町・この道~高台の上に歴史の道~
普段だったら、きっと見逃してしまうんだろうなあ、といった『何か』が町のあちこちにあると思います。先日『開港150周年』にわく『神奈川県横浜市』で見つけてきました。
『横浜駅』西口から北方向へあるいて10分弱。
長く、急な階段を登っていくと・・・
そこは『横浜市神奈川区台町』。
ちょっとした高級住宅街の中を歩いていくと・・
道の分かれ目にあった大きな『碑』に『長洲一二』と『飛鳥田一雄』の名前。
(あ、文字が見えなくてすみません・・・)
『長洲一二』というのは前の神奈川県知事のことです。(ちなみに飛鳥田一雄さんは、元横浜市長)私が15年以上前に神奈川で県広報番組のADをやっていた当時の県知事でした。
懐かしいその名前にひかれて見てみた大きな碑に記されていたのは
『神奈川台の関門跡』の文字。
設置されていた説明版によりますと、開国後の江戸時代、外国人の殺傷事件が相次ぎ、
イギリスの総領事をはじめ、各国の領事は幕府を激しく非難。
そこで幕府は横浜周辺の主要地点に関門や番所を設け、警備体制を強化しました。
その門のひとつがここ『神奈川台の関門』だったということです。
さらに進んでいくと、もうひとつの説明版。
江戸時代、このあたりは『神奈川の台』といわれ、『神奈川湊』を見下ろす景勝地だったそうです。この近くにある割烹は江戸時代には茶屋で、弥次さん喜多さんでおなじみの『東海道中膝栗毛』にも描かれています。茶屋の女性の声に誘われた2人が立ち寄り、鯵の塩焼をさかなに一杯ひっかけた茶屋が、その割烹にあたるということです。
今ではマンションやビルが立ち並んでいますからあまり見晴らしは良くないかもしれませんが、ガケの上の高台であることを考えれば『景勝地』ということも納得も出来ます。
横浜は『海の街』のイメージがありますが、けっこう起伏に富んでいて、坂を上ると結構見晴らしが良かったり、ちょっといくと『山間部?』の雰囲気を味わえる場所が多く、
市郊外だけでなく、中心部にいても、ちょっとしたピクニック気分(?)も味わえます。
(そういえばRFラジオ日本の横浜本社も以前は野毛山の上の方にあったっけ!)
15年前、神奈川で仕事をしていたころにはこの高台の存在には気付きませんでした。
『海の横浜』ではなく、『緑』『丘』『山』をイメージできる横浜が気に入っていただけに
今回の場所を発見できたのは、とても新鮮でおもしろかったです。
ちなみに、今回歩いた場所は『神奈川宿歴史の道』になっています。横浜市のホームページによりますと、神奈川宿だった周辺およそ4キロの道のりに、歴史や伝説を残す場所に説明を記した『ガイドパネル』を設置。さらに安全確保などのために道づくりと景観整備を行い、『横浜市のルーツを楽しく訪ね歩くことができるようにした歴史の散歩道(横浜市のホームページより)』にしたということです。
あ、写真はまた携帯の写真です。見づらくてすみません・・・。
COMMENT
スタッフN・Kさん
Take It Eazy!さん、コメントありがとうございます。
町中で建物や碑などで『非常に古いもの』を見かけると『こんなのが残っているなんて・・』と感動してしまいます。あ、でも、コンクリートジャングルと古いものの対比を見ると『物悲しい』というお気持ち、共感します。
あ、今回はあと『横浜のガケの上』にも感動しました!
COMMENT
Take It Eazy!さん
ヨコハマといえばヨーコさん世代です。雲が近いですねえ。都会のコンクリートの世にそうい「碑」や「お墓」を見つけると、なんか物悲しいです。
