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アメリカン・スナイパー  American Sniper 2015.02.23

 イラクの激戦地ファルージャの荒廃したビルの屋上、Navy SEALsの狙撃兵クリス・カイル(ブラドリー・クーパー)が、一人の少年とその母親と思われる女性に照準を合わせる。女性の懐から対戦車手榴弾を取り出し少年に渡す。数十メートル離れたところにはアメリカ軍歩兵部隊。少年は手榴弾を手に米軍に向かって走り出す。クリスの右手の人差し指が動く・・・。
 冒頭から非常に濃密なシーンが展開される。物語は160人(一説には255人とも)を射殺し“レジェンド”と尊敬の眼差しで見られる実在の元狙撃手クリス・カイルの人生を描いている。彼は少年時代、父親から「人間は3種類いる。“羊”と“狼”と“番犬”だ。狼は自分では身を守ることのできない羊を襲う。お前はその羊を守る番犬になれ」と教わる。これがクリスの人生に大きく影響していく。青年になったクリスはTVでアルカイダのツインビル破壊を見て、海兵隊入軍を志願する。愛する祖国、家族を守るために。“野蛮人”イラク人を殺すために。そして最初の狙撃が冒頭の少年だったのだ。

 戦争は、自分の信じる物、大切な物を守るために行われる。少なくても兵士はそう信じ込んで戦場に向かう。そう心に言い聞かせなければ、敵であろうとそう簡単に人を殺せないはずだ。クリスにしてもそうだった。少年を撃たなければ、味方が十数人死んでしまう所だったのだ。“狼”だけではなく“羊”も殺さなければならないのが戦争だ。クリスは最初の出征の直前、タラという女性(シエナ・ミラー )と結婚している。守るべき家族が存在している。家族が安心して暮らせるために戦地に赴く。しかし、戦争というのは感覚を麻痺させる麻薬のような物だ。“愛する物を守る”ための戦争が、同僚の戦死を体験し、敵を“憎む”感情が芽生えてくる。そうなると“敵を殺す”ための戦争になってくる。映画にはクリスのライバルであるイラク側の凄腕狙撃兵ムスタファが登場する。映画の後半は彼との一騎打ちだ。クリスは彼を殺すために銃弾の嵐の中に立つ。

 一方、戦地を離れたクリスは良き夫、良き父親として描かれている。しかし、戦争体験はクリスの心を休ませない。大きな音に過剰に反応したり、異常に家族をかばう。生まれたばかりの娘が保育器でクズついているのに、看護師は無視して他の赤ちゃんをあやしているのを見ると、たががはずれたように怒鳴り散らす。PTSD(心的外傷後ストレス障害)である。そして戦地の興奮が忘れられず、再び出征を志願する。戦場では家族を想い、家庭では戦場を忘れられないのだ。クリスも戦争の犠牲者であり、この映画は巷で言われているような愛国的な映画では決してないし、ちっともクリスを英雄視などしていない。

 監督は9年前に『硫黄島からの手紙』『父親たちの星条旗』を撮ったクリント・イーストウッド。イーストウッドは善悪の判断を映画を観た人に委ねることが多い。『硫黄島…』と『父親…』の2本は、太平洋戦争を日本とアメリカのそれぞれの立場で撮り、戦争の両面を晒した作品だが、今回の『アメリカン・スナイパー(以下アメスナ)』はそれを一本にまとめている。表現時間こそ少ないが、イラク人家庭の雰囲気や心遣いも、単なる悪者として描いていない。見落としがちだが、敵のスナイパー、ムスタファにしても、子を持つ父親の面をさりげなく描いている。彼も守るべき物のために闘っているのだ。

 映画の中で子供に照準を合わせるシーンら2回出てくる。1回目は冒頭に説明したように、わりと躊躇なく任務のために引き金を引くが、別のシーンで子供が対戦車砲を拾って米軍に向かって撃つ構えをした2回目は、クリスは吐きそうになるほど悩む。自分に子供が出来たことと無関係ではないだろう。マイケル・ムーア監督がTwitterで「後から敵を撃つ狙撃兵なんてヒーローでも何でもない。ただの臆病者だ」とケチを付けていたが、確かにクリスをヒーローとして描いてはいない。ムーア監督の発言はこの『アメスナ』がアメリカで異常にヒットして愛国映画として持て囃されている事に危機感を感じてのつぶやきだろう。でも、銃社会を痛烈に非難しているムーア監督が、銃所持の権利を主張する共和党員であるイーストウッドへの反発でもあるかもしれない。

 クリス・カイルを演じ、『アメスナ』の製作も兼ねているブラッドリー・クーパーは本人に似せるために体重を18キロ増やし挑んだそうだ。クリスをよく知らない日本人からすると、似てようが似てなかろうが関係ないが、アメリカ人の中ではそれこそレジェンドであるので、体重増量も仕方ないのだろう。あの『ハングオーバー』シリーズの優男のイメージは全くない。そのクーパーだが以前からデ・ニーロとイーストウッドとは共演したがっており。デ・ニーロとは2011年の『リミットレス』で共演している。しかし、イーストウッドとの共演はなかなか果たせず、『硫黄島…』あたりからオーディションにずっと参加していたという。そもそもこの『アメスナ』の監督はスティーブン・スピルバーグに決まっていた。しかし理由は定かではないがスピルバーグが降り、イーストウッドに役割が回ってきた。そのお陰でようやく“共演”できた。映画そのものも結果論だが、イーストウッドが監督で良かった。彼の映画にはいつも“死”の臭いが感じられる(『ジャージー・ボーイズ』は例外)。『アメスナ』も然り。無音のエンドロールが象徴的だ。


☆『アメリカン・スナイパー』2015年2月21日(土)より新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー他全国ロードショー〈R15+〉
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC