芸能デスックリーン

神は死んだのか  God's Not Dead 2014.12.22

 ここのところ「神」「ゴッド」と名のつく映画が多い。来年1月には『エクソダス:神と王』、『サン・オブ・ゴッド』のようにそのものズバリ「神」を扱うものや、『神さまの言うとおり』、『神様はバリにいる』のようにおまじないや比喩としてタイトルに付けるものなど・・・。
 そして今回の『神は死んだのか』は、敬虔なクリスチャンの学生と無神論者の大学教授のディベートがメインの映画である。キリスト教信者が総人口の1%も満たない数しかいない日本ではかなり取っつきにくいテーマではあるが、“へぇ”がいっぱいあり面白い。

 弁護士資格を取ろうと法学部に入学したジョシュは、哲学を教えるラディソン教授のクラスを受講する。ラディソンはカミュ、ドーキンス、フロイト、チョムスキーら偉大なる詩人、科学者、思想家が無神論者だと言うことを引き合いに出し、自分の講義を受ける者は神の存在を否定する宣誓書の提出を迫る。単位を落としたくない受講生は配られた紙に教授の言うとおりの「God's Dead」とサインし提出するが、敬虔なクリスチャンでもあるジョシュはそれを拒む。するとラディソンはマゾヒスティックな笑みを浮かべ「ならば私とこの生徒らの前で神の存在を証明したまえ!」と言い放つ。講義の時間を使用して自分を論破してみろ、というのだ。下手に反発して弁護士資格をもらえなかったら困るが、自分の信念も曲げたくない・・・。追いつめられたジョシュは知人の神父に力を借りたり、図書館から神学の本を大量に借り猛勉強する。

 本作は全米の大学で実際に起こった信仰に関する訴訟事件に触発されて製作された映画である。

 19世紀の終わりにドイツの哲学者ニーチェの「聖書は虐げられた者のルサンチマンであり、弱者の傷の舐めあいだ」と信仰を否定した「神は死んだ」宣言。科学の進歩によって信仰はますます軽んぜられる。UFOや宇宙人のように「神は存在しない」といってしまう方が簡単である。存在する物的証拠を提出するのは非常に困難であるからだ。でも人間は切羽詰まって二進も三進もいかなくなった時に、愛する者が他界しそうな時に、思わず叫んでしまうのが「神さま〜!」である。まさに神頼み。誰もが一度はか「神さま助けて!」と願ったことがあるはずだ。
 このラディソン教授も元々クリスチャンではあったが、母の死を助けてくれなかった、あれほど神にお願いしたのに・・・。それで神を憎むようになったのだ。私が思うに神は「助けてくれる」存在ではなく「導いてくれる」者だと思うのだが。ジョシュはラディソンの「神が憎い」と言う言葉を聞き出したからシメたもの。「存在しないものを憎めますか?」と切り返す。さしずめ検事がラディソン、弁護士がジョシュ、受講生が陪審員の法廷劇のようなもの。この裁判、ジョシュの勝利である。生徒が教授を、最初はやり込められるが後半はコテンパンに打ちのめすのは小気味いい。

 ジョシュとラディソンのディペートが本筋であるが、宗教がらみの小エピソードも絡んでくる。イスラム教で育ったがアメリカの大学でキリスト教にのめり込み、親に勘当されるアラブ女性、無神論者である夫の考えに着いていけなくなり離婚するラディソンの奥さん、がん宣告を受け神に傾倒していく元々無神論者のジャーナリスト、届けられたレンタカーがことごとくエンストし苛つく神父をこれも神の思し召しと諭す友人・・・。
 まあこの映画、キリスト教のプロパガンダのようなもので、ちょっと度が過ぎるなと思う点もある。特に最後、天罰なのか交通事故にあって瀕死のラディソンに、神父の言う言葉が止めを刺す「ここにいる誰よりも早く神に会える」。


☆『神は死んだのか』2014年12月13日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷他にてロードショー
配給:シンカ
© 2014 God's Not Dead. LLC

ゴーン・ガール  Gone Girl 2014.12.08

 ミズーリ州の小さな町で瀟洒な邸宅に住む夫婦ニック(ベン・アフレック)とエイミー(ロザムンド・パイク)。誰もが幸福なカップルと思われていたが、5回目の結婚記念日を迎えた日にエイミーが姿を消した。ガラステーブルが粉々にわられ、キッチンには大量の血を拭き取った跡が残る。警察は他殺と失踪の両面から捜査を開始するが、当然ながらニックに不審の目が向けられる。2人の出逢いは7年前、NYでライターをしていたニックがパーティーでエイミーにナンパしたのがきっかけ。エイミーの親は児童文学の作家で、エイミーをモデルとした絵本「Amazing Amy」が大ヒットし、セレブの仲間入りした女性。しかしミズーリ州に移り住むとニックには仕事がなくなり、双子の妹マーゴ(キャリー・クーン)とバーを経営することで生計を立てていた。そんな夫婦生活をエイミーが望んでいたはずもなく、夫婦間は冷え切っていた。セレブのエイミーが姿を消したことで地元はおろか全米中がこの事件を注目することになり、マスコミは夫のニックをまるで犯人扱いのように取り上げ、無責任なSNSはニックの私生活まで暴いていく。そんな時、事件担当のボニー刑事(キム・ディケンズ)は地下室の暖炉の中から、なぜか燃えきってないエイミーの日記を発見する...。

 原作は2012年に発表され大ヒットしたギリアン・フリンの3作目の小説。日本でも「このミステリーがすごい」で9位、「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」では6位と2013年ミステリー賞の習作とされている。フリンの処女作「KIZU-傷-」もアメリカでドラマ化の予定があるし、2作目「冥闇(めいあん)」も『Dark Places』というタイトル、クロエ・モレッツ主演で来年全米公開の予定だ。そんな注目の作家フリンがこの映画では脚本も担当しているので、スチーリー展開が緻密。事件の展開とエイミーの日記による“回想”の2つの話が絡まり合い、極上のミステリー映画になっている。

 監督は『セブン』『ソーシャル・ネットワーク』のデヴィット・フィンチャー。初期の“映像作家”的ななりは潜め、ここ最近の映画ではストーリーを確実に伝える監督になった。全米ではフィンチャー作品としては過去最高の出だしを記録した。主演のベン・アフレックは「フィンチャー作品に出られるのなら」と『Butman v Superman』の撮影と、自身の監督作の準備を延期して挑んだ。明らかにニックはベンのハマリ役で、口数の少なさ、不器用さで全米のひんしゅくを買う男を好演している。
 しかし、この映画はエイミー演じるロザムンド・パイクの映画だ。

 パイクは映画デビューが2002年の『007 ダイ・アナザー・デイ』のボンド・ガール。しかしもうひとりのボンド・ガール、ハル・ベリーが黒人初と言うこともあり、話題はそっちに。その後もジョニデ共演の『リバティーン』、トム・クルーズ共演の『アウトロー』など話題作には出演するも強い印象を残していない。美人だが表情の変化に乏しいせいなのか。そう言えばピッタリのハマリ役があった。2009年のブルース・ウィリス共演『サロゲート』での身代わりロボット役。あの無表情がパイクの演技に合っていた。そして今作『ゴーン・ガール』でも決して本性を現さないエイミーを冷たい表情で演じている。その感情を表さない演技がこの映画で成功している。オスカーにも絡みそうだ。

 思えばフィンチャー作品は強い女性が多い。シガニー・ウィーバー演じた『エイリアン3』リプリーは言うに及ばず、『パニック・ルーム』のジョディ・フォスター、『ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラetc...。『ゴーン・ガール』でもパイク以外にも、ニックの双子の妹マーゴの、ダメな兄貴を叱咤しながら最大限の兄妹愛で励ます姿。女刑事ボニーの、若い相方に苛つきながらも信じた仕事に邁進する姿勢。ワイドショーの女性MCの、“ニックは女性の敵”と決めつけたような品のない司会ぶりなど。全女性、男よりも強そうだ。

 そして、本作全体を通しても、男にとって空恐ろしい結末にイヤ〜な気分にさせられる。未婚の男性にとっては結婚が怖くなるだろう。エイミーの最後のセリフ「これが結婚というものよ」にドキッとさせられる。
 「イヤミス(後味悪いがクセになるミステリー)」と言う言葉があるそうだが、まさにこの映画がそうだ。


☆『ゴーン・ガール』2014年12月12日(金)より全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
© 2014 Twentieth Century Fox