
2009年の「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」のヒロインを演じ、その圧倒的な存在感で世界に注目を浴びた女優ノオミ・ラパス。その後、ハリウッドに進出し「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」や「プロメテウス」など立て続けに話題作に主演級で出演したが、今作はハリウッドデビューの直前に出演した、地元スウェーデンとノルウェー、ドイツの合作映画だ。映画全体の漂うピリピリとした空気の硬質感。何故かこれは北欧の映画に共通した緊張感だ。デンマークの「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」や、スウェーデンの「ぼくのエリ 200歳の少女」、ノルウェーの「孤島の王」、フィンランドの「レア・クスポーツ〜囚われのサンタクロース〜」…。この空気感はクセになる。

ノルウェーの首都オスロ。夫のDVから逃げるように、8歳になる息子アンデシュと共に郊外のマンションに越して来たアナ(ノオミ・ラパス)。それでも夫の影に怯えるアナは、自宅に電話も引かずケータイも持たない、アンデシュの学校にもアナが送って通わせていた。また夜も別室で寝ている息子の安全が確認できるよう、《チャイルドコール》という監視用音声モニターを設置する。ある晩、そのチャイルドコールから突如、子供の悲鳴が聞こえた。慌ててアンデシュの部屋に行くが息子は何事もなく眠っている。不思議に思い購入した電気店の店員ヘルゲ(クリストファー・ヨーネル)に相談すると、同機種を買った他の持ち主と混線したのではと説明。アナはこのマンションのどこかで虐待があったのではと思い始める。
ここまでは、アナとアンデシュが父の暴力を恐れ、親しくなった電気店員のヘルゲがアナ親子を助けるのだな、と推理できるが、この後奇妙な出来事が起き、混乱する。

ある日アンデシュが友達を家に連れてくるが、その子はなぜか一切喋らない。駐車場で男がビニールシートにくるんだ物を車に運び入れるのを目撃、それが虐待された子供だと勘ぐるアナ。混線の源を探るために怪しい部屋を探っていたら、湖に子供を投げ入れる親を発見、急いで湖に飛び込むが子供は見つからず気がつくと病院に保護されていた。そこには湖など無く駐車場でパニックになっていたと医者は言うが服はびしょ濡れだ。ヘルゲがアナの家に訊ねて来た時、アンデシュが腕のアザを魅せてアナに虐待されていると訴えるが、それはアンデシュではなく彼の友達だった。アンデシュの学校に父親がやってきたと息子から聞かされ抗議に行くと、妄想だと言って相手にされない…。

ここまで不条理が続くと大体先が読めてしまう。これまでアナの一人称でストーリーが進んでいき、他者の視点が入ると物語に矛盾が起きる。しいて言えば「シャッター・アイランド」の雰囲気に近い。
この映画はほとんどノオミ・ラパスの一人芝居のような物。美人と言うには程遠いラパスの芝居の上手さが要求される映画だ。
監督は長編デビュー作「ジャンクメール」(1997)でカンヌ国際映画祭批評家週間最優秀賞、東京国際映画祭東京シルバー賞を獲得したノルウェー監督ポール・シュレットアウネ。同時に公開される彼の2005年の作品「隣人 ネクストドア」は打って変わってエロティック・サイコスリラー。ノルウェーで17年ぶりの〈Rー18〉になった(観た感じそこまで過激ではなかったが…)といういわくつきの映画だ。この作品もそうだが、この監督の描く“渡り廊下”が凄く不気味。そう感じたのは私だけだろうか?

☆「チャイルドコール 呼声」2013年3月30日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次ロードショー
配給:ミモザフィルムズ、スティクティングタマゴトーキョー

「トイ・ストーリー」は、おもちゃは実は生きていて、自由に動き回れ、おもちゃ同士で会話も出来る。ただそれは人間には見られてはいけない…と言うお話しだったが、それをゲーム機の中の登場人物に置き換えた様な作品がこの「シュガー・ラッシュ」だ。
舞台はとあるゲームセンター。子供たちがゲーム機で楽しんだ後の閉店時間。それぞれのゲームキャラクターは別のゲーム機に顔を出しては交流を深めていた。大男ラルフは80年代からあるアクションゲーム《フィックス・イット・フェリックス》の、ビルを壊しまくる悪役キャラクター。30年間も演じてきた“悪役”に嫌気がさしていた。それに引き替えビルの修理工フェリックスは“魔法のハンマー”で壊されたビルをたちどころに修復し、ヒーローの証であるゴールドメダルを手に入れている。「本当は誰からも愛されるヒーローになりたいのに…」。ラルフは悪役キャラが集うセラピーに参加しても「今ある状況を受け入れるべきだ」となだめられるだけだった。そこでラルフは他のゲーム機に参加してゴールドメダルを戴こうと考える。早速忍び込んだシューティングゲーム《ヒーローズ・デューティ》で、戦士のリーダー、カルホーン軍曹に怒鳴られながらも苦労してメダルを獲得に成功する。喜び勇んで自分のゲーム機に戻ろうとした瞬間、サイ・バグの大軍に襲われて帰る道をふさがれ、お菓子の世界のレースゲーム《シュガー・ラッシュ》に迷い込んでしまう。そこで出会ったお転婆娘ヴァネロペ。彼女は欠陥プログラムであるがゆえ、レースの参加は禁止され、レーサーからはイジメられていた。しかしレース出場を夢見るヴァネロペは、ラルフがやっと手に入れたメダルを盗み参加してしまう。勝手にメダルを使われたラルフは憤慨するが、「優勝してメダルを返す」というヴァネロペの言葉を信じ、彼女に力を貸すことに。ここに『ヒーローになれない悪役』と『ひとりぼっちの少女』のコンビが生まれ、お互いの心に変化をもたらす…。
ピクサー作品を除くディズニーアニメでは最高の興収をあげた作品である。映像の美しさはもちろん、ストーリーの練られ方、キャラクターの存在感など、今やピクサーとディズニーの作品の差はなくなってきた。ゲームの外からは8bitで描かれているキャラクターや背景も、ゲームの世界に入り込めば流麗なフルCGで描かれる。
「ロボットに心があったら…」なんて言うのはよく考えるが、ゲームキャラに感情が芽生えたら…と言うのがこの映画のキモだ。毎日毎日同じ事の繰り返しで、特にラルフは暴れてビルを壊すだけ。人間だったら「もっと建設的なことをやりたい」「アイツみたいの人気者になりたい」と思うだろうが、ゲームキャラもそういう考えを持っているというところが面白い。
今やゲームと言えば、日本の代表するポップカルチャーのひとつ。この映画でも日本生まれのゲームキャラが多数登場している。《パックマン》のグズタや、《スーパーマリオブラザーズ》のクッパ、《ストリートファイター》のリュウとケンは閉店後、一緒に飯を食いに行こうと話し合っている。
ディズニーアニメのお約束、本編が始まる前の5分程度の短編アニメだが、もちろん今回もついている。「紙ひこうき」。これまでピクサー作品が常だったが、今回初めてディズニー製作のアニメだ。モノクロの3D作品で、日常世界のファンタジーになっている。日本のアニメの影響をもろに受けた様な作風で、手書きと見間違うほどの精巧なCGに驚く。
☆「シュガー・ラッシュ」2013年3月23日(土)より全国3D/2Dロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
© 2013 Disney. All Rights Reserved.

童話が、映像作家のイマジネーションにより新しい息吹に触れ、映画として蘇るのが最近の流行りだ。「アリス・イン・ワンダーランド」、「赤ずきん」、「オズの魔法使い」、『白雪姫』に至っては「スノーホワイト」と「白雪姫と鏡の女王」の2本を生み出した。そして今回はイギリスの童話『ジャックの豆の木』と『巨人殺しのジャック』をベースにした映画である。『ジャックと豆の木』は子供の頃一度は耳にしたことはあるだろうが。『巨人殺しのジャック』は聞き覚えがない。これは空腹になるとイギリス・コーンウォールの町にやって住民を苦しめる巨人を、ジャックが結構卑怯な手でボッコボコにするという、かなり血生臭い話で、原題は「Jack the Giant Killer」、1962年に一度映画化されている。今回の「ジャックと天空の巨人」も元々は「Jack the Giant Killer」だったが、「−Slayer」に改名された。監督は「ユージュアル・サスペクツ」や「X-メン」のブライアン・シンガー。
イギリスの田舎町、青年ジャック(ニコラス・ホルト)は貧しさから、かわいがっていた馬を売りに出さなくてはならなかった。馬を連れて町に出かけたジャックは、何者かに追われている修道士から「この魔法の豆数粒とその馬を交換してくれ」といわれ強引に馬を奪われた。その時、絶対の水に濡らすなと言い残す。豆を持って家に帰ったジャックは叔父にこっぴどく怒られ、豆は投げ捨てられた。ジャックは慌てて拾うが、ついに一粒だけ見つからない。その夜嵐の中ジャックの家に、道に迷ったと国王の娘であるイザベラ(エレノア・トムリンソン)が町民に変装して現れる。イザベルは王の決めた宰相ロデリック(スタンリー・トウッチ)との結婚を嫌い、城を逃げ出したのだ。若い二人はすぐに打ち解け、イザベラは正体を明かした所で異変が起きる。床下に落ちた豆が雨に当たり芽が出て巨大な蔓となり家を天空に運んでいったのだ。ジャックは地上に落下したが、イザベラは家と共に雲の上に連れ去られてしまう。この国には《天空には巨人の住む国がある》という言い伝えから、国王の命令の下、傭兵エルモント(ユアン・マクレガー)率いる王女救出部隊が結成され、ジャックも隊に志願する。高さ1万メートルもの豆の木の先にあったのは巨人の住むおぞましき世界。巨人は人間を食べるのが大好き。これまで手の届かない所にいた人間が目の前に現れたのだから、何人もの巨人がジャック達に襲いかかる。ジャック達はいくつもの困難をくぐり抜け、イザベルを救出し地上に戻る。国王は巨人が降りてこないように木を切り倒す。
ここで終われば、童話『ジャックと豆の木』と同じだが、映画では巨人たちが地上に降りてきてしまう。そして人間対巨人の果てしない攻防になる。ここが『巨人殺しのジャック』をも題材にしている所以だろう。童話『ジャックと豆の木』では、ジャックが何も悪い事をしていない巨人の持つ金の卵を産む鶏やハープを盗み出し、それで裕福に暮らすという、あまり褒められた物語ではなかったが、映画では巨人は人間を食べる醜悪な生き物にして、ジャックを正当化している。その巨人のリーダーは、肩に2つの顔を乗せているファロン。演じているのは「パイレーツ・オブ・カリビアン」でタコのバケモノ、デイヴィ・ジョーンズ役のビル・ナイ。ここでも強力な特殊メークで言われなければ分からない。ホントこの人、こんな役が多くて可愛そう。
クライマックスの人間対巨人の大バトル。知恵を使う人間と、力任せの巨人。なかなかの迫力である。モーションキャプチャー、エモーションキャプチャーで命を吹き込まれる巨人達の動きが素晴らしく、動きが自然でダイナミック。そして命があるかのようにしなやかに伸び続ける豆の木の造形も独創的。日本では同じような巨人が人間を食べるマンガ『進撃の巨人』が映画化される今年公開の予定だったが、監督交代などで来年に延期となった。しかしハリウッドがここまでの映画を作ってしまうと、後発の邦画は相当頑張らなくてはならない。アメリカでは公開1週目の成績は1位だったが、興収は3379万ドル。製作費が2億ドルと言われているから、今後の日本などの頑張りが必要である。でもそんな評判は無視できるほど私は楽しめた。
☆「ジャックと天空の巨人」2013年3月22日(金)より丸の内ルーブルほか3D/2D 吹き替え版同時ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2013 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES FUNDING, LLC

人が嘘をつく時はどんな時だろう。相手のためを思って嘘をつくこともあるだろう。でもほとんどは、その場から逃れたいために嘘をついたり、保身のために自分を偽る。また、最初は嘘をついているつもりではなかったが、結果的に嘘をついてしまったことになるケースもあるはずだ。
今回の映画は、少女がほんの出来心で口走った“嘘”が、ひとりの男の人生を破壊してしまう、空恐ろしい話だ。実際に起こりうる事でもあるから質が悪い。
デンマークで故郷の田舎町で愛犬ファニーと暮らすルーカス42歳。彼はつい最近離婚して高校生の息子マルクスにも2週に一度しか会えない。教師として務めていた小学校も廃校になり失業、この町の幼稚園教師の職を得て何とか食いつないでいる。ただ町での人望は厚く、近所に住むテオとは親友付き合いだ。そんなある日“事件”は起こった。幼稚園に通うテオの5歳になる娘クララ。クララは幼稚園でいつも優しく面倒を観てくれるルーカスに淡い恋心を抱いていた。その気持ちをキスという形で知らせようとするが、ルーカスはやんわりと拒絶する。それが小さい心を傷付けたのだ。その心は“仕返し”という気持ちに変わり、「ルーカスに大きくなったおチンチンを見せられた」と言う作り話を園長先生に告げ口をする。
純粋な子供は嘘をつかない…。大人はそう信じている。デンマークにも「Af børn og fulde folk skal man høre sandheden(真実を知りたければ子供と酔っ払いに聞け)」という諺がある。子供には嘘をつく発想がないからか、嘘をついて利益を得ようとする考えを持たないからか。クララの例の発言は数分前、クララの兄がおチンチンが大写しになったiPadを見せびらかしていたため、頭にこびり付いていただけのこと。たまったもんではない。
事態を重く見た園長はルーカスを自宅待機に、外部から調査員を呼んで真相を突き止めようとするが、当のクララは調査員の誘導的な質問に首を縦に振るだけ。この噂は町中に広がり、温厚な人柄と知られていたルーカスは一瞬にして“小児愛の変態親父”となる。もちろんこの話はクララの父親テオにも、またルーカスの前妻の耳にも届く。いくら身の潔白を証明しようとも周りは耳を貸さない。友人は離れていき、スーパーでは不売運動が起きる。家の窓が割られ、愛犬ファニーが殺される。そして、たまたま遊びに来ていた息子マルクスまで被害が及ぶ。クララに「何故嘘をつく!?」と詰め寄っても、周りの大人達にボコボコにされる。それでもルーカスは無実を訴え続ける。いや、それしかできないのだ。
この映画を観ながら2つの映画を思い出した。まず、周防正行監督の「それでもボクはやってない」だ。痴漢冤罪の話だが、「触られた」という女性にとっては恥ずかしい事を勇気を持って訴えた事はほぼ正当に見られる。そして一度浴びせられた汚名はそう簡単に剥がれることはない。もう一つは「ダウト〜あるカトリック学校で〜」だ。フィリップ・シーモア・ホフマン演じるカトリック学校の神父が黒人少年に性的行為を行ったという疑いを、メリル・ストリープ演じる校長が僅かな状況証拠だけで追いつめていく話だ。「ダウト」では神父が性的行為を行ったかどうかは映画の中では定かにされていないし、「それでもボクはやってない」にしたって加瀬亮がお尻を触ったかどうかは明らかにされていない。この2本の映画はホントはどっちなんだろう?と考える映画でもあったが、「偽りなき者」は明らかにルーカスは何もやっていない。少女の一言だけが一人歩きしルーカスを苦しめる。観客はそこがじれったい。「何故もっと味方になってくれる人がいないんだ」とルーカスに同情し、「もし自分がこんな立場に立たされたらどうしよう」自分に置き換えて観られる映画だ。
主演ルーカス役のマッツ・ミケルセンはデンマークを代表する俳優。2006年の「007 カジノ・ロワイヤル」では悪役ル・シッフルに抜擢されるなどハリウッドにも進出する。この「偽りなき者」では、去年のカンヌ国際映画祭の男優賞を獲得している。
☆「偽りなき者」2013年3月16日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー〈R15+〉
配給:キノフィルムズ
© 2012 Zentropa Entertainments19 ApS and Zentropa International Sweden.

前評判では“難解” “長い”というマイナスと、“役者が豪華” “映像に目を見張る”というプラスの噂が同時に聞こえていたが、実際の観てみるとそのすべてが当たっている。「マトリックス」「スピード・レーサー」のラナ&アンディのウォシャウスキー姉弟と「ラン・ローラ・ラン」「パフューム ある人殺しの物語」のトム・ティクヴァの共同監督で製作された「クラウド アトラス」は1849年から2321年までの6つの時代を平行に描いた一大叙事詩。目で楽しませてくれるが、頭ではそれを理解しようと七転八倒する作品だ。原作は英国作家デイヴィッド・ミッチェルの同名小説だが、日本の広島で8年間英語講師をしていたというミッチェル。三島由紀夫の「豊饒の海」に影響を受けたらしく《輪廻転生》《因果応報》という東洋思想が垣間見られるストーリーだ。
2346年、文明崩壊したハワイの海岸で焚き火に当たる初老の男ザッカリー(トム・ハンクス)。彼は波乱の人生を語り出す。しかし彼は時代や場所を超えたいくつもの“自分”の物語がある事を知らない…。1849年の南太平洋諸島で“彼”はヘンリー・グース医師として、病に患った若き弁護士ユーイング(ジム・スタージェス)と出会う。グースはユーイングに無料で治療を施すが、その裏に邪悪な計画があった。1936年、ユーイングの航海日誌を読んでいるのは若き音楽家ロバート・フロビシャー(ベン・ウィショー)。彼は“恋人”ルーファス・シックススミス(ジェイムズ・ダーシー)の元を別れ、スコットランドの天才作曲家ビビアン・エアズ(ジム・ブロードベント)の採譜係を務めながら,後世名曲となる「クラウド アトラス六重奏」を書き始める。1973年、物理学者となったシックススミスは、人命に関わる原子力発電所の報告書をジャーナリストのルイサ・レイ(ハル・ベリー)に渡そうとして暗殺される。発電所の職員の“彼”アイザック・サックス(トム・ハンクス)は初対面なのに前から知っている様に感じたルイサに恋におち、会社を裏切る。初めて善き行いをした“彼”だが、2012年には作家ダーモット・ホギンスとして悪に逆戻り。彼の執筆した「顔面パンチ」を酷評した書評家をビルの窓から投げ落として殺してしまう。しかし逆にそれが彼に箔を付け、本はベストセラー、発行人のティモシー・カベンディッシュ(ジム・ブロードベント)は大儲けする。2144年、今の韓国にあたる〈ネオ・ソウル〉では人間のクローンが大量に作られていた。レストランで働くクローン、ソンミ451(ペ・ドゥナ)はカベンディッシュ原作の映画を観て自我に目覚め、革命軍の闘士ペジュ・チャン(ジム・スタージェス)を愛し、反乱の先頭に立つ。地球崩壊から106年経った2323年、まだ若かったザッカリーの元に、進化した人間コミュニティから使者メロニム(ハル・ベリー)が訪れ、今や女神として崇められているソンミの所に案内して欲しいと申し出る。ザッカリーはメロニムの目的を察し殺意を抱くが…。
複雑なストーリーなので、プレスを参考にあらすじを書いたが、読んでみてもさっぱり判らないでしょう? しかし、映画はもっと複雑で、6つの時代が頻繁に行き来する。でもこの文字で読むよりは難しくない。編集の上手さが際立つ作品だ。監督の分業としては、ウォッシャウスキー姉弟が1849年と2144年、 2323〜2346年、ティクヴァが1936年と1973年、2012年を担当している。その繋ぎが自然で、分業しているのが分からないほど。役者のほとんどがそれぞれの時代に別人の役で出演、それも特殊メークで若い人から老人、男女、人種の垣根を越えて演じている。言われなければ分からないほどメークがキツい。ジム・スタージェスが2144年の舞台で演じる韓国人ペジュ・チャンは、あそこまで釣り目にしなきゃダメかと突っ込みたくなる顔だ。
この映画の主題は《人は何のために生きているのか》という、これまでの映画では語り尽くされたテーマであるが、それをアクション、ラブロマンス、ミステリー、SFという他ジャンルにまたがって一本の作品で問うたのは始めてだ。観ている瞬間は何やってんだろうと“?”ばかりが頭に浮かぶが、観終わった後は意外と分かった気分になれる。細かいことにを気にせず、3時間ゆったりとした気持ちで観ることをオススメする。
☆「クラウド アトラス」2013年3月15日(金)より新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2012 Warner Bros. Entertainment. All rights reserved.

アメリカ・カンザス州に住む少女ドロシーが愛犬トトと共に竜巻に飲まれ、『オズの国』という不思議な場所に飛ばされてしまう。そこで脳のないカカシ、心のないブリキのキコリ、勇気のないライオンと共に、どんな願いも叶えてくれる魔法使い『オズ』に会いに行く…。というのが誰もが知っている『オズの魔法使い』のあらすじだ。過去数回映画化もされており、有名なところでは1978年のダイアナ・ロスやマイケル・ジャクソンの出演した「ウィズ(The Wiz)」。オール黒人キャストでも話題になった作品だ。
そして今作「オズ はじまりの戦い」はその『オズの魔法使い』の前日譚で、若きオズがいかにして“魔法使い”オズとなったかが描かれている。ドロシーはもちろん、カカシやライオンも出てこない。
カンザスの若きマジシャン、オズ(ジェームズ・フランコ)。彼はサーカス団の一員として地方巡業の日々を送っていたが、野心だけは一人前。いつか偉大な男になるという夢のため、女を踏み台にし、口八丁手八丁でペテン師の如く世渡りをしていた。ある日、昔振った女性に追われ、気球に乗って何とか逃げ切ったが、その上空で竜巻に遭い、辿り着いたのは驚くほど美しい魔法の国『オズ』だった。ここまではモノクロで描かれ、スクリーンサイズもスタンダード。そしてオズの国に入ってからカラーでシネスコサイズとワイドになる。オズの国の華やかさが際立つ粋な演出だ。
オズの街を彷徨っていると《西の魔女》セオドラ(ミラ・クニス)と出会う。彼女によると『オズ』の国の内情は美しさとは裏腹に邪悪な魔女の支配に苦しんでおり、それを解決してくれる偉大な魔法使いの出現を待ち望んでいる。偶然にも国の名前と同じオズがその魔法使いだと信じ込むセオドラ。オズも持ち合わせたマジックの小道具を使い、持て囃されるのを受け入れてしまう。セオドラの導きによりオズの都エメラルド・シティに訪れるオズ。そこで待っていたセオドラの姉で強力なパワーを持つ都の支配者《東の魔女》エヴァノラ(レイチェル・ワイズ)はオズに懇願する「市民を苦しませる邪悪な魔女を倒して。そしてこの国の王になって!」。救世主として崇められるオズは真実を隠したまま、邪悪な《緑の魔女》が住むという南を目指す、しかしオズはまだ知らなかった。エヴァノラの美貌の陰に隠された陰謀を…。
「スパイダーマン」シリーズで、カルト作家から一流監督になったサム・ライミ監督。前作「スペル」では“ホラー映画の巨匠”の再認識をさせられたが、今回はファンタジー。しかしこの監督は職人である。新しい分野でもそつなくこなす。“「アリス・イン・ワンダーランド」の製作陣”と謳っているが、たしかにオズの国はアリスの迷い込んだ“不思議の国”に雰囲気が似ているが、子供のようなはしゃぎぶりを感じるティム・バートンの無邪気さはここにはなく、計算された大人の抑制が効いたメルヘンの世界になっている。しかしそのファンタジーも中盤まで。後半に入るとホラータッチに様変わり。レイチェル・ワイズ演じるエヴァノラの変貌は「スペル」を思い出す。

主演のジェームズ・フランコはサム・ライミのお気に入りなのだろうか、4作目の出演である。今作のオズはまさに彼のために用意された役のようだ。自己チューで夢ばかりデカい妄想ペテン男。それが魔女達から激動のシーンに投げ込まれる事によって芽生える責任感と正義感。フランコもデビュー当時は生意気と言われ、サム・ライミ監督も「『スパイダーマン』のときは使いにくかったが、今回は真摯に役作りに励んでいた」と人間的成長を称えている。なんだかオズとダブる。
そして美を競う女優陣。セオドア役のミラ・クニスは今注目の若手女優。「ブラック・スワン」や「テッド」など注目作に引っ張りだこだ。でも今作は後半、ミラが演じているのかどうかも分からないほどのの強烈な特殊メークで可愛そう。
南の国を治めている《南の魔女》グリンダにはミシェル・ウィリアム。“平和を愛し優しさと強さを兼ね備えた美しき魔女”とある。「ブルーバレンタイン」と「マリリン 7日間の恋」で2年連続アカデミー賞主演女優賞にノミネートされる実力派女優だが、この“美しき魔女”が納得いかない。美人と思ったことがないんだなあこの人に。これが唯一ミスキャスト。
贔屓はもちろんエヴァノラ役のレイチェル・ワイズ。今回もすこぶる美形、四十路とは思えぬ若さと気品。ダニエル・クレイグが羨ましい。
しかしこの映画で一番心引かれたのは別の“女優”。陶器の少女(China Girl)だ。読んで字の如く陶器で出来た人形なのだが、この世界では喋り動く。CGで作られたこの陶器の少女が可憐で健気で色っぽい。「テッド」のヌイグルミが陶人形になってエロさを抜いたといえば分かりやすいかな。
「オズの魔法使い」のパラレルワールドとも言えるのが、劇団四季でも有名なミュージカル『ウィキッド』。こちらにも《緑の魔女》が出てくるが、エルファバと言う名で設定も違う。ちなみに『ウィキッド』にもグリンダが《白の魔女》として出てくる。この『ウィキッド』も「リトル・ダンサー」のスティーブン・ダルドリー監督で映画化されるという噂がある。こちらも観てみたい。
さて「オズ はじまりの戦い」での《緑の魔女》は誰なのか? これはこの映画のプロモーターから観終わった後に聞いて、まだ確かめてはいないのだが、実はオープニングのタイトルバックにそのヒントが出ているという。このタイトルバック、3D作品のそれとしては秀逸で、完成度の高さに見とれて、そのヒントには全然気付かなかった。別に《緑の魔女》は誰なのかを前もって知る必要もないのだが、そんな遊び心も茶目っ気あるサム・ライミ監督らしさではある。
☆「オズ はじまりの戦い」2013年3月8日(金)3D・2D全世界同時公開
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
© 2013 Disney Enterprises, Inc.

映画ファンは常に映画に新しいサムシングを求める。ホラーのジャンルでは最近P.O.V.がやたら出てきて、その後ワンシチュエーション物も流行った。もう目新しい物はないのか…と思っていたところに、トンデモない映画がやってきた。こんなブログを読まずに真っ白な気持ちで観てもらいたい映画がこの「キャビン」だ。
森の小道を5人の若者を載せて走るキャンピングカー。金髪ナイスバディのジュールス、その恋人で筋肉バカのカート、優等生のホールデン、生真面目処女のデイナ、そしてマリファナ漬けのマーティという「13日の金曜日」から変わらない組み合わせの5人組。実際こんな構成の友人グループなんて見たことない。その5人が向かうのはカートの従兄弟が所有するという山奥の別荘だ。途中立ち寄ったガソリンスタンドの偏屈そうなじいさんが「行ったら帰れない」と忠告するのもお約束。そして着いた所は、別荘とは名ばかりの朽ちた山小屋というのもその辺のホラー映画と同じ展開。そして何の疑いもなく小屋の近くの湖で水遊びする5人。夜、地下に通じる階段を発見し、デイナはそこで古いノートを見つける。そこに描かれている呪文の様な一説を読んでしまう、すると、山小屋を囲む森に何物かが目覚め地中から這い出てきた…。

「スクリーム」がホラー映画をメタの視線で描いて成功した映画だが、「キャビン」はその「スクリーム」で論じたホラーのてにおは通りに運んでいく。5人の内真っ先に死ぬのがセックスしか頭にない金髪、ここでいうジュールスだ。そして優等生が殺されて…。
ところがこの映画の過去作と全く違う展開を見せるのはここからだ。ここまでお約束通りというのも一種の狙いかも知れない。だいたい「キャビン」と言う何の捻りもないタイトル(原題ですら「森の中の山小屋」と言う平凡極まりない)も狙いなのかも。

若者が辿り着いた小屋を、どこからか監視している研究所があった。数十台の監視カメラを森や小屋に設置し、5人の動きをモニタリングしているネクタイ姿の男たち。いや、監視しているだけではない。シナリオ通りに事が運ぶ様に操作しているのだ。たとえば、このシチュエーションでお約束の金髪ナイスバディと筋肉バカのラブシーン。フェロモンガスを放出しその気にさせ、服を脱げる様に室温を上げる。その行動を見て研究所では賭けまでしている。さらには彼らを恐怖のどん底に陥れるゾンビまでもスウィッチ一つで出現させられる。そして一人また一人と命を落としていくのを、当然の様に見つめているのだ。そのことはこの山小屋だけで行われていることではない。この研究所では全世界に同様の仕掛けを作り、モニタリングしている。日本も例外ではない。どこぞの小学校で女の子がカエルと戯れているシーンなのだが、理解に苦しむ描写だ。

何故この研究所の職員は人が死んでいくのを顔色ひとつ変えずに見ていられるのか、がこの映画のキモとなる所だが、これはもう壮大な話で、ここまで風呂敷を広げてどう決着させるのかは、観てのお楽しみ。最後はありとあらゆるクリーチャーやモンスターが総出演、貞子ぽいのも出てくるカオスの世界。脚本は去年の大ヒット映画「アベンジャーズ」の監督ジョス・ウェドン。だからなのかこの映画、最後はモンスター版アベンジャーズになっている。そして監督はTVドラマ「LOST」や「クローバー・フィールド/HAKAISHA」の脚本家ドリュー・ゴダード、これが監督デビュー作となる。出演は「アベンジャーズ」でソー役だったクリス・ヘムワースが筋肉バカのカートを演じ、モニタリングしている研究者の一人を「扉をたたく人」(07)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたリチャード・ジェンキンス。掘り出し物が生真面目処女のデイナを演じたクリステン・コノリー。今年33歳になるとは思えぬ童顔でかわいらしい。新絶叫女優に相応しい。また「エイリアン」のあの女優さんが、最後の最後で美味しいところを掻っ攫っていく。
☆「キャビン」2013年3月9日よりシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
© 2011 LIONS GATE FILMS INC.ALL RIGHTS RESERVED

監督のミヒャエル・ハネケ。2009年の「白いリボン」、そして次作にあたるこの「愛、アムール」で、2作連続カンヌ国際映画賞のパルム・ドールを獲得。誰もが認める巨匠である。この監督が撮った10本の長編作品作品すべて(アメリカ映画である「ファニーゲームU.S.A.」は除く)が、カンヌ映画祭で上映され、何らかの賞を獲ったのは5本。まさにカンヌの賞取り男だ。ただ、すべての作品が好意的に迎えられた訳ではない。1997年(日本公開2001年)の「ファニーゲーム」は、内容のエグさからヴィム・ヴェンダース監督や批評家、観客がショックのあまり席を立ったと言われている。またロンドンではビデオの発禁運動まで起こっている。私のハネケ初体験はこの「ファニーゲーム」だったが、面食らった。鑑賞後、これほど落ち込む映画は観たことがなかったからだ。その辺のことは2008年12月18日付のこのブログを見て欲しい。
その後のハネケ作品は難解な物が多く、いい映画ではあるが取っつきにくさがあった。ところが今作は単純明快。“老境”と“夫婦愛”がテーマである。

パリの都心部で風格あるアパルトマンに暮らすジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)、共に音楽家の老夫婦である。この日はアンヌの教え子であるピアニスト、アレクサンドル(アレクサンドル・タロー)のリサイタルに赴き、幸せな一夜を過ごした。翌朝、いつもの様に朝食を摂っていると、アンヌに異変が起きる。突然動きが止まるという発作に見舞われる。手術を受けるも完治せず、車椅子の生活を強いられることになる。元々医者嫌いのアンヌは入院を拒否、夫の介護で自宅で暮らすことを選択する。しかしアンヌの病状は確実に悪化していく。娘のエヴァ(イザベル・ユペール)は、母の症状もさることながら介護疲れの父をも心配し再度入院を勧めるが、尊厳を貫くアンヌと献身的に世話を続けるジョルジュは首を縦に振らない。流石に一人では手に負えなくなったジョルジュはヘルパーを雇うが、機械的に働き心の通わない仕草に打ちひしがれる。世間から孤立した二人は、古いアルバムの一枚一枚に思い出を交わし合う…。

誰にでも必ずやってくる“老い”。こういう映画を観ると必ず自分の将来を考えて悩み落ち込む。まあ翌日は忘れてケロッとしているのだが…。ハネケの作品に一貫してあるのは「逃れられない恐怖」だ。「ファニーゲーム」では圧倒的な暴力に為す術もない一家。「ピアニスト」では常に付きまとう疑惑、疑念。「白いリボン」でも村人に取り憑いた悪意の感情。そして「愛、アムール」では老いの恐怖。それをハネケは淡々と描き、それでいて観る者の心を鷲掴みする。ここで描かれる老夫婦は、老いても人間の尊厳を失わず、背筋を伸ばして生きている。その姿勢が衝撃的な結末を生んでしまうのだ。この結末には涙があふれ出てしまった。

岩波ホールで今公開中の「八月の鯨」も老後を描いているが、あれは四半世紀前の作品。時代も立場も違うが、“今”を切り取るならこちらなんだろう。
ハネケ自身、この23日に71歳になる。依然として精力的に作品を撮り続けているハネケにも、老いの恐怖は感じているのだろうか?
☆「愛、アムール」2013年3月9日(土)よりBunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館、シネ・リーブル梅田、伏見ミリオン座ほかにてロードショー
配給:ロングライド
© 2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinéma - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk

監督のオリバー・ストーンは「プラトーン」と「7月4日に生まれて」でアカデミー賞監督賞を2度受賞したり、米大統領ものを3本(「JFK」「ニクソン」「ブッシュ」)撮るなど、政治的メッセージの強い社会派監督として知られているが、今回の作品は「ナチュラル・ボーン・キラーズ」、「Uターン」、「エニイ・ギブン・サンデー」のような娯楽大作。とはいっても、麻薬闇組織がはびこるメキシコの裏の顔や、警察の汚職などをスピーディーな語り口と、オリバー・ストーンお得意の様々な種類の画像を駆使して魅せてくれる。

出演は、人気TVドラマ「ゴシップガール」のブレイク・ライブリー、「バトルシップ」「ジョン・カーター」のテイラー・キッチュ、「キック・アス」のアーロン・テイラー・ジョンソンという有望な若手組と、ベニチオ・デル・トロ、ジョン・トラボルタ、サルマ・ハエックという大物俳優組。このアンサンブルが見事に調和した作品だ。2時間9分をあっという間だ。
カリフォルニアのラグーナ・ビーチで暮らす若者3人。心優しい平和主義の植物学者ベン(A・T・ジョンソン)、世界の戦場を渡り歩いた元傭兵チョン(T・キッチュ)、そしてこのふたりの共通の恋人オフィーリア(B・ライブリー)。彼らはベンチャー事業(チョンが赴任先から持ち帰った最高級の大麻の種をベンが育てる)で大成功を収めた。その成功を耳にしたメキシコの巨大麻薬組織『バハ・カルテル』から事業提携の話がかかった。身の危険を感じた3人は事業を丸ごとカルテルに譲ることに決め、インドネシアに国外逃亡の計画を立てる。カクテルの女ボス、エレナ(S・ハエック)は栽培のノウハウを知る3人に手を引かれては困ると、腹心のラド(B・デル・トロ)にオフィーリアを誘拐を命令、ベンとチョンを服従させようとする。ところがこれで奮い立ったベンとチョンはオフィーリア奪還作戦を敢行する。まず手始めに麻薬取締局の悪徳捜査官デニス(J・トラボルタ)を引っ張り込みカルテルのデータを入手し、エレナの弱みを握ることに成功する。それは最愛の娘マグダを誘拐することだった…。

この映画をはじめ、「明日に向かって撃て」「ハリー・ポッター・シリーズ」「トワイライト・サーガ」などに共通するのは何か? 「男ふたり女ひとり」の物語である。この”黄金のトライアングル”とも言える3人組は映画の中でとても据わりがいい。カップルとオンリーワンという構図が多いようだが、それから三角関係にも発展するかもしれないし。物語は色々作れそう。しかし「野蛮なやつら」の男ふたりはオフィーリアを独り占めしようという気もないし、オフィーリアの方も用途に分けて2人を使い分けている。観ている方はテイラー・キッチュ、アーロン・テイラー・ジョンソンの贔屓な方に肩入れして観ればいいでしょう。

ストーリーはベンの人間的成長を軸に観ていくと面白い。争いごとの嫌いな、ほんわかムードのベンが、愛するオフィーリアを救うために、悪人といえども生きている人を殺めなければならない。殺害した後、嘔吐するのが生々しい。また、ベテラン勢ではデル・トロの悪人ぶりが見どころ。この世の汚い部分を全部観て来た様な面構えに。目だけ笑わない笑顔。ほんまもんかと思ってしまう。
原作はドン・ウィンズロウ。2011年に発表した「サトリ」が、ディカプリオ主演で映画化されるという噂もある。私としては「犬の力」を映像化して欲しい。

☆「野蛮なやつら」2013年3月8日よりTOHOシネマズ みゆき座ほかロードショー〈R15+〉
配給:東宝東和
© Universal Pictures