
アメリカでは記録的ヒットを飛ばしているが、日本ではイマイチパッとしないシリーズの完結編。原作では「初恋」「ニュームーン」「エクリプス」「ブレイキング・ドーン」の4部作だったが、映画では最終章を前編後編2つに分けて公開、このPart2で完結する。前編で誕生したベラとエドワードの子供。“レネズミ”と名付けられた女の子は人間とヴァンパイアのハーフとなるわけだが、後編はこの子をめぐってのストーリーとなる。
レネズミの出産で死に至ったベラ(クリステン・スチュワート)を、エドワード(ロバート・パティンソン)は首筋に噛みつき蘇生させた。晴れて(?)ヴァンパイアとなったベラはカレン家に迎入れられ幸せな結婚生活を送る。またベラに想いを寄せていた人狼のジェイコブ(テイラー・ロートナー)は、レネズミこそがオオカミ族に伝わる運命の相手であると考える。このことで永らく続いたヴァンパイア族とオオカミ族の対立は終わり、平和が訪れるはずだった。ところがヴァンパイアの王族ヴォルトゥーリ族は、レネズミの誕生はすべてのヴァンパイア族を滅ぼす《不滅の子》であると決めつけ、カレン家の撲滅を図る。人間の子供が転生してヴァンパイアになる不滅の子は抑制の効かない危険なヴァンパイアとして、ヴォルトゥーリ族は見つけては殺していた。しかし、レネズミは人間とヴァンパイアのハーフ、不滅の子には当たらないとカレン家はヴォルトゥーリ族を説得するが聞き入れない。このままではカレン家とヴォルトゥーリ族の全面戦争は免れない。カレン家は理解してくれるヴァンパイア族を全世界から集め、またジェイコブをはじめとするオオカミ族も加えた集団を結成し、ヴォルトゥーリ族を迎え撃つ。
もう最終章となると人間はほとんど出てこない。オオカミ族や世界に散らばるヴァンパイアが大挙出てくるが、人間はベラのお父さんぐらい。そしてベラの表情が前回よりも冷たくなり、ヴァンパイアに変身した感じが出ている。それが森や野原を信じられないスピードで駆け抜ける姿は勇ましい。あんな超人的な行動が取れ、しかも歳を取らない。ヴァンパイアになるのも案外いいかもしれない。
後半のカレン家vs.ヴォルトゥーリ族は迫力満点。このシリーズ、大バトルは数々出てくるが,今回はスケール感、残忍度、すべてにおいて群を抜いている。血を撒き散らし首が宙を飛ぶ。阿鼻叫喚の世界だ。ここで全ストーリーを観ている人だけが判るオチが登場し、5部作が完結する。この終わり方は賛否両論あるだろうが、私は気に入った。いかにも平和を愛する争いを嫌うカレン家らしいラストだ。ヴォルトゥーリ族の一員ジェーンを演じたダコタ・ファニングがすっかり大人になっていたのには驚いた。でも妹のエル・ファニングの方がいい成長をしている。
☆「トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part 2」2012年12月28日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:角川映画
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「レ・ミゼラブル」…。タイトルは知っているが、内容は?と聞かれるとちょっと考えてしまう。子供の頃に、確か小学館から出ていた「カラー名作 少年少女世界の文学」で“ああ無情”というタイトルで読んだ記憶はあるし、高校の頃、みなもと太郎が描いたギャグマンガでも接した。東宝のミュージカルは有名だが観てないが、過去数回映画化され、1999年リーアム・ニーソン主演のは観ているはずだ。それでも「主人公が銀の燭台を盗む」「市長になっても警察から追われる」「養女を育てる」など断片的な記憶し置かない。
今回初のミュージカル映画であり、オスカーの呼び声の高い本作、「もう忘れない」という気合いを入れて観た。
1815年、ツーロンの徒刑場で“24601”と番号で呼ばれている男がいた。パン1斤を盗んだ罪で服役しているジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)だ。過酷な労役に19年堪えたある日、監督官のジャベール(ラッセル・クロウ)から仮釈放 を告げられる。しかしその引き替えに過去に犯罪を犯した証となる釈放状の携帯を義務づけられる。そのお陰で世間の風当たりは冷たい。泊めてくれる宿もなく野宿していたバルジャン。そこ司教が通りかかり、教会に迎え入れる。しかしバルジャンはその好意に背き、銀の食器を盗み出て行く。だが逮捕されたバルジャンに対し司教はそれを許し、銀の燭台までも持って行けと差し出す。そのやさしさに触れたバルジャンは心を入れ替え真っ当な人間に生まれ変わることを誓う。
ヒュー・ジャックマンとラッセル・クロウ。共にオーストラリアからハリウッドに進出した大物同士の初共演は見応えがある。特にラッセル・クロウの憎々しいこと。いつまでたってもバルジャンを24601と囚人番号で呼び、バルジャンはその悔しさに奥歯を噛み締め堪える。この二人の緊張感が2時間30分を超える長尺を引っ張る。更に注目はそれぞれが自声で歌うシーン。ジャックマンはミュージカル経験があるから安心だが、歌うイメージのクロウはない。ところがオーストラリア時代、バンドを組んでシンガー兼ギタリストだったらしい。劇中でも渋く低い声を披露している。そもそもミュージカル映画は慣れるまでが大変。最近の「ロック・オブ・エイジズ」や「シカゴ」「ヘアスプレー」「キャバレー」などショウビジネスが舞台のミュージカルなら歌う必然性があるが、19世紀の刑務所で歌ったらそれこそ看守に怒られる。
それから8年、マドレーヌと名を変え生まれ変わったバルジャンは事業に成功し、人徳を認められ、市長の地位を手に入れる。そんな彼の前にジャベールが現れる。仮釈放の義務を怠ったバルジャンを追っていたのだ。もちろんマドレーヌ市長がバルジャンとは露にも思っていなかったジャベールだが、荷馬車の下敷きになった男を助け出したマドレーヌの怪力に、24601番の残像が被る。ひょっとしたら市長はバルジャンでは…。ある晩慈善活動で訪れた港湾地区でひとりの娼婦を助ける。彼女の名はファンティーヌ(アン・ハサウェイ)。バルジャンの工場を不当解雇され娼婦に身を落としたのだ。しかし間もなくしてファンティーヌは病死、その幼い娘コゼットを里親から連れ戻し育てる決意をする。
アン・ハサウェイは登場シーンは少ないが強烈なインパクトを残す。凜として整った顔立ちからお嬢様女優と見られがちだが、役についてはどん欲で、前作「ダークナイト ライジング」ではキャットウーマンのスーツを着るために肉体改造を行ったり、この映画でも病気のファンティーヌのために5週間で体重を11キロも体重を落とし、髪を売るシーンのため自髪をばっさり切った。役者根性は立派だ。
ジャベールは市長がバルジャンだと確信を得て問い詰めたところ、バルジャンが逮捕されたとの情報が入る。素直に非を認め謝罪するが、バルジャンの心中は穏やかではない。自分が本物と名乗り出ればすべてを失う。悩んだ末、身を明かし再び服役の覚悟を決めていたが、ファンティーヌと交わしたコゼットの保護者となる約束を破る訳にはいかなかった。追うジャベールを振り切りコゼットの里親の住むモンフェルメイユに逃亡する。コゼットの里親のテナルディエ(サシャ・バロン・コーエン)とその夫人(ヘレナ・ボナム=カーター)は幼いコゼットをこき使い、自分の娘には裕福な暮らしをさせていた。そんな実情を見てバルジャンはテナルディエに大金を払いコゼットを引き取り、再び逃亡する。
そして時代は1832年のパリ。ブルボン王朝が倒れたが貧富の格差は今だ広まるばかりで、労働者や学生が革命の時期を窺っている時勢。大きく成長したコゼット(アマンダ・セイフライド)を一目惚れする学生運動家のマリウスと、彼を慕うエポニーヌ(テナルディエの娘)の三角関係や、政府と革命軍との戦い、依然執拗にバルジャンを追うジャベールとの戦い…。物語は複雑に絡み合っていく。
アマンダの歌声は「マンマ・ミーア!」以来。相変わらず上手い。アン・ハサウェイとは3歳しか違わないのに、幼く見える。出演者の歌う歌は全編ライブで収録され、アフレコではない。本番に入る前に全員ボイストレーニングを受け、本番ではイヤホンでピアニストが弾く伴奏を耳にしながら歌ったという。この方法は「マンマ・ミーア!」の時、歌だけ先に録音して芝居は口パクでやったアマンダも驚いた様だ。
監督は2010年、「英国王のスピーチ」でアカデミー賞作品賞など4部門獲得したトム・フーパー。アップが多い演出は舞台と違ったものを作ろうという心がけの表れかも。この「レ・ミゼラブル」でもオスカーを受賞すれば2作品連続となる。その可能性も大な作品だ。
☆「レ・ミゼラブル」2012年12月21日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
© UNIVERSAL STUDIOS.

「スシガール」といっても、吉沢明歩主演のVシネマではありません。歴としたギャング映画である。ただギャング同士の駆け引きの場が、何故か女体盛りを扱うお寿司屋さんというところが。このタイトルの由来になっている。私はもちろんなまで女体盛りなど見たことはないが、映画の中ではしばしば登場する。有名なところではショーン・コネリー主演の「ライジング・サン」(93)。この映画のお陰で「日本では寿司をこのようにして食べるのか」と勘違いする外国人も出てきたという。また最近では「セックス・アンド・ザ・シティ」(08)で、キム・キャトラル演じるサマンサが自ら女体盛りをして恋人を待つというシーンがあった。日本発祥の女体盛りではあるが、日本人が観るとあまりいい感じはしないし、体温で寿司が美味しくなくなるという余計な心配もしてしまうが…。
この「SUSHI GIRL」もいきなり女体盛りのシーンから始まる。女性が念入りに化粧をし、洋風着物(?)を脱ぎ捨て、ビリヤード台のような大きなテーブル上に横たわる。そこに寿司職人が現れ、「お前は器だ。何を見ても動ずるな。目を合わせるな」とSushi Girlに言い聞かせながら寿司を飾り付ける。そこに5人の男が入ってくる。実はこの中の1人、フィッシュの出所祝いを開こうというのだ。6年前、5人で行ったダイア強奪。フィッシュだけが逮捕されてしまったが、盗んだダイアが紛失。逮捕を避けられた4人はフィッシュがダイアを隠し持っていると睨み、出所祝いにかこつけてダイアの在処をフィッシュに吐かせるというのがこの会の真の目的だった。最初の内は和気藹々と進んでいく出所祝いだが、ついに本音が出て、フィッシュの拷問が始まる。膝に釘を打ち付けられるわ、割れたビール瓶を入れたソックスで即席ブラックジャックを作り顔面を殴られるわ、歯を一本一本抜かれるわ、死の寸前まで痛めつけられるがフィッシュは「知らない」の一点張り。そうするとこの中の別の者が隠し持っているのではという疑心が生まれていく。宝石泥棒の仲間割れというと、タランティーノの「レザボア・ドッグス」を彷彿とさせる。

ここで出演者に注目すると思いがけない人物を目にする。ボコボコにやられるフィッシュを演じているのはノア・ハサウェイ。1984年の「ネバーエンディング・ストーリー」のアトレイユ役だった美少年だ。その後10年役者を続けたが引退、この「SUSHI GIRL」で18年ぶりに俳優復帰となった。でもアトレイユの面影は1ミリもない。強盗団のひとりクロウを演じるのはマーク・ハミル。そう「スター・ウォーズ」エピソード4〜6のルーク・スカイウォーカーだ。フィッシュの歯を喜々としながら抜きまくる狂気の表情は、端正なルークの面影は1ミクロンもない。女体に寿司を飾り付ける寿司職人役はあのJJ Sonny Chibaこと千葉真一。これまたタランティーノの「キル・ビル」でも表向きは寿司屋だが、実は伝説の殺し屋という裏の顔を持つ服部半蔵を演じていた。監督のカーン・サクストンという男、かなりこの作品でタランティーノにオマージュを捧げている感じだ。ほかにも強盗団のボス、デュークを演じるのはトニー・ドット。「ファイナル・デスティネーション」シリーズにブルワース役でほとんど出ている黒人俳優。宝石商に「ターミネーター」で未来からサラ・コナーズを守るためにやってきたカイル・リースを演じたマイケル・ビーン、そして「マチェーテ」の怪優ダニー・トレホも僅かながら出演している。
ストーリーは強盗団の内輪モメが進んでいき、タイトルにもなっている「SUSHI GIRL」がお飾りの様に横たわっているだけ。男たちは寿司を食べる訳でもなく、女体を鑑賞する訳でもない。ところが最後に、この女性と強盗団がアクロバティックのように繋がっていく。これが強引と思うか、良くできてると感心するかは見方によって大きく別れるだろう。私は好きですが。
☆「SUSHI GIRL」2012年12月22日(土)より銀座シネパトス他全国順次ロードショー
配給:アース・スターエンターテイメント
© 2011 SUSHI GIRL FILMS

アカデミー賞作品賞を含め11部門ノミネート、そしてそのすべてが受賞した奇跡の作品「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」から9年。ピーター・ジャクソン監督は新たな3部作を世に送る。「ロード・オブ・ザ・リング」でフロド・バギンズ(イライジャ・ウッド)がガンダルフ(イアン・マッケラン)らと共に指輪をめぐる旅に出る60年前の話で、今作「思いがけない冒険」から始まり、「スマウグの荒らし場」「ゆきて帰りし物語」と続く。フロドの養父ビルボ・バギンズが主人公となり、今後2年半に渡って順次公開される。新たな3部作が過去に遡るのは「スター・ウォーズ」新3部作と同じ。
ホビット庄に住むビルボ・バギンズ(マーティン・フリーマン)の家に、魔法使いのガンダルフと13人のドワーフが押しかけてくる。邪竜スマウグに襲われたドワーフの故郷エレボールを奪還するため、ビルボに協力を要請してきたのだ。何故自分が?と悩むビルボだったが、ものの弾みで遠征に参加することに。一行のリーダーはドワーフの伝説の戦士トーリン・オーケンシールド(リチャード・アーミティッジ)。目指すは中つ国の東外れにある《はなれ山》。しかし行く手には凶暴なゴブリン、不気味なオーク、邪悪なワーグなど危険が待ち受ける。やがてゴブリンの洞窟に差し掛かるとビルボは運命的な出逢いをする。醜悪なクリーチャー、ゴラム(アンディ・サーキス)だ。そこで何故かなぞなぞ対決をしてビルボは勝利するが、偶然にもゴラムが所有していた指輪を手に入れてしまう。その指輪には途方もない威力を秘めていたが、まだビルボは知るよしもなかった。
元々この映画は「パンズ・ラビリンス」の監督ギレルモ・デル・トロが撮る予定だったが、スケジュールの遅延などで降板、製作総指揮を務めていたピーター・ジャクソンが前シリーズに続きメガホンを取ることになった。はっきり言ってこの監督交代劇は結果的に良かった。やはりこのシリーズはピージャクのもの。アカデミックな変態デル・トロよりも、下世話な天才ピージャクのほうがあっている。ただデル・トロがJ.R.R.トールキンの世界をどう料理するか、興味はあるが。

そしてこの映画、全くのピージャクの頭の中で作り上げた世界で、その発想力には驚く。クリーチャーの気色に悪さ、セットや小道具ひとつひとつのオリジナリティがある。それを具象化するVFXポストプロダクション“WETA”の技術の確かさ。特にゴラムの表情。喜怒哀楽をあそこまでCGで見せられるとは思わなかった。
「ロード…」3部作もそうであったが、まだ一話目で展開は遅い。これから2部3部と続いていくうちに物語は急展開していくのだろう。あの指輪も我々は「ロード…」で威力を知っているから、それを発揮するであろう先の展開が楽しみである。「ロード…」の主要人物、フロドやガンダルフ、ゴラム、そしてエルフのエルロンド(ヒューゴ・ウィーヴィング)とガラドリエル(ケイト・ブランシェット)、白の魔法使いサルマン(クリストファー・リー)など出演シーンが短いながらも登場し、「ロード…」ファンの期待をつなぐ。
☆「ホビット 思いがけない冒険」2012年12月14日(金)より丸の内ピカデリー他 3D2D同時公開 HFR 3D公開(*一部劇場にて)
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2011 WARNER BROS. ENTERTAINENT INC. AND LEGENDARY PICTURES

神が人間を創ったのか、人間が神を創ったのか。しばしば議論になる問題だが、宗教上で考えれば前者になる訳だが、現実的に見れば後者であることは明らかだ。高度に発達した人間の頭脳が神を創造した。宗教だって人間が創った物だし。
今回の「ルビー・スパークス」は、才能ある小説家カルヴィンが想像で書いた理想の女性ルビーが現実に目の前に現れる、というファンタジー映画だ。ひとりの女性を創ってしまったカルヴィンはその女性にとって神なのか? それともカルヴィンは“神”を創ってしまったのか?
19歳で小説家デビューし、天才青年作家と持て囃されたカルヴィン(ポール・ダノ)。しかしその後、極度のスランプに陥り、毎日タイプライターに向かうが、1ページも書けないという状態が10年も続いた。次第に心も閉ざされ、話す相手は兄のハリーと愛犬のスコッティ、そしてセラピストのローゼンタール医師だけだった。その医師に最近夢の中に出てくるルビー・スパークスと名付けた女性の話をすると、医師はその女性を主人公にした小説を書く様に勧められる。最初は戸惑ったカルヴィンだが、指示通り小説を書き始める。するとあれほど筆の進まなかったのが嘘の様にタイプを打つ指が動き回る。そしてストーリーも次々と浮かんでくる。ルビーはオハイオ州出身で26歳、初恋の相手はハンフリー・ボガートとジョン・レノン。でもすでにこの世にいないことを知ると泣き出す…。書き続ける内にカルヴィンはルビーに愛に似た感情を持ち始める。そしてある日奇跡が起きる、朝目覚めたカルヴィンの前に朝食を用意するルビー(ゾーイ・サガン)が現れたのだ。小説に書いたとおりの容姿性格のルビー。一瞬頭がおかしくなったと思ったが、周囲の人々にもルビーが見えている様だ。カルヴィンはうれしさのあまりルビーを待ちに連れ出す。しかしそんな楽しい日々は続かない。相変わらず周囲に関わろうとしないカルヴィンに、ルビーは一抹の寂しさを感じるようになり、ついに距離を取る様になる。それでも干渉をやめないカルヴィンに対しルビーは家を出て行ってしまう。その時カルヴィンは初めて告白をした「君を創ったのは僕だ」…。

この話で思い出すのが、ギリシャ神話に登場するピュグマリオン王だ。生身の人間に愛想を尽かしたピュグマリオンは、理想の女性を象牙で彫りそれを愛する。そしてその彫刻にガラティアと名を付け人間になることを願う。その願いがアフロディーテに通じ、彫刻は人間になり、ピュグマリオンはガラティアを妻に迎える…。この話はあの「マイ・フェア・レディ」の原作にもなっており、2008年の「ラースと、その彼女」もそうかも知れない。理想の女性を追い求める男性の葛藤は、映画の格好のネタでもある。
人間の心を持ってしまったガラティアはその後子供も生まれ、幸せに暮らしたようだが、このルビーは違った。話はもっと現代的だ。男の身勝手な枠に閉じ込められるのを嫌って飛び出すのだ。
「リトル・ミス・サンシャイン」のジョナサン・ディトンとヴァレリー・ファリスのコンビの監督作品だが、注目は脚本を書いたゾーイ・サガン。あの「エデンの東」の名匠エリア・サガンの孫娘だ。そして映画の中でもルビー役と出演しているのだが、その才能には脱帽。最初は自分の意のままに動くロボットの様だったルビーが、だんだん自我に目覚め、人間にへと昇華していく。そこにホラー的要素をちらつかせながら、一見ファンタジー映画に思わせながら、かなり人間の本心にまでえぐった作品にしている。

この映画でここまで考える事ではないのかも知れないが、やはり人間は人間を創ってはいけない。クローン技術でおそらく将来的にはそれは可能になるだろう。でもクローン人間が自分がクローンであることを知るとどうなるか? それを考えるとルビーの取った行動は興味深い。
☆「ルビー・スパークス」2012年12月15日(土)よりシネクイントほかにてロードショー
配給:20世紀フォックス映画
© 2012 Twentieth Century Fox

1984年、まだアニメーターとしてディズニー・スタジオで働いていた25歳のティム・バートンは、ホラー小説「フランケンシュタイン」をベースにした29分の実写映画「フランケンウィニー」を自らメガホンを取って製作した。しかし内容がダークすぎ、PG指定を受けてしまった。ディズニー・スタジオはリバイバル上映する「ピノキオ」の併映作品として考えていたのだが客足に響くと判断、「フランケンウィニー」はお蔵入りとなってしまった。それから数年、「バットマン」や「シザーハンズ」の成功により、実写映画デビュー作である本作が注目され、日本でも1994年公開の「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」の併映作品として日の目を見ることになった。その短編映画から28年、「フランケンウィニー」は長編ストップモーション・アニメーション、しかも3D映画として蘇った。
科学と映画が大好きな10歳の少年ヴィクター。彼にはいつも連れ添う愛犬スパーキーがいた。友達が他にいないヴィクターはスパーキーを主演にした3D怪獣映画を製作し、両親に自慢げに披露する子供だった。しかし悲劇が起きる。あまり友達と遊ばないヴィクターに父親は野球の試合に強制参加させる。ところがヴィクターの打った球は柵を越え大ホームラン。その球をボール遊びが大好きなスパーキーが追いかけ道路に出たところ、車に撥ねられ…。唯一の友達を失ったショックから立ち上がれないヴィクターだったが、赴任してきたばかりの科学の先生ジクルスキの実験—カエルの死体に電気を流すと足が動く—を見てある事を思いつく。雷鳴轟く夜、墓からスパーキーの遺体を掘り起こし、凧を揚げて稲妻を捕らえ、スパーキーに強烈な電気ショックを与える。するとヴィクターの目の前でシッポを振り出したスパーキー。ヴィクターは死者を蘇らせることに成功したのだ。でも死んだ犬が生き返ったことが知られると奇異な目で見られる。ヴィクターはスパーキーを屋根裏に隠す。しかし秘密はバレる物。クラスメイトの一人にスパーキーが目撃され、口止め料として蘇らせ方を教えることに。それがクラス中に広まりいろんなあものが生き返るという大事件が発生する。
生き返る蘇るは映画の中では散々使われた。代表的なのはゾンビ映画だ。ホラーの一大ジャンルになったゾンビ映画は、生き返る=人類の敵という図式を定着させた。しかしスパーキーは生き返ってもヴィクターに懐く。見た目は大きく変わったが、精神は生前のままだ。クラスメイトはその蘇生術を聞き出し、死んだ金魚やその辺の被害を生き返らそうとすると、怪物になってしまう。この違いに科学のジクルスキ先生は「愛があるかないかの違い」と説き伏せる。実にティム・バートンらしい答えである。ティム・バートンはこの映画「フランケンウィニー」に愛情を持って今の時代に蘇らせたのだ。ヴィクターのスパーキー以外の唯一の理解者エルザの声をウィノナ・ライダーが務めている。「シザーハンズ」以来22年ぶりのバートン映画に参加だ。万引き騒動以来、これと言っていい話題のないウィノナ。彼女も早く蘇って欲しい。
モノクロームの3D映画というのは初めての試みなのだそうだ。何でも“黒”は3Dで扱うのが最も困難だとか。それでもティム・バートンがモノクロのこだわったのは、1930年から40年代にかけてのいわゆる“ユニバーサル・ホラー”の影響だろう。「フランケンシュタイン」(1931)はその代表的な物。白黒でしか出せないキッチュな恐怖感を狙ったのでは。
またティム・バートンと言えば怪獣マニア。この映画のラストでは日本が生んだ超有名な怪獣がオマージュ、と言うかそのまんまで出てくる。普段は著作権でめちゃくちゃうるさいディズニー・スタジオ。この怪獣の使用の許可は取ったのだろうか?
☆「フランケンウィニー」2012年12月15日(土)より3D/2D同時公開
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
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