担当してもらおう。店の名は、『鈴木鼓太郎の焼肉ワラビー』だ。尚、怪我の為に現在は欠場が続いている鼓太郎選手だが、順調に回復しており、近いうちに復帰することが期待されている。

平柳玄藩(げんば)選手
 デビュー5年目の平柳選手は、『悪童』の異名を持つ反則大好きレスラーで、レフェリーにも度々反抗する。レスラーになる前は、バレーボールの経験が有る為、ボールの扱いには慣れている。得意技は、かち上げ式のラリアット『昇竜玄藩』。ボールの扱いが上手く、上に昇っていくものに関心があるということで、平柳選手の屋台は『スーパーボールすくい』。店の名は、『悪童平柳の昇竜玄播』。ハッキリ言って、何の店か分からず、子どもが怖がって寄り付きそうにないが、それもまた良い。尚、何故かルールは厳格で、不正は一切許されない。

井上雅央(まさお)選手
 ノアの新・千両役者、雅央選手。相手がどんな強豪選手でも、巧みなレスリング運びで、いつの間にか優位に立ち、自分の世界『雅央ワールド』を構築できる。それは、ノアファンが堪能する、魅惑のファンタジーと言っても過言ではない。そんな雅央選手の得意技は、相手を担ぎ上げて背中にダメージを与える技、『アルゼンチン・バックブリーカー』。この技に捕らえられたら、相手はギブアップ必至であり、ファンは大熱狂となる。しかも、この技を出す際には、雅央選手自ら「ヨッシャ!担ぐぞー!!」と、大声で会場のファンに予告してくれるのが、ありがたい。そんな雅央選手の担当は、これしかない。

『ヨッシャ担ぐぞ!雅央神輿』

 雅央選手が、たった一人でお神輿を担ぎ、ひたすら「ヨッシャ担ぐぞー!!」と声を張り上げながら、祭り会場内を練り歩く。屋台に夢中になっている子供たちは、この『ひとり神輿』の突然の出現に対し、最初は呆気に取られるかもしれない。しかし、いつの間にか、その独特の魅力に引きこまれ、会場は完璧な『雅央ワールド』一色に染まり、最後は全参加者が『雅央神輿』の周りに吸い寄せられるだろう。

来週は、『屋台』第2部をお送りします。

総力

July 9, 2010

『日本テレビ、8月14日に地上波でノアを放送』
 実は、私が先週のブログの最後の一行で、「総力を上げて放送する」と記したのは、このことでした。日本テレビは、この夏に開催される、プロレスリング・ノア旗揚げ10周年大会の模様を、地上波で放送します。昨日の新聞報道は事実です。やっと、公に言及することが出来、嬉しい気持ちでいっぱいです。
 去年の3月でレギュラー放送を終了して以来、1年5か月ぶりの地上波放送。プロレスリング・ノアの旗揚げ10周年記念大会に際し、少しでも多くの方にノアの魅力をお届けしたいという判断です。地上波で放送するということは、普段プロレスを見ない人にもわかりやすい番組作りが必要です。そこで、今週のブログは、『矢島学の、わかりやすいプロレスニュース』です。

①ノアとは?
 今から10年前、2000年の夏に、故・三沢光晴さんが設立したプロレス団体。それまで所属していた全日本プロレスから三沢さんが離脱。大半の選手やスタッフがこれに同調。
『自由と信念』を旗印に、理想のプロレスを追求するべく、2000年8月5日に、東京・江東区のディファ有明で旗揚げ戦を行った。以来、日本プロレス界の盟主として君臨してきた。そして、この夏、旗揚げ10周年を迎える。

②10周年記念大会は、いつ、どこで開催されるの?
 既に6月26日のディファ有明大会から、10周年記念ツアーがスタートし、全国をサーキットしています。その中でも、注目される大会は、明日7月10日(土)の有明コロシアム大会と、8月4日(水)と5日(木)のディファ有明2連戦です。7年ぶりの開催となる大会場『有明コロシアム』は、1万人規模の収容能力で、黄金カードが多く組まれています。また、8月4日と5日の会場である『ディファ有明』は、まさに10年前にノアが産声を上げた聖地。ともに、10年間の集大成ともいえる大会になるでしょう。

③どんな試合が行われるの?
 明日7月10日(土)に関しては、メインイベントで、GHCヘビー級選手権試合が組まれています。GHCというのは、ノアが管理する最高峰のタイトルの名前で、グローバル・オナード・クラウン(地球規模の崇高なる王位)の略称です。現在の王者は、第16代チャンピオンの杉浦貴選手です。杉浦選手は、10年前のノア旗揚げの際は、まだデビューしておらず、練習生でした。一般企業に例えるなら、正式入社前の内定者が、たった10年で会社のトップになったことになります。尚、杉浦選手のデビューは、ノア旗揚げから4ヶ月後の2000年12月。場所は今回の会場である『有明コロシアム』でした。そして、この杉浦選手に挑戦するのは、高山善廣選手です。高山選手は、2001年4月にGHCのタイトルが創設された際、初代王者を決めるトーナメント戦の決勝で、三沢選手とベルトをかけて戦いました。場所は、こちらも『有明コロシアム』でありました。両者共に、思い入れのある『有明コロシアム』。頂点に立つのは、どちらでしょう。
 その他、セミファイナルでは、ノアのエース・潮崎豪選手が、新日本プロレスのエース・棚橋弘至選手と対戦する『両団体・エース対抗戦』が行われます。また、その前の第6試合では、GHCジュニアヘビー級選手権が組まれ、王者・金丸義信選手に、ノアジュニアの象徴、丸藤正道選手が挑戦します。
 いずれも、現在ノアが提供する最上級のカードといえるでしょう。この大会を見れば、現在進行形のプロレスが分かります。

④注目試合は、どちらが勝ちそうなの?
 わかりません。タコ占い師の『パウル君』に聞いてみたいくらいです。

⑤テレビ中継は?
 我々日本テレビは、明日7月10日(土)の有明コロシアム大会と、8月4日(水)のディファ有明大会を中心に、プロレスリング・ノア旗揚げ10周年記念大会の模様を、総力を上げ、地上波で放送します。放送日は、8月14日(土)25時53分~27時23分の90分スペシャルです。(明日7月10日の有明コロシアム大会は、CS放送G+で生中継も致します。)
 プロレスファンの皆様にも、また日頃あまりプロレスを見ないという方にも、プロレスの面白さ、ノアの素晴らしさをお伝えしたいと考えています。ご期待下さい。

8強

July 1, 2010

 今日から7月。早いもので、激動の2010年も半分を過ぎました。そこで、この半年間に起きた世の中の出来事を振り返り、2010年上半期重大ニュースの8強を発表します。

第8位 マイティ井上レフェリー引退
 5月22日に行なわれた、プロレスリング・ノア後楽園大会において、レフェリーのマイティ井上さんが引退されました。マイティさんは、1949年生まれの61歳。1967年にプロレスラーとしてデビューし、国際プロレスや全日本プロレスで活躍されました。1998年に選手として現役を引退し、レフェリーに転身。2000年のノア旗揚げにも参加し、名物レフェリーとして活躍してきました。選手として31年、レフェリーとして12年、合計43年という見事なプロレス人生でした。

第7位 KENTA選手復帰
 6月6日の後楽園ホール大会で、KENTA選手が復帰しました。右ひざ前十字靭帯断裂の為、去年の10月以来、およそ8ケ月ぶりにリングに戻ってきたKENTA選手。復帰戦から、いきなり丸藤正道選手とのシングルマッチ。しかも、GHCジュニアヘビー級王座・次期挑戦者決定戦という大一番でした。試合には敗れましたが、その姿からは、2010年の下半期は、プロレス界の最前線で活躍してくれることをファンに約束するものでした。

第6位 ノア史上初、グローバルリーグ戦開催
 ノア史上で初めてとなる、ヘビー級選手によるリーグ戦が開催された。3月から5月にかけて行われたリーグ戦にはAB両ブロック12人の戦士たちがエントリーし頂点を目指した。決勝は、ノアマットでは初対戦となる高山善廣選手VS秋山準選手という、超黄金カード。熾烈を極めた両雄の激突は、高山選手がエベレストジャーマンで勝利し、栄冠をつかんだ。

第5位 丸藤選手、新日本のIWGPジュニア獲得 
 ノアの丸藤正道選手が、1月の新日本プロレス東京ドーム大会に参戦。タイガーマスク選手を破り、第59代IWGPジュニアヘビー級王者となった。以降、6月にベルトを失うまで、4回連続で防衛に成功。半年間にわたり他団体のベルトを保持した。これが、どれほどの快挙かといえば、紅白歌合戦の司会を日本テレビのアナウンサーが務めるようなものである。

第4位 三沢光晴さん一周忌
 6月13日に、ノアの聖地ディファ有明において、三沢さんの一周忌大会が行われた。去年6月13日の広島大会で、試合中の事故により亡くなった三沢さん。あれから一年が経ちました。一周忌大会の会場入り口には、三沢さんの等身大の遺影が設置され、第一試合前には黙祷が行われた。生前の三沢さんの勇姿や笑顔、あの日の突然の悲報、そして胸が張り裂けるようなこの一年間の思いが蘇ってきた。しかし、この日のノアの選手の試合からは、そうした悲しみを乗り越え、力強く前進していく姿勢が見られた。これまでの大会では、三沢さんを偲び、三沢さんの得意技を出したり、似た動きを出す選手が多くいた。しかし、この日、ノアの選手は誰一人、三沢さんの技を出さなかったのである。悲しみから一年。方舟は、新たな航海に出発した。

第3位 ラッシャー木村さん亡くなる
 5月24日、ラッシャー木村さんが亡くなりました。68歳でした。6月26日には、ディファ有明で、追悼大会が行なわれました。現役時代、金網デスマッチの鬼と呼ばれたラッシャーさん。ジャイアント馬場さんとの抗争や、ファミリー軍団の結成など、多くのファンから愛されたレスラーでした。特に、試合後のマイクパフォーマンスは、ラッシャーさんの代名詞にもなるほどの人気を誇りました。ファンを第一に考え、優しく語り掛けるラッシャーさんの喋りは、私のアナウンスメントの教科書となりました。

第2位 小橋建太選手結婚
 プロレス界にとって、久しぶりの明るい話題でした。6月21日、ノアの絶対王者・小橋建太選手(43歳)が、この秋に結婚することが明らかになった。お相手は、演歌歌手の、
みずき舞さんで、14年越しの愛を実らせての結婚となった。これまで独身を貫き、『プロレスと結婚した男』とも呼ばれた小橋選手。ショックを受けた女性ファンも多かったが、日本列島は、空前の祝福ムードに包まれた。

第1位 ノア旗揚げ10周年記念大会開催決定
 5月22日の後楽園ホール大会において、試合直後の田上明社長が突然マイクを握った。そこでファンに発表されたのは、ノア旗揚げ10周年記念大会開催の発表であった。それによると、記念大会として開催されるのは、7月10日の有明コロシアム大会、7月24日の大阪府立体育会館大会、そして8月22日の有明コロシアム大会の3大会である。いずれも国内有数の観客収容人数を誇り、10周年の記念大会に相応しい会場であるといえる。
 2000年8月5日のプロレスリング・ノア旗揚げから、10年。恐らく、今年夏の記念大会では、この10年を象徴するような大会になることでしょう。10年間の思い出、10年間の成長、そして、今後10年間の展望など・・・・・。
 我々は、この夏、10年分の思いを込め、総力をあげて放送します。

熱狂

June 25, 2010

 最近、坂本龍馬が大人気である。龍馬の地元・高知県や、京都を始めとした縁のある観光地は、空前の龍馬ブームに沸いている。また、龍馬関連の書籍や料理、土産物なども多く紹介されており、商品名に「龍馬○○」とか、「坂本龍馬の××」などといった各種関連グッズも目立つ。出口の見えない平成不況の折、幕末日本の明日を切り開こうとした龍馬にあやかろうという、人々の強い気持ちが伺える。
 しかし、今から2年前、早くもこの坂本龍馬ブームを予言していた男がいた。いや、予言していたというよりも、龍馬ブームの先駆者となった『偉人』と言った方が正しいのかもしれない。その男の名は、小橋建太である。
 日本プロレス界の最前線で戦い続けてきた、プロレスリング・ノアの小橋建太選手。2006年、人気と実力を兼ね備え、正に絶頂期を迎えていた小橋選手を腎臓ガンが襲った。1年半の闘病生活の末に、2007年12月の日本武道館大会で、奇跡のカムバック。その不屈の闘志は、多くの国民に勇気と感動を与えた。そんな小橋選手が、腎臓ガンからの復帰後、最初に出場した地方大会が、2008年1月の高知大会であった。『自分がリングに戻れたのも、ファンの皆の応援のおかげ』という小橋選手は、ファンへのサービスを忘れなかった。この時の高知大会では、高知のファンを喜ばせる為に、ご当地にちなんだ新技の開発に取り組んだ。『ブレンバスターの体制から、相手の喉元にチョップを落としていく』という新・必殺技を、小橋選手は公約通り、高知のリングで出した。その技の名前こそが、『坂本龍馬チョップ』であったのだ。地域の人々の声を大事にし、義理人情に厚く、強くて優しい。小橋選手こそが、『最後のサムライ』であるといっても過言ではないだろう。
 今週の日本列島は、そんな『小橋建太結婚』のニュース一色に染まった。今週月曜日、小橋選手がこの秋に結婚するというニュースが飛び込んで来た。お相手は演歌歌手の、みずき舞さん。1996年に出会ってから、実に14年という交際期間を経ての結婚である。96年と言えば、小橋選手が、自身にとって初めてのシングル王座である『三冠ヘビー級』のベルトを獲得した年である。つまり、シングル王者になった年に、最愛のタッグパートナーをも獲得していたということになる。
 日本のプロレス界のトップスターである小橋選手は、これまで多くの女性ファンから絶大な人気を集めてきた。その為、これまで結婚せず独身を貫いてきたことは、『日本プロレス界の七不思議』のひとつにも数えられてきた。プロレスが大好きで、練習の虫とも言われてきた小橋選手を、人はいつしか『プロレスと結婚した男』と呼ぶようになった。それ故、今回の結婚報道は、関係者やファンにとっては大事件であったのだ。私の周囲の反応を見ても、「本当に良かった。おめでとう。」とか「二人で支え合って、末永くお幸せに。」といった祝福の声もあれば、「マシンガンチョップだけでなく、女性へのマシンガンアタックも敢行していたのか。」といった驚きの声もあった。さらには、「プロレスと結婚したと言っていたのに、これでは重婚だ。」といった、独特の反応を見せる人など、様々であった。いずれにしても、現在、またケガによる欠場が続いている小橋選手を強力にサポートする女性が現れてくれたということで、プロレスファンは、安堵の気持ちに包まれている。
 よく、結婚は『人生のゴールイン』などと例えられることが多い。しかし、小橋選手は、結婚を『ゴール』ではなく『スタート』と捉えている事だろう。正に、これからが始まりなのです。プロレス界ではよく、王者になることよりも、王者であり続けることの方が難しいと言います。王者になることが目的ではなく、王者になってからどれだけ防衛しつづけるかが大切なのです。結婚もプロレスと同じ。結婚がゴールではなく、結婚は新たなスタートなのです。かつて、GHCヘビー級王座を前人未到の13連続防衛に成功した小橋選手。奥様という最強のタッグパートナーと力を合わせて、人生の防衛ロードを突き進んで行って欲しいと思います。