昨年の東京国際映画祭で最高賞の東京サクラグランプリを受賞したフランス映画。また主演の2人も揃って最優秀男優賞を獲った、まさに“最強のふたり”となった映画だ。
パリで暮らす富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)はハングライダーの事故で頸椎損傷となり、首から下を動かすことが出来なく、車椅子の生活が長く続いている。この日住み込みの介護人を捜すための面接を行う。数名集まった介護人の中に明らかに似つかわしくない黒人の姿が。ドリスと名乗るこの黒人(オマール・シー)は職安からこの仕事を紹介されフィリップ邸に来たのだが、端っから働くつもりなどなかった。不採用の通知を3通集めるともらえる失業手当が目当てだった。合否の結果を聞くために翌日、再びフィリップ邸に出向くとなんと結果は合格。フィリップは判で押したような介護人に飽き飽きしていたところに、医療の知識など全くないが、自分に対して病人としてではなく、ひとりの人間として接するドリスが気に入ったのだ。驚くドリスだがあまりにもいい待遇に働く気になっていく。白人と黒人、富裕層と貧民層、健常者と障害者、本来なら交わることのない(Intouchable)ふたりは、その垣根を越えおかしな友情が芽生えていく。
障害者に接する時、我々は一拍おいてしまう。そして異様に気を使ってしまう。心で行動するより、一旦頭で考えて行動してしまうのだ。障害者にとって上辺の親切心など要らない。行動が制限される辛さよりも、気持ちが伝わらないほうが辛いのだ。
ドリスの取る行動はまさにバリアフリー。下の世話にはギャアギャア叫くし、恋人の話や性の処理の事も臆さず聞いてくる。フィリップにはそれが新鮮で、初めて自分をひとりの人間として接してくれる男がドリスだったのだ。
クラシック音楽が趣味のフィリップがドリスをオペラに連れて行く。初めて観るオペラに感動するかと思えば、ありえない衣装に大笑いし、理解できないドイツ語にツッコミを入れまくる。ドリス役のオマール・シーはフランスでは有名なコメディアンだそうで、このシーンは地でやっていると思うほど笑える。そのドリスがお返しにとばかりに、フィリップに自分の好きなブラックミュージックを聴かせる。Earth,Wind & Fireの“September”だ。Earth,Wind & Fireとはよく言ったもので、それはフィリップが障害者になって触れることが出来なくなったもの「大地」、「風」そして「炎」を意味する。もともと自らの不注意で障害者になったフィリップ。屋敷から外に出ることを勧め大地を感じさせ、電動車椅子を改造しスピードが出るようにして風を感じさせる。そして「炎」、これはこじつけで申し訳ないが、「火」遊び。首から下の感覚がないフィリップの性感帯が耳だという事を知り、フーゾクに連れて行って耳を揉んでもらう。これまで味気ない生活を送って、自殺することも不可能なフィリップに、改めて生きる喜びを見出させた。そしてフィリップにとってドリスは掛け替えのない友人になった。
しかし、その逆はどうだろうか? ドリスはフィリップは必要な人物だが、ドリスにとってフィリップはそこまで重要な人物なのか? 自分のエゴで、才能あるドリスを籠の中に置いててもいいのか? そう感じたフィリップはドリスに別れを告げる。新しい介護人を雇うが、心に開いた穴は埋まりそうにない。フィリップは元の頑固なフィリップに戻ってしまう。
映画は再びふたりが出会う事になるが、それは介護人と障害者という立場ではなく、もっと深い友情をもって再会する。くそーっ!いい映画だ。
☆「最強のふたり」2012年9月1日(土)よりTOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ 六本木ヒルズ、新宿武蔵野館他 全国順次ロードショー〈PG12〉
配給:ギャガ
© 2011 SPLENDIDO / GAUMONT / TF1 FILMS PRODUCTION / TEN FILMS / CHAOCORP
1979年「エイリアン」を撮ったリドリー・スコット監督が、再び宇宙を舞台にした映画を撮る、それも「エイリアン」に繋がる物らしい、と言う噂が流れたのが2009年あたりだった。それから噂は転々とし、「『エイリアン』の前日譚になる」とか「全くの別物」だとか…。そしてその3年後の夏、我々が目にするのは「『エイリアン』の前日譚であるような、違うような」作品である。
2089年、スコットランドのスカイ島で3万5千年前の壁画が見つかる。そこにはひとりの巨人が天空に輝く星を指さしている絵が描かれていた。壁画を発見した考古学者のエリザベス(ノオミ・ラパス)はその画から、地球以外にも知的生命体が存在する星があり、巨人こそが人類を創造した《エンジニア》だと推測する。さらに、世界各地で同様の壁画が発見されていることから、人類創造主からの招待状ではないかとも考える。2093年、巨大企業「ウェイランド」社が巨額を投じた宇宙船「プロメテウス」号が壁画の星に到着した。「エイリアン」に登場したノストロモ号がエイリアンに遭遇したのが2087年だったから、ここで「前日譚」は否定される。
「プロメテウス」号の乗組員は科学探査班のリーダーとしてエリザベス、その公私のパートナー、ホロウェイ博士、ウェイランドの社長(ガイ・ピアース)が自分の分身として製作したアンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)、ウェイランドの重役で船の監督官ヴィッカーズ(シャーリーズ・セロン)ら17人。一行が驚いたのは荒涼とした砂漠にドーム状の建造物が建っているのを目にした時だ。早速調査に乗り出すエリザベスたち。洞窟の様な通路を辿っていくと、2000年前に死亡したと思われる生命体のミイラや人間そっくりの巨大な顔の彫刻、天井の異様な画、そして無数に並べられた壺を発見する。探査チームは遺体の一部を持ち帰るが、デヴィッドは回りの目を盗み、不気味な有機体が付着した壺を持ち帰る。やはり「エイリアン」同様、アンドロイドは怪しい。「エイリアン」ではアッシュという「ウェイランド」社製アンドロイドが、エイリアンを持ち帰るという裏目的を実行するという役回りだったっけ。
突如の嵐のため帰艦しそびれた2人の乗組員は、洞窟でヘビの様な生命体を見つける。捕まえようとすると、その生命体は宇宙服を破り体内に侵入する。一方船内では、デヴィッドが例の付着物を煎じた飲み物をホロウェイにこっそり飲ます。翌日ホロウェイの体調に変化が来たし、暴れ出す。その前夜ホロウェイと性交渉のあったエリザベスもいきなり妊娠3か月であることが判明。体内にエイリアンを宿していたのだ…!
「エイリアン」とは別物とは言いつつ、似たシーン、連想させるシーンも多くある。オープニングの『PROMETHEUS』の文字の出方も「ALIEN」とそっくりだし、強い女性が主人公、アンドロイドの裏切り、そしてそのアンドロイドの首だけの演技など、探せばどんどん出てくる。

この映画のテーマが『人類はどこから来たのか』。人類の進化の解明は、科学と宗教の戦いの歴史だった。宗教は神が人間を作ったと主張し、科学は人間をサルからの進化したものだという。現に映画の中では人間とそっくりなアンドロイド、デヴィッドが登場している。そして、科学の最先端にいるエリザベスの胸に十字架のネックレスが光る。今や、科学と宗教は別物と考えている。とは言え、この映画で「人類はどこから来たのか」は解明されていたのか。オープニングに登場する《エンジニア》が自ら命を絶って太古の地球に有機生命体を生み出そうとしているシーンと、エリザベスが持ち帰った遺体のDNAから《エンジニア》が人類の祖先だと判るシーンだけで人類の祖先=エンジニアと決めつけるのは乱暴の様な気がするが…。エピローグでパート2を臭わせるシーンが出てくるが、結論はそれを観てから、と言いたいのか?

☆「プロメテウス」2012年8月24日(金)より全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
© 2012 TWENTIETH CENTURY FOX

ここ5年でこのブログに取り上げるのも、また試写で観たのも初めてのギリシャ映画。そもそもギリシャの映画自体、日本で目にすることは少なく、今年1月にバイク事故で他界した巨匠テオ・アンゲロプロス監督の作品ぐらいしか入ってこなかったと思う。この「籠の中の乙女」の監督ヨルゴス・ランティモスは、そのアンゲロプロスの作風とは大きく違う。壮大さもなければ、政治的な思想もない。ところが、2009年カンヌ国際映画祭では「ある視点」部門でグランプリを受賞し、翌年の米アカデミー賞ではギリシャ映画として史上5本目となる外国映画賞にノミネートされた。日本では〈R18+〉でようやく公開に漕ぎ着けた問題作である。
ギリシャ郊外の一見どこにもある裕福な5人家族。ただ庭には高い塀を巡らし、外界から完全にシャットアウトし、3人の子供たちは「外は怖ろしいところだ」と信じ込ませ、教育も親が行う。外に出られるのは犬歯が抜けてからと言い聞かせ…。やがて子供たちはハイティーンになり、息子の性処理のために、父親の経営する工場で働くセキュリティーの女性クリスティーナをあてがう。初めて外部の人間がこの家にやってきた時、この一家に小さな変化が起きる。
なんの予備知識を持たずにこの映画を観たら、「キチガイ映画」と思うだろう、母は子供たちに「高速道路は“風が強い”と言う意味」「海は“革張りアームチェア”」「遠足は“床に使われる堅い材質”のこと」などとデタラメを教えているから。しかし観進んでいく内に、親は子に、「野外にある物はとても怖ろしく汚らわしい物」と洗脳させていると判る。父は家族の中でただ1人、“外”に出られる人物。買い出しに行くのにも自動車に乗っていかなければ外敵に襲われると言い聞かせている。それを信じ込ませるために、服を破り血糊を塗って帰宅したことも。ここまで徹底すればでなければ不気味な設定も滑稽に見える。一方で性に関することは大らかで、父親は息子の性欲を処理するためにクリスティーナと言う外部の女性を目隠しして連れてくる。事が終わればまた目隠しして送っていく。息子にとっては性処理だけの女性だが、娘にとっては〈外を知っている〉同性の出現で、急激に外の情報を知りたがる。その欲求にクリスティーナは応えてしまう。娘のお願いで映画のビデオを持ち込むが、それが父親に見つかり、父親はビデオテープをガムテープで自分の手に縛り付け。何をするのかと思えば、それで思いっきり娘を殴る。さらにクリスティーナにはビデオデッキで殴打、殺してしまうと言う徹底ぶり。その後の息子の性処理は轍を踏まぬ様、娘にさせる。最初からそうすればいいのにと思うが…。

親という物、子供には変な虫が付かない様に願い、そうならない様に努力するのが親としての義務だ。息子は飛行機のおもちゃを大切にしている。家の四方を高い塀で囲まれていても、上だけは解放されている。時折上空を通る飛行機に、外の世界の憧れを重ねていたのだろう。親はある時期見切りを付けて、子を外に放り出すのも必要なことだ。
無駄なセリフもなく、映像的にも透明感のあるスタイリッシュな物になっている分、時折観られる残酷描写が効いてくる。裁ちばさみで猫を惨殺するシーンや、いつまで経っても犬歯が抜けない物だから、鉄アレイで歯を強打して折る場面は目を背ける。
目に着いたのは、人物の頭を意識的に切った構図を多用していた部分。どう見ても不自然なカットだ。また息子のギターの伴奏で、ふたりの娘が奇妙なダンスを踊る。ストーリーや設定だけでなく、映像的に不安感を煽る。ランティモス監督にハネケに近い才能を感じる。
☆「籠の中の乙女」2012年8月18日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー〈R18+〉
配給:彩プロ
© 2009 BOO PRODUCTIONS GREEK FILM CENTER YORGOS LANTHIMOS HORSEFLY PRODUCTIONS – Copyright © XXIV All rights reserved

最近、アクションスターの地位を確立してきたリーアム・ニーソン主演のサバイバル・ムービー。今年60になるニーソンが、その年齢に歯向かう様に闘う姿が見物だ。リドリー&トニーのスコット兄弟と言うヒットメーカーがプロデュースを務め、ジョー・カーナハン監督が「特攻野郎Aチーム」のに続き、ミーソンとコンビを組む。
脱走兵や元囚人が働く石油採掘現場。オットウェイ(ニーソン)は狼や熊などの野生動物から現場を守るために雇われたハンターである。彼にはかつて愛する妻がいた。しかし今はこの世にいない。彼はすべてを忘れるためにこの地に着いた。届くはずのない妻へのラブレターを書いてはしまい、自分のライフルの銃口を口に当て、自殺寸前で思い止まる…。そんな毎夜を送っていた。この現場では5週間の任務を終えると2週間の休暇をもらえる。オットウェイは他の作業員と共に都会行きの飛行機に乗る。しかしその飛行機は途中嵐に遭遇し、深い雪に覆われた極寒のアラスカ山中に墜落してしまう。気付いたオットウェイが見た物は、粉々になった機体と他の生存者6名。食料と火を起こせる道具を回収して救助を待つが、オットウェイはそれに反対。自ら安全な地に移動することを勧める。オットウェイの言葉を信じ、南を目指し歩き始める7人。しかし容赦ない大自然の猛威が彼らを襲う。激しい寒気や厳しい地形、そして飢え。さらに野生のオオカミの群に、ひとり、またひとりと命を落としていく。果たしてオットウェイたちは人間の住む場所に辿り着けるのか…?
生き残った7人の内、名が知れた俳優はニーソンのみ。だから、リーアム・ニーソンは死なないまでも、次に誰が命を落とすのかが判らないスリルが物語を引っ張る。
雪山に墜落するという話は、1972年10月のウルグアイ空軍機571便遭難事故が有名である。アンデス山脈に空軍機が墜落し、乗客45名のうち16人が生還したという事故、生存者は遺体の人肉を食して飢えを忍んだ。この話はドキュメンタリーや劇映画にもされているが、この「THE GREY」では人肉食までは行ってない。もっとも、映画の中では冗談でアンデスの話も出てくるが…。では何を食べたか。それはオオカミである。最悪にもオオカミの巣窟に入り込んだ7人。そして人の臭いをかぎつけ襲ってくる獰猛なオオカミ。遭難者にはとんでもない敵ではあるが、勝っちゃえば食料になる。もちろん、あまり美味しそうではないが。
大自然の脅威は寒さだけではない。アラスカの山中なので崖も多い。30メートルはあるだろう崖を降りなければならない一行は、ロープを身体に縛り、下から生えている高い木に飛び移る。そしてそのロープを木に縛りなおし、残りのメンバーは崖からロープを伝い木に移り、そして木を降りて、無事崖下に到着となる。最初に木に飛び移る人間の勇気たるや並大抵に物ではない。木に届かなければ即死だ。でもここでもひとり命を落としてしまう。
オットウェイはリーダーシップを取って生存者をまとめあげる。ニーソンにはピッタリの役だが、前半、毎晩の様に自殺を図っていたオットウェイが、後半になると急に“生”に固執する様になるのは、ちょっと説得力が足りない。伸び放題に伸びるヒゲに対して、爪が伸びてないのも不自然だった。
来月公開だが、同じく大自然を相手にしたサバイバル映画「ウェイバック -脱出6500km-」もある。こちらはシベリアの収容所を脱獄しインドまで歩いて行くという壮大な話だが、舞台は主に灼熱の砂漠。暑いこの時期、観るなら寒さを感じるこちらの方がいい。
☆「THE GREY 凍える太陽」2012年8月18日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ショウゲート
© 2011 The Grey Film Holdings, LLC.

アメコミ・ヒーロー物で日本公開の大トリとなった「アベンジャーズ」。ついに、というかやっと日本公開だ。なにせ、アメリカでは5月に公開、たちまち大ヒットし、全米興行収入は「ダークナイト」、「タイタニック」を抜き第2位。全世界でも「アバター」、「タイタニック」に次ぐ第3位。これにこれからの日本の興行収入が足されていくので、どこまで2位の「タイタニック」に接近するか楽しみである。
もうご存じと思うが「アベンジャーズ」は、マーブル・コミックに掲載されたスーパーヒーローが巨大な悪と戦うために組んだチームの名称だ。コミックでは結成や解散、死亡、離脱や途中参加などを繰り返し、メンバー構成は複雑怪奇になっているが、映画ではキャプテン・アメリカ、アイアンマン、ソー、ハルクの“主演”級を始め、「アイアンマン2」の脇役ブラックウィドウや、「マイティ・ソー」でカメオ出演したホークアイ。そして各ヒーローをまとめあげた諜報機関S.H.I.E.L.D.の長官ニック・フューリーが主な登場人物。そして今回の敵は「マイティ・ソー」にも出ていたソーの義弟ロキ。
そんなごった煮状態の「アベンジャーズ」だが、キャプテン・アメリカ、アイアンマン、ソーとそれぞれ一本立ちした映画にはそれなりに独自の世界観がある。キャプテン・アメリカは第二次世界大戦中に開発された“超人兵器血清”で、普通の人間を遙かに超える肉体を持つ事が出来、敵はナチス。アイアンマンは軍事企業のCEO兼発明家が作り出したパワードスーツを着て驚異的なパワーを得る。敵はテロリストやパワードスーツを狙う輩。ソーは神の世界アスガルドが舞台。傲慢さが災いして神の国から追放されたソーは地球で暮らすことに。そこを邪神ロキが襲ってくる…。と言う風に3者とも住む世界、時代が違う。それを一つの舞台にまとめるのは困難至極。日本のヒーロー物で言えば、仮面ライダーの世界とウルトラマンの世界は相容れないのと同じだ(ただ1993年に「スーパーバトル ウルトラマンVS仮面ライダー」というビデオが発売され“やればできる”的雰囲気は出来ていた)。
話をアベンジャーズに戻そう。「キャプテン・アメリカ」は「キャプテン・アメリカ:ザ・ファースト・アベンジャー」の最後に、冷凍保存で現代に蘇らせると言う荒技を駆使し、一旦アスガルドに戻ったソーは、本作で義弟ロキを追って再び地球にやってくると言う設定にして、なんとか違和感なく世界観を統一できた感じだ。
物語は「マイティ・ソー」のエンドロールの後に付ていたエピソードから引き継がれる。ニック・フューリー率いるS.H.I.E.L.D.の基地で研究が進められている謎のキューブ。使いようによっては世界を破滅することも出来る物騒な立方体だ。それが突如制御不能になり、異次元の扉を開けてしまった、そこから現れたのが邪神ロキで、そのキューブを奪ってしまう。地球が危ない!! そこでフューリーは各映画のラストで声かけをしていたアイアンマン、キャプテン・アメリカ、ハルクのスーパーヒーローたちとS.H.I.E.L.D.のエージェント、ブラックウィドウ、ホークアイを呼び集め、アベンジャーズを結成し、巨大な悪に立ち向かう計画を実行する。一方、アスガルドを追い出され、地球に新天地を求めるロキは、宇宙最凶の軍団を引き連れて地球を襲う。そのロキを連れ戻そうとソーも地球にやってくる。ついにメンバーが揃ったアベンジャーズ。しかし、優等生のスティーブ・ロジャース(=キャプテン・アメリカ)、我が道を行くトニー・スターク(=アイアンマン)、オマエらとは違う感丸出しのソー、変身すると何考えてるのか分からないブルース・バナー(=ハルク)と、お互い反目し合い足並みが揃わないヒーローたち。力を合わせないと地球を乗っ取られるぞ!
クライマックスのバトルシーンはこれまでのどのヒーロー映画よりも凄まじい。宇宙最凶の軍団が放つ巨大ツチノコロボットはビルを真っ二つにし、道路を木っ端微塵にし、マンハッタンの街は壊滅状態。横道にそれるけど、ある経済アナリストが計算したらしいが、ここまで破壊されたマンハッタンを修復するには、物的損害、経済のダメージを考えると1600億ドル(13兆円)かかるそうだ。これは9.11やハリケーン・カトリーナの被害よりも上だという。
ヒーローそれぞれに見せ場があり、どのファンも楽しめる。しかし圧巻はハルクである。この緑の怪物はもう衝撃的。一番強いんじゃないかなあ。
☆「アベンジャーズ」2012年8月14日(火)より全国3D/2D同時上映
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
™&© 2012 Marvel & Subs.

1990年に公開したアーノルド・シュワルツェネッガー主演で製作され たフィリップ・K・ディック原作映画のリメイク(最近「リメイク」と言う言葉を簡単に使えなくて困る。例:「ダークナイト」シリーズ、「アメージング・スパイダーマン」、「プロメテウス」など)。奇才ポール・バーホーベンの生み出したオリジナル版の映像は今でも鮮明に覚えている。あれから22年、映像技術も遙かに進化し、もう描けない世界はないと思われる今、どんな映像に仕上がっているか興味は尽きない。
21世紀末、相次ぐ戦争で地球の大部分が居住不可能になり、富裕層が暮らすイギリスを中心とした『ブリテン連邦(UFB)』と、地球の裏側に位置し労働者階級の暮らす『コロニー』の2区域が残った。コロニーの市民は地球の中心を貫く高速エレベーター『フォール』に乗ってUFBに通勤し労働力を提供している。ダグ(コリン・ファレル)もコロニーに住む労働者。毎日UFBとコロニーの行ったり来たりの単調な生活に飽き飽きしていたダグは目の前にあった昇進も取り消され、憂さ晴らしにと『リコール社』に立ち寄った。ここでは好みの記憶を買って、自分の記憶に上書きが出来る。それによって最高の思い出が手に入るというのだ。ダグは“諜報員”の記憶を購入し、装置に腰掛ける。すると機械が拒否反応を示し、それと同時に重装備した警官が乱入して発砲する。ところがダグの身体は勝手に反応し、警官を一人残らずノックアウトしてしまう。何が何だか判らないダグは妻ローリー(ケイト・ベッキンセール)の待つ家に帰る。TVでは警官殺しのニュースが放送され、「実はあれ、俺がやったんだ」と告白するとローリーの態度が豹変、ダグに襲いかかる…。

原作は同じでも、前作とは内容がガラリと変わっている。前作は後半の舞台が火星だったが、今作には火星が一切出てこないし、革命軍のリーダーも普通のオッサン(前作はミュータントっだたかな)。未来都市の描き方が秀逸。富裕層の住むUFBはホバーカーが宙を走り回り、何とも賑やかだが、コロニーになると一変、雨がしとしとと降り続き、得体の知れない漢字が街に溢れ、ちょうどリドリー・スコットの「ブレードランナー」の世界だ。そう言えば「ブレードランナー」の原作者もフィリップ・K・ディックだった。
やはり見どころはアクション。まず、妻に追っかけられるシーン。何故か自分を襲ってくる妻から逃げるために、屋根伝い、軒伝いで走り回る。屋台をひっくり返し、ぼさっと立っている人も巻き込んでの逃亡劇は目が離せない。そしてカーチェイス。ホバーカーに乗ってまたまた追っかけてくるローリー、そこに現れたのが毎夜夢の中に出ていた女性メリーナ(ジェシカ・ビール)、彼女の運転するホバーカーに乗ってローリーから逃げる。磁気浮上式リニアモーターを使用しているので、スピードは出るし、スイッチを切ると地面に叩きつけられる。そして未来のエレベーターでのバトル。未来のエレベーターは上下だけではなく前後左右にも移動するので、目まぐるしく位置の変わるキューブのスピード感は迫力満点だ。
前作はシュワちゃんのカリスマ性で引っ張っていった感はあるが、コリン・ファレルはちゃんと芝居も出来るし、アクションも達者なので安心して観ていられる。でも今作が前作にオマージュを捧げているシーンもある。TVで流れている予告では下の方をカットされているが、オッパイが三つもある売春婦も前作同様登場するし、最もインパクトのあった、シュワちゃんが中に入ったマツコ・デラックス似の巨大女性のそっくりさんが同様のシーンでチラッと登場する。また手直ししたシーンも。鼻の奥に埋め込まれた追跡装置を取り出すシーンも前作で印象に残るシーンだったが、今作は掌に埋め込まれたスマホを取り出すシーンがそれに当たる。前作の様に痛みはあまり感じられないが、22年の時代の差を感じる。
☆「トータル・リコール」2012年8月10日(金)より全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

この映画は、いわゆる学園ドラマなんだけど、ケンカっぱやいヤンキー共も出ないし、陰湿なイジメもない、熱血漢の教師も出てこない。劇中に一切登場しない「桐島」と言う高校生、どうやら学校でも人気者だったらしいが、バレーボール部を突然辞めると言う噂が校内に流れ、それに反応する仲のよかった友人、全く知らない生徒たちを客観的に捉えた映画だ。
金曜日。放課後、職員室に呼び出された映画部の前田(神木隆之介)は、自分の書いた脚本を顧問の先生からダメ出しを食らう。コンクール一次突破した映画の続編を書けと言う顧問に対し、オリジナルで勝負したい前田。しかし撮りたい物を撮るということで考えの一致した映画部員は、屋上で撮影を開始する。かすみ(橋本愛)と、桐島の彼女・梨紗、そして宏樹の彼女・沙奈、そして実果はクラスでも目立つ女子グループ。この日も一緒に下校する。またクラスの中心人物である男子グループの宏樹(東出昌大)と、友弘、竜汰は中庭でバスケをしながら、桐島の部活終わりを待っている。吹奏楽部の部長・沢島(大後寿々花)は片思いの宏樹が中庭でバスケをしている姿を見ながら、屋上でひとりロングトーンの練習をしていたところ、前田に声をかけられる。「撮影に邪魔だから少しずれて吹いてくれる?」。そんな時、桐島がバレー部を辞めたという話が流れてくる。土曜日。桐島のいないバレーの試合、代わりに出た風助のせいでボロ負け。日曜日。前田が観に行った「鉄男」の劇場で、中学から同じクラスだったかすみに会い、ふたりの間にビミョーな空気が流れる。月曜日。学校も欠席した桐島の事で校内に様々な憶測が駆け巡る。それとは関係なく前田ら映画部の撮影は続く。火曜日。相変わらず屋上で撮影している前田。そこに、桐島が学校に来ていると言う情報で、生徒らが屋上に流れ込む…。
最近の高校生を扱った映画の中では一番リアルに感じた。ヤンキーもいじめられっ子も出てこないが、あるのは「上」と「下」。「アメトーーク」で“中学の時イケてない芸人”企画があったが、どの学校でも、人気者グループ、イケてないグループはある。この映画でも「上」は宏樹、友弘、竜汰の男子グループや、かすみらの女子グループ。見た目がシュッとしていてスポーツ万能が条件のようだ。話題の桐島も「上」の生徒。その反対の「下」に位置するのは映画部のようなオタク系。前田は映画の知識は豊富だが、如何せんスポーツ音痴。女子に相手にされないグループだ。沢島は「中」かな。私自身、高校3年間吹奏楽部にいたので、なんか大後寿々花演じる沢島に親近感を覚えるが、そうかあ「中」なのかあ…。
桐島が部活を辞める事が「上」のビッグニュースであり、それは梨紗や宏樹たちにも知らされていないことだったから、「上」は激震する。しかもその余波は桐島不在が全く関係のない「下」まで影響を及ぼす。屋上で撮影しているところに、他の生徒が流れ込んでくる。ここがこの映画の最大の見せ場。単なる劇中劇ではなくなる自主映画「生徒会・オブ・ザ・デッド」。上と下が混然とする見事なカタルシスだ。
タイトルに名前があるのに姿を見せない桐島というのは、あの名作「キサラギ」の如月ミキを連想する(最後にはチラッと出てきたけど)。この手法は映像作品でこそ強烈なインパクトを残せる。
ところで、劇中に出てくる映画ってゾンビ映画が多くないか? 今年2月に公開した「キツツキと雨」では「UTOPIA〜ゾンビ大戦争〜」だったし、去年公開J・J・エイブラムスの「SUPER8」もゾンビ映画を撮っていた。自主映画はゾンビ物というのは主流なのか?
☆「桐島、部活やめるってよ」2012年8月11日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:ショウゲート
© 2012「桐島」映画部 ©朝井リョウ/集英社