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L.A.ギャング ストーリー  Gangster Squad 2013.04.29

 悪が正義を凌駕する時代—1940年代から50年代までのLAがまさにその時代だった。この映画は1949年、あらゆる悪事でLAを支配した巨大犯罪組織のボス、ミッキー・コーエンと、その悪に真っ向から対抗するジョン・オマラ率いる秘密警察組織の物語である。当初この映画の全米公開は去年の9月だったが、その1か月半前コロラド州オーロラで起きた映画館銃乱射事件の影響を受け、今年の1月に延びてしまった(劇中に同様にシーンがあったため、公開ではその部分をカットした)。そのあおりで、日本でも昨年暮れ公開の予定が、この時期に延びてしまった。そんな曰く付きの映画だが、最近見たギャング映画の中では上々の出来映えだ。

 第二次世界大戦後、LAの街は新たな恐怖に巻き込まれていた。ブルックリン出身の元ボクサー、ミッキー・コーエン(ショーン・ペン)の出現だ。彼はドラッグ、ギャンブル、銃、売春と悪の限りを尽くし非合法に利益を得て、あっという間に街を牛耳ってしまった。これには警察も手を出せなかった。なぜなら汚職にまみれた警官や政治家が裏でコーエンを守り、犯罪は見過ごす、逮捕してもすぐ釈放、真面目な警官も仕返しが怖くておっぴらに捜査出来ない状況だった。そんな腐敗した警察に頭を悩ませていたパーカー市警本部長(ニック・ノルティ)は、人一倍正義感の強いジョン・オマラ巡査部長を呼んだ。彼に命じたのはコーエン一味をぶっ潰すこと。何をやってもかまわないが、警察バッジは置いていくことが条件だった。プライベートでは身重の愛妻を持つオマラだったが、妻の後押しもあり任務を受け入れる。オマラはまず警察署の中でで異端児扱いされているが悪には容赦しない人材を集めた。イケメンの一匹狼ジェリー・ウォーターズ巡査部長(ライアン・ゴズリング)、ナイフの使い手コールマン・ハリス巡査(アンソニー・マッキー)、盗聴が得意なコンウェル・キーラー巡査(ジョヴァンニ・リビシ)、早撃ちガンマンのマックス・ケナード巡査(ロバート・パトリック)とその相棒ナミダド・ラミレス巡査部(マイケル・ペーニャ)。彼らはギャング顔負けの暴力的な違法行為で、賭場に押し入り銃をぶっ放し、麻薬取引きの車を破壊する。その行為はコーエンの耳にも入るが、その手口から対抗勢力のギャング団の仕業と勘違いする。そして次々に潰される手下や取引でコーエンの権威は失墜するが、それを指を咥えているコーエンではなかった…。

 まさに1940年代の「オーシャンズ11」だ。それぞれの得意技を活かして、悪を打破していく姿は爽快。またショーン・ペン演じる悪の権化ミッキー・コーエンの眼力が凄い。それは冒頭のシーンでも分かる。シカゴ・マフィアからの要求を伝えに来た使者の一人の手足を2台の自動車に手足を縛り付け、「これが答えだ!」と急発進させる。使者の身体は胴体から真っ二つ、使者が死者になる。悪者が魅力的な映画は大体面白い。

 血生臭い話の中で、ジェリー・ウォーターの恋が一服の清涼剤になっている。相手はコーエンの愛人グレイス(エマ・ストーン)。敵の女を愛してしまうのだ。もともとコーエンの元から離れたいグレイスだったが、怖くて逃げ出せない。警官の身を隠しているウォーターの正体がばれたらグレイスだって命が危ない。その危険さが恋をさらに燃え上がらせる。

 アメリカの映画に出てくる熱血警官の家庭は必ずといっても家庭は崩壊している、仕事に打ち込んで家庭を顧みない警官という図式がほとんどだ。ところがオマラ巡査部長の妻は旦那の仕事を理解し、オマラもそれに応えると言う珍しいパターンの映画だ。そのためオマラは捨て鉢にならず、妻のため、やがて産まれる子のために生きようとする姿が潔い。

 監督は「ゾンビランド」(09)や「ピザボーイ 史上最凶のご注文」(11)のルーベン・フライシャー。今回は過去作とは随分毛色の変わった作品を手がけている訳だが、なかなかしっかりしたアクション映画を作り上げた。硬軟両方とも撮れる貴重な監督だ。


☆「L.A.ギャング ストーリー」2013年5月3日(金)より丸の内ルーブルほか全国ロードショー
配給:ワーナーブラザーズ映画
© 2012 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED

ラストスタンド  The Last Stand 2013.04.23

 最後の主演作「ターミネーター3」が2003年公開だから、シュワルツェネッガー10年ぶりの主演作になる。その前から「ターミネーター4」ではCGで出演していたし、「エクスペンダブル」シリーズでもちょこちょこ出てはいたが、完全復帰主演作としてはこの作品となる。完全復帰作となると期待するのは、シュワちゃんのアクション。御年65歳、州知事以前の動きが出来るのか? 注目される。

 昔は麻薬捜査官として腕を振るっていたが、同僚を多く失ったショックで辞職、現在は滅多に事件の起こらないメキシコ国境近くのアリゾナ州ソマートンで保安官としてのんびり暮らすレイ・オーウェンス(A・シュワルツェネッガー)。しかし正義感は依然強く持ち、町を挙げ応援する地元高校のフットボール試合にも応援に行かず、万が一に備え職場を守る。そんな日に一本の電話がかかる。FBIのジョン・バニスター捜査官(フォレスト・ウィテカー)からのその電話は、移送中の凶悪犯ガブリエル・コルテス(エドゥアルド・ノリエガ)が逃走し、時速400キロ出る様チューンアップされたコルヴェットを奪い、メキシコ国境に向かっている。その際ソマートンを通過するので一応注意をする様にということだった。その電話と前後して、巡回中のふたりの副保安官がコルテスの腹心ブレル(ピーター・ストーメア)率いる武装集団に襲われ一人が命を落とす。彼らはコルテスが無事メキシコに渡れる様に橋を建設しようとしていたのだ。FBIが送り込んだSWATも簡単にコルテスに潰される。レイは死んだ副保安官のためにもコルテスの越境を阻止することを誓う。しかし平和なこの町にコルテスを止める強力な武器はない。レイはこの町にある誰も足を運ばない博物館に目を着ける。そこは第二次世界大戦で使用されていた武器を飾ってある銃器博物館。骨董品ながら威力は抜群。レイは部下のフィギー(ルイス・ガスマン)ら4人で、最強犯罪者集団に戦いに挑む。

 実は満を持して全米で公開された1月18日、初登場9位という散々たる結果だった。もうアメリカ人にとって、シュワちゃんは過去の人なのか。確かに10年のブランクは大きい。ただこの10年間にシュワちゃんに取って代わるアクションスターが出ているか。現在はアクションだけで喰っていけるほど、ハリウッドは甘くない。アクションも出来、コメディもこなし、ラブロマンスもやらなければ成功はしない。アクションスターと言えるにはジェイソン・ステイサムくらいか? そんな時代に無骨なまでにアクションにこだわるのが、スタローンであり、このシュワちゃんである。

 そして今回の監督は韓国人のキム・ジオンである。これもアメリカで成績が振るわなかった一因でもあるのだろう。生涯興収3,000億円といわれるまさに「ミスター・ハリウッド」のシュワちゃんの復帰作が韓国人の手による物なんて…ということなのだろう。でも私が観たところそんなに悪い出来ではない。カースタントにも新しい試みもあるし、銃撃戦でもかなりの迫力だ。シュワちゃんは「アジアのジェームズ・キャメロン」とベタ褒めであるが、このキム・ジオンという人、カンヌ国際映画祭で上映された好評を博した「グッド・バッド・ウィアード」の監督である。シュワちゃんの復帰作にしてはいい仕事をしている。「エクスペンダブル」のようにセルフ・パロディに走らず、65歳の年相応な主人公に仕立てている。さすがに現役当時のアクションを追究するのは無理。ガンアクションやカースタントで見せ場を作り、最後の最後で肉体対肉体のバトルシーンを見せる。目まぐるしいダンスの様なカンフーアクションではなく、身体と身体のぶつかり合いである。上半身裸になることもなく、背伸びをしないところに好感を持てる。

 今後も、スタローンと共演の「The Tomb(原題)」や、「ターミネーター4」で“共演”したサム・ワーシントンを退治する「Ten(原題)」など出演作は絶えない。「ターミネーター5」の出演の噂もあるし…。アメリカよりも日本などの海外の人気の方が高いシュワちゃん。日本公開がラストスタンド(最後の砦)となるか?


☆「ラストスタンド」2013年4月27日(土)より全国ロードショー
配給:松竹/ポニーキャニオン
© 2012 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

アイアンマン3  Iron Man 3 2013.04.22

 『アベンジャーズ』で集結したマーベル・コミックのヒーローたちは、ロキとチタウリとの戦いの後、一度散会した。そしてヒーローたちは各自分独自のフィールドで悪と闘うことになる。その第一弾が『アイアンマン3』である。

 アベンジャーズの一員として人類滅亡の危機を救ったアイアンマンこと、トニー・スターク(ロバート・ダウニー Jr.)だったが、ロキたちの戦いで力の限界を知ることになる。「最強のマシーンでも宇宙人や異次元には全く歯が立たない…」。そんな消極的な気持ちを打ち消すかのように、スタークは新型アイアンマンスーツの開発に没頭していった。その数なんと36体。前回の戦い『アベンジャーズ』では7号機(マークⅦ)だったので、最新機は42号機(マークVLII)。最新アーマーはスタークの左手に埋め込んだ発信機のチップで遠隔操作ができ、左手を振るだけで世界中のどこにいてもアーマーを呼び寄せ、装着できるようになっている。そんな時、アフガニスタンにアジトを持つテロ組織テン・リングス団の首領マンダリン(ベン・キングズレー)が無差別殺人を起こす。このテン・リングス団は初回『アイアンマン』でもテロ組織として登場し、『2』でも、イワン(ミッキー・ローク)に偽造パスポートを渡すブローカーとしても登場している。この無差別殺人はトニー・スタークへの宣戦布告であり、それに対してスタークは詰めかけた報道陣に自分の家の住所まで口にし挑発する。するとその数日後、スタークの自宅に数台のヘリが襲来、爆撃を開始する。何とか命は助かったものの、自宅や研究室を全焼してしまう。すべてを失ったスタークは失意の中、唯一残された「大切な人を守りたい」という気持ちをバネに再起を誓うが…。

 今回のヴィラン(敵)はマンダリンではあるが、もう一人侮れないヴィランがいる。ガイ・ピアース演じるアルドリッチ・キリアンである。十数年前、その時すでに科学者として名を馳せていたトミー・スタークの元に、ナノテクノロジー開発の協力を求めに行ったが、スタークは約束をすっぽかした。その逆恨みで、スタークの理解者であり、公私ともにパートナーのペッパー・ポッツ(グィネス・パルトロウ)に近付く。そして人間の肉体を劇的に変質させるという作用があるナノマシン「エクストリミス」を自ら投与して、アイアンマンと闘う。

 映画の中で圧巻なのは、クライマックスのアイアンマン軍団大集結でのバトル。何せ42体もあるアーマーが先に書いた遠隔操作で、スタークが装着しなくても勝手に動きまわる。42体もあると、それぞれ特長が出ていて、クマのような怪力アイアンマンなんかがいたりして楽しい。そして、マーベル・コミック映画のお約束、エンドロール後の一芝居も見逃せない。これまではニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)がらみが多かったが、今回はアベンジャーズ再結成の緊急性がないためか出番はなし。そのかわり、アベンジャーズの一員が登場する。『アベンジャーズ』をご覧になった方は、このサプライズ出演は納得いくでしょう。

 さて、今後のアベンジャーズ・メンバーのソロ活動だが、来年の正月映画第2弾として『マイティソー:ザ・ダーク・ワールド』が公開される。ロキがまた悪さをし、ジェーン役のナタリー・ポートマンも続投の模様。続く来年5月には『キャプテン・アメリカ:ザ・ウィンター・ソルジャー』が公開。ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)やニック・フューリーも参戦するらしい。そして2015年GW公開予定『アベンジャーズ2』となるようだ。他にもエイリアンによって結成されたヒーローチームの『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』(来年9月公開)や「アントマン」(日本公開未定)も控えている。興味は尽きない。


☆「アイアンマン3」2013年4月26日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか日本先行公開
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
© 2012 MVLFFLLC. TM & © 2012 Marvel. All Rights Reserved.

藁の楯 わらのたて 2013.04.18

 私が好む日本映画といえば、昨年公開の作品では「鍵泥棒のメソッド」や「桐島、部活やめるってよ」など、“大作”と呼ぶには程遠い映画が多い。ハリウッドのように湯水の如く製作費を注げる環境ではない邦画界ではスケール感に頼るのではなく、脚本を練って、演出に凝る事が重要である。
 ところが今回の映画「藁の楯」は、演出、本、そしてスケール感の三拍子揃った佳作だ。

 《この男を殺してください。清丸国秀29歳。御礼として10億円お支払いします。 蜷川隆興》
 ある日の全国紙朝刊に載った全面広告。広告主は蜷川隆興(山崎努)、日本経済界の大物だ。彼の7歳になる孫娘が誘拐され悪戯された後、排水溝に捨てられた。犯行は8年前にも少女暴行で服役し、出所したばかりの清丸国秀(藤原竜也)。すぐさま全国指名手配されたが一向に逮捕される様子はない。痺れを切らした蜷川が新聞広告を出した訳だ。しかし、こんな殺人教唆ともとれる広告が全国紙に載る訳がない。蜷川は広告に携わる部署の人間を多額の金を積んで買収し、全員辞表を出させたのだ。蜷川は金の力で何でも出来ると信じている。出来ないのは孫の命を買うことだけ。蜷川の決意のほどが伺える。

 この不況の中、殺されてもおかしくない“人間のクズ”である清丸の命を狙う輩が出てくるのは当然で、福岡の知人宅に潜伏していた清丸は、信頼していたその知人からも刃物で襲われ、大ケガを負いながら福岡県警に自首する。警察に身を守ってもらおうという魂胆だった。清丸身柄確保の知らせを受けた捜査本部のある警視庁は、清丸を東京に移送しなければならない。その役を請け負ったのが、警視庁警備部警護課SPの銘苅一基(大沢たかお)とその部下、白岩篤子(松嶋菜々子)、捜査一課から奥村武(岸谷五朗)、神箸正貴(永山絢斗)、そして福岡県警から関谷賢示(伊武雅刀)の5人。この5人は福岡から東京までの1200キロを、48時間というタイムリミットの中、清丸を護送しなければならない。もはや1億人が清丸の命を狙っていると行っても過言ではない。こんなクズのために弾避けになる意味はあるのか…。目の前で手当をしていた看護師が毒殺を試みる、空路で移送するはずだった飛行機の整備士が工作する、さらには護衛する機動隊からも銃口を向ける人間が出てくる…。自分は逮捕されても、借金や負債を抱える家族にまとまった金が入ることを願う市民がひっきりなしに狙ってくるのだ。また“清丸サイト”なるものが開設され、何故か正確な居場所をマーキングする。警察の中に、いや、この5人の中に密告者がいるのか? 10億に一番近いのはこの5人なのだ。一番の敵は5人の中の理性である。そしてついに5人の中から犠牲者が出る。それを笑って見ている清丸の鬼畜ぶり。命を張ってこの鬼畜を守る意味があるのか? 自問自答する銘苅らの出した答えは…。

 なんと言ってもこの設定が面白い。人間のクズを殺せば10億もらえる。そしてSPは仕事とは言え、クズのために命を張れるのか? 映画の中では暴力団を始め、一般市民、そして護衛する警官でさえ清丸に刃物を向ける。この設定ならもっとたくさんエピソードが書けそうだ。ハリウッドリメークなんていいかもしれない。

 そして演出の冴え。今や日本を代表する映画監督、三池崇史。これまでいろんなスタイルの作品を撮ってきたが、その集大成と言っていいのではないか。出演者の人物設定もきちんと描かれており、彼らが何故ここでこんな態度を取るのかがすんなり入ってくる。特に藤原竜也の怪演に注目。今回は珍しく脇に徹しているのだが、ここまでの悪人を演じたことはないだろう。移送中でも、刑事たちの目を盗み民家に侵入、寝入っている少女を襲おうとするクズぶり。松嶋菜々子演じる白岩に向かって「おばさん臭いんだよ」と悪態をついたり、もう1ミリの同情すら与えないふてぶてしさ。そしてラストの凍り付くような一言。藤原竜也ってこんな役者だったっけ?と疑うほどの悪人ぶりだ。

 更にこの映画のエンターテイメント度を高めるド派手なカーアクション。機動隊一個大隊に守られた護送車に突っ込んでくる、清丸殺害のためのダンプ。クラッシュに次ぐクラッシュ、もんどり打つコンテナ、火を吹き上げる大型トレーラー。
 そして銃撃戦も欠かせない。新幹線で移送中に金目当てのヤクザ集団に遭遇、凄まじいガンファイトを見せる。邦画もここまできたかと感心させられる一本だ。


☆「藁の楯 わらのたて」2013年4月26日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザーズ映画
© 木内一裕/講談社 © 2013映画「藁の楯」製作委員会

ヒッチコック  Hitchcock 2013.04.01

 映画ファンと称している人に、ヒッチコックを知らない人はいないだろう。「マスター・オブ・サスペンス」と崇められ、80年の生涯で50本以上の作品を世に送り出している。私の小さい頃でも、チャップリンとヒッチコックだけは映画人として認識していた。
 ヒッチコックに関しては、多くの関連本や伝記の類が出版されているが、この映画「ヒッチコック」はスティーヴン・レベロのノンフィクション本『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』を原作としている。監督はサーシャ・ガヴァシ。傑作ドキュメンタリー「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」を撮った男だ。今作もドキュメンタリーとして作ることは出来ただろう。でもガヴァシは敢えてドラマ化し、ヒッチコック役には名優アンソニー・ホプキンスを起用。ヒッチコックそのものより、彼を支えた妻アルマ・レヴィルとの関係に焦点を当てている。

 ヒッチコックと言えばその代表作に「サイコ」を挙げる人は少なくないだろう。この映画でも「サイコ」の製作過程や、公開間際のすったもんだを克明に描いている。「サイコ」の前作「北北西に進路を取れ」が成功し、評論家からも絶大な支持を得た直後の作品であるがため、周りの期待は大きい。次作品の題材探しに苦悩する。映画会社の持ち込む脚本はクソばかり。そこで見つけたのが当時世間を騒がせた連続殺人鬼エド・ゲインを綴ったロバート・ブロックの小説『サイコ』。しかし妻アルマ(ヘレン・ミレン)はその陰湿な内容に嫌悪感を覚えるが、「主演女優が中盤で殺されるので,観客はビックリだよ」と説得するヒッチコックに、「上映30分で殺すなら」とOKを出す。妻主導の映画製作が伺える。

 案の定、頭の固い映画会社は「ホラーはNo!」と出資を拒否。仕方なく自分の家を担保に自己資金で映画作りをはじめる。しかし、悪運は続く。脚本を読んだ映倫が、あの有名なバスルームでの殺人シーンにダメ出しをする。更にその横のトイレもダメ! 当時はトイレが映るだけでも御法度だったのだ。でもヒッチコックはへこたれない。モチベーションはキャスティングの成功にあった。ヒッチコック映画には
ブロンド美人が付き物。殺される主演女優にジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)、その妹役にはヴェラ・マイルズ(ジェシカ・ビール)が起用された。そう言えば妻アルマも金髪だ。ヒッチコックの“トップ・オブ・金髪女性”はアルマなのだ。そのアルマに浮気の二文字が持ち上がる。脚本家のウィット(ダニー・ヒューストン)の誘いで共同執筆を始めたのだ。ヒッチコックは二人の仲を怪しみ始める。

 そんなこんなでようやく初号試写まで漕ぎ着けた「サイコ」。しかし評価は最悪。そこで一番の金髪女性アルマが言う「解決策は私と組むこと」。編集マンとしても優秀なアルマが帰って来たことに喜ぶヒッチコック。彼女の手によって再編集される「サイコ」。ついに迎えた初日、いても立ってもいられず一人ロビーに佇むヒッチコック。どんな監督でも観客の反応はいつだって気になるもの。ヒッチコックですらそうなのだ。そしてバスルームの殺人シーン。オリジナルの不気味さ、恐怖感はないが、こうやって撮っていたのかというのが分かり楽しい。ナイフを振り落とすと同時に鳴り出すヒステリックなヴァイオリン曲「The Murder」のメロディ。それと共に聞こえる観客の悲鳴。ロビーでその悲鳴も操るように指揮棒を振る真似をするヒッチコック…。

 ヒッチコックは最もオスカーに嫌われた映画人と言われている。「レベッカ」で作品賞は獲ったものの、監督賞はノミネート5回のみで、逃している(1967年、“残念賞”という意味合いのあるアービング・G・タルバーグ賞は受賞)。今年のアカデミー賞でも「ヒッチコック」はメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされたが、ここでも「ヒッチコック!!」と呼ばれることはなかった。

 映画冒頭と最後に、1955年から放送されていた『ヒッチコック劇場』を思わせるモノローグがある。特にエンディングにはヒッチコックの肩にカラスが留まる。何を意味するかは、ヒッチコック・ファンなら分かるはずだ。

 おそらく版権の問題で、ヒッチコックが撮った元の映像がこの映画では使われていない。それが奏功したのか、ますますオリジナルの作品が観たくなった。


☆「ヒッチコック」2013年4月5日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
© 2012 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.