2009年 6月12日 金曜日放送 - デトックススポーツハイパーアスリート引退名セリフ列伝!2000年のシドニー五輪で日本人女子として史上初めて五輪の陸上競技で金メダルを獲得したQちゃんこと高橋尚子。国民は2大会連続金メダルを期待した。
だが、03年東京国際で3位となり、アテネ五輪代表の座を逃すとマラソン人生に陰りが。北京五輪代表選考レース、名古屋国際に出場するもまさかの27位と惨敗。“高橋は終わった”。
この7か月後の去年10月引退会見を開いた。名ゼリフがこれだ!
「足が痛いとか調整不足とかではなく練習をしていくなかで“プロ高橋”の走りが出来なくなった」
“プロ高橋の走りが出来なくなった”彼女のマラソン哲学を表現した言葉であった。
巨人の49代目4番バッターであり、今年WBCで監督として日本代表を世界一に導いた原辰徳。95年10月8日対広島戦が引退試合となった。
このゲームで原はなんとホームランをぶっ放した。この試合後に行われた引退セレモニー、巨人一筋15年、原の言葉にファンは目頭を熱くした。これだ!
「小さい頃、野球選手になりたい、ジャイアンツに入りたい、その夢を持って頑張りました。そして今日、その夢は終わります。しかし、私には夢の続きがあります。その言葉を約束して今日、引退します」
“夢の続き”それは巨人のユニホームに再び袖を通すこと、それは現実となり日本一に導いた。原の夢はまだまだ続く。
デトスポファミリーであり、元WBA世界ライト級チャンピオンの男。そんな小堀が突如引退会見を開いたのだ。
「もう疲れました。潔く身を引こうかと思いました」
これが小堀の精一杯の名ゼリフだ。だが、もっと深い理由があるはず!藤田が本人を直撃した。すると、
「首のヘルニアで手がしびれて…、現役は厳しいかなと思って」
今年1月の防衛戦に失敗したあと、首と腕にしびれを感じるようになり引退を決意したという。第二の人生はどんなプランを?
「インドに旅立とうかと…。遠い国に行ってリセットしようかと…」
小堀よ、長い選手生活お疲れ様!デトスポはこれからも小堀を見守り続けるぜ。