2010年 5月28日 金曜日放送 - デトックススポーツハイパー「ラッシャー木村さん追悼スペシャル」昭和のプロレスの黄金時代を築いたラッシャー木村さんが68歳で永き眠りに付いた。ラッシャーさんといえばデトスポでも何度もお伝えしたマイクパフォーマンス。
そこで盟友・永源遥さんに記憶に残るパフォーマンスをチョイスしていただき、ラッシャーさんの思い出を語ってもらう。
永源遥さんといえば班パンにラッシャーさんのマイクの餌食になった男だ。
ラッシャー「永源!永源がこの前、テルテル坊主下げただろ。あれが効いてすっかり天気になったじゃないか、このやろう」
2人はともに相撲界からプロレス入り。先輩のラッシャーさんは永源のデビュー戦の相手を務めた。
永源「木村さんとはもう半世紀ですね。相撲からプロレスに入るのも、木村さんの紹介で入って、デビュー戦も木村さんだし、ずっと一緒にやってきたんです」
そこで、盟友・永源さんが選ぶ、記憶に残る名マイクパフォーマンス・ベスト5!
当時、40歳近くで独身の渕正信。そんな渕をラッシャーさんがいじり倒すのだ。
ラッシャー「渕、ちょっと顔出しなさい。最強タッグも最終戦をむかえると、ああ今年も終わりかって思いますね。それと同時に、ああ今年も結婚ダメか。今から言う事は俺が言うんじゃなくて、お前の両親が言っているんだと思って聞きなさい。正信、お前いつまでも1人でいるけど、まさか変な趣味はないだろうな。渕、いっぺんでいいからな、最終戦ぐらいは俺によ、おめでとうって言わせてくれよ、このやろう。今シーズン随分俺も頑張ったけど、とうとう結婚ダメじゃないか、このやろう。まあいい、最終戦だから今日は永源になんか言ってもらおう。」
永源「木村、来シーズンは必ず渕の嫁さんを探してくれよ。もうこの際、顔なんかどうでもいい、探してくれ!」
ラッシャー「俺もな、俺もここまで来たら、顔なんかどうでもいいと思ってんだよ」
その後も結婚できない渕、そこでラッシャーさんが女性の口説き方を教えた。
ラッシャー「渕、お前マイクを持ってきたって事は何を言ってもらいたいのか。ファンのみなさん!木村三等兵は元気で武道館に戻ってきました。渕、お前笑ってんのか、このやろう!ところでお前、カラオケ好きか?『ぺサメムーチョ』って歌知ってるだろ?この歌は女性を口説く時に歌う歌なんだよ。だから今度カラオケやる時は必ずこの歌を歌いなさい。ここまで来たら、これはいいと思うものは何でもやってみなさい」
永源「ラッシャーさんが渕に、リングサイドにいる女の子に『どうだい?このキレイなお嬢さん』なんて事は何回か言った事ありますね」
永源「『アニキ今日はどっかに行こうな』って言ったら、いつも馬場さんがニヤッと笑って終わりだったんですよ」
ラッシャーさんにとって、ジャイアント馬場さんは憧れの存在。馬場さんへの溢れる愛情をマイクで伝えたのだ。
ラッシャー「アニキ!いつも、博多に来ると明太子ばかり買うけど、今回は博多人形買おうな!それで、ふたつ買って、オレにひとつくれよ!」
ラッシャー「アニキ!今年もものすごい数のチョコレート貰ったらしいじゃないか。1人でな、1人で食べ切れなかったらオレ、アニキの家まで取りに行くからな!すぐ持って帰られるように悪いけど、袋に入れといてくれよ。頼むよ!」
1991年、骨折によりリングから遠ざかっていた馬場さんが復帰。このときを誰よりも待っていたのがラッシャーさんだった。
ラッシャー「アニキ、カムバックおめでとう!オレは今日のこの日をどんなに待ったか知れないんだよ。アニキ、寝れない日もあったよ。だけど今日からオレはグッスリ寝るぞ。幸せだなあ…。オレは、オレはアニキと一緒にいる時が、一番幸せなんだ。オレは、オレは死んでもアニキをはなさないぞ。いいだろ?」
永源「リング上で僕に一緒にランバダ踊りに行こうとか」
ラッシャー「永源!今年一年を振り返ってみると、お前は随分腰の回転が良かったな。やっぱりお前は普段、ランバダを踊っているだけの事はあるな。永源、もうちょっと待ってくれよ。永源も大熊も聞いてくれ。今年一年本当にご苦労さん。それじゃあな、それじゃあ来年まで、ごきげんよう!」
永源「ナンパは一緒にした事はないですね。俺と木村さんじゃ相手来ないでしょ」
なんと、ラッシャーさんがナンパに行こうと永源さんを誘っていた。その伝説のパフォーマンスがこれだ。
ラッシャー「永源!春だというのにまだちょっと肌寒いね。そのうち桜が満開になったら大熊と永源とオレと3人でガールハントに行こうね!渕、渕、お前は連れて行かないよ」
なんとも心和ませる笑いを与えてくれるラッシャーさん。
人柄も優しかったという。
永源「リングに上ったら、性格の激しいところはありますけど、リングを下りたら本当に紳士で優しくいい人ですね。自分の家の前でネコが倒れていたらしいんです。交通事故かなんかあって。あの人動物好きなんですよ。病院に連れて行って13万とか15万払ってあげた。そういう人間なんですよ。木村さん、長い間ありがとう。これからはゆっくり休んでください」
ラッシャーさんは2003年から体調不良のためリングを離れた。病と闘い続ける中で、2004年に引退を決意。最後のパフォーマンスはビデオレターで病床からファンに引退を伝えるものだった。
ラッシャー「こんばんは、ラッシャー木村です。みなさまにお会いできるという事で、顔でもキレイにしてみようかなと思いまして、今まで伸ばしていたヒゲをキレイに剃ってみました。カムバックを願って一生懸命リハビリやってきましたが、なかなか思うようにいかず、ここに引退を決意致しました。今度みなさまにお会いできるのは、どこか体育館で是非お会いしたいと思います。それではその日までごきげんよう、さようなら」