鉄、この部屋その4~成田市の電車道のナゾ~
♪るーるる、るるるるーるるー
みなさんこんにちは。2010年第1回目の『鉄・この部屋』です。今年もよろしくお願いします。
きょうも鉄道に関わる情報を簡単に(おおざっぱに)紹介します。
年末年始は千葉県成田市で過ごしましたのできょうのテーマは『成田』。
成田の鉄道で今一番注目されているのが、今年7月に開業予定の
『成田新高速鉄道』ではないでしょうか。
日暮里と成田空港を、北総鉄道の路線を経由して最速36分で結ぶ、
成田空港への新しい『アクセス』です。愛称も『成田スカイアクセス』。
山本寛斎さんデザインの新型スカイライナーの他に、一般の特急列車も走ります。
その特急が停車する予定の成田市内に設けられる途中駅『成田湯川駅』も建設が進んでいます。
場所は成田ニュータウンの北部、成田市松崎の、のどかな風景の中にあります。
新しい鉄道の開通にわく成田市の鉄道といえば『京成電鉄』と『JR成田線』を
思い起こす人が多いのではないでしょうか。
しかし、その昔には、この他にも「鉄道」があったのです。
JR成田駅東口の前にある坂を下っていくと、その先にトンネルが見えてきます。
両側に並ぶ桜の木が、満開となる春には道の両側にピンク色の光と花吹雪を落としてくれるこの道。
成田山の山門近くへ通じている『電車道』という道路です。
バスや車は通るのですが、電車はおろか架線や線路さえ見えません。
煉瓦で作られたトンネルが2か所あるだけ。
なのに、なぜ『電車道』?
ここは、明治時代に設立された千葉県で最初の電車『成宗電気軌道』、
通称『成宗電車』というチンチン電車の線路があった場所だからです。
ちなみに、『成宗』の『成』は『成田』、『宗』は『宗吾』のこと。
明治43年にJR成田駅前と成田山山門の間、
翌44年には成田駅前と宗吾霊堂を結ぶ路線が開通しました。
(参考:成田市教育委員会設立の現場の説明板)
以降、成田駅と成田山新勝寺、宗吾霊堂という成田市内にある2か所の霊場を結ぶ電車として
親しまれていました。
この『チンチン電車』の特集を掲載した「広報なりた2009年11月1日号」によりますと、
成田山山門~宗吾霊堂間に開業当初は7つの停留所があったそうです。
成田山と宗吾霊堂を直接結ぶ電車はなく、成田駅と新勝寺、
あるいは成田駅と宗吾霊堂といった路線だったということです。
しかし戦時中の昭和19年、軍の命令により廃止となりました。
運行当時はのどかな風景だったそうですが、今では住宅街となった成宗電車の沿線。
当時の面影がしっかり残っているのはこの電車道のトンネルだけですが、
宗吾霊堂に向かう道筋にも少し廃線跡が残っているということです。
みなさんも探してみてはいかがでしょうか?
今回撮影した『電車道』にあるトンネルは、京成成田駅中央口前のバス停から
千葉交通『佐原粉名口』行きか『イオンモール成田』行きのバスで
『東町入口』で降りればすぐです。
JR成田駅東口、京成成田駅中央口いずれから歩いても15分くらいの距離です。
なお、当時の鉄道をモデルにしたバスが、現在走っているそうです(あ、写真忘れた)。
実は成田市内にはもうひとつ廃線となった鉄道があるんです。
その鉄道については調べ次第お伝えします。
(今回の内容は広報なりた平成21年11月1日号を見て、存在を思い出し、実際に見に行きました。
参考にさせていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました)
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グラッパさん
丸岡さんのブログではあまり指摘する人がいないようですが、動画ブログ「丸ちゃん桝くんのちょっと変化球」は、「ミヤネ屋」、「およよん」と並んで「丸岡いずみ」の「素の天然ぶり」を覗かせてもらえる、大変面白い動画でした。
高校時代の面接会で、後ろの人にスリッパを踏まれていて会場にヘッドスライディングした話。
まわりを飛ぶ蚊よりも火鍋を食べることを優先して、蚊に刺されまくった話。
国技館で大相撲観戦中にNHKに抜かれ(写され)まくって日テレからケイタイ電話がかかってきた話。
花粉症対策の薬を飲むと食欲がメチャ増す話。
などなど、今思い出しても大笑いできる話が満載で、毎回更新が楽しみでした。
こんな楽しい動画ブログを毎日のようにアップしてくれていたスタッフの皆さん、ありがとうございました。
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一樹さん
成田はウチの地元です。
成田新高速鉄道の開通によって、都心と成田空港のアクセスがより便利になりますね。
電車道は実際何回も通ったことがありますが、なかなか風情があります。
春になると桜の花の景色と見事にマッチしています。
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グラッパさん
昨年12月13日、私の住む徳島でひとつのローカル・ニュースが流れました。
徳島市に隣接する小松島市の公園に野外展示されているSLの修復がなされたというものです。
SLはC12-280。徳島の路線を走り続けた後1970年に引退。車体は小松島市に買い取られ、「小松島ステーションパーク」開設時に今の場所に記念に置かれました。
しかし市の財政難からフォローがままならず、20年近く捨て置かれる形となってしまったのです。
塗装は剥げ落ち、さびで穴があき、野良猫の棲家となっていました。
結局、今回の修復は市民団体のボランティアによって1ヶ月半がかりでなされたのですが、彼らの心を揺り動かしたのが4歳のSL好きの幼児がSLを見て言った一言だったそうです。
「機関車が、かわいそう…」
こんな心温まるニュースを一つでも多く流していただくことを期待しています。
