2010年 10月8日 金曜日放送 - スッキリ!!TIMES銀座、雷門、日本橋 今昔物語…激変する風景に驚き
今日、紹介する本は「東京今昔散歩」。
東京の現在と昔を写真で比較できる本だ。東京は空襲や関東大震災で色々と変化している。
さっそく中身を見てみよう!


実は、この雷門は1960年に、松下幸之助の寄進で再建された門。
1907年(明治40)、門が無かった時代。当時は明治政府の公園地だった。
もともとの門は江戸末期に火事で燃えてしまった。それから1960年にまでは門が無かった。


浅草の仲見世は今や大観光地。外国人も多く見られる場所。
1907年(明治40)の浅草・仲見世にはアーケードはない。
江戸時代から続くこの場所は、明治に入って煉瓦造りの洋風建築になった。
“雷おこし”の文字が見える!


東京 オリンピックの際に急遽、建設された高速道路ですっかり覆われてしまった現代の日本橋・・・。
過去はというと・・
昭和初期の日本橋は明治時代に石橋になった。
下に流れる川は、橋から名がついて、“日本橋川”と呼ばれていた。


我らが汐留にある“浜離宮”。右にはオフィスが見えるが、日テレがあるのはこの辺。
もともとは将軍家(徳川)の別邸で、“浜御殿”という名称だった。
明治になってから、皇室の離宮となった。


現在の吾妻橋は1931年に建設されたもの。近年になって、欄干や電灯の色は赤で統一された。
大正時代中期は隅田川初の鉄橋があった。近代化を象徴するこの橋は東京名所として絵葉書などに盛んに取り上げられた。その後、大震災で焼け落ちてしまった。


数々の文化財が集められ国内有数のコレクションを誇る博物館。
明治時代は帝室博物館という名前。当初、そこにあった寺の正門が使われていた。奥に煉瓦造りの博物館がのぞく。


土日には歩行者天国になる銀座四丁目。まだ和光が改装途中の写真ですが・・
明治時代の風景を見ると、左側に見える時計台は、和光の前身である服部時計店。
当時からこの場所に時計台はあったのだ。


こちらも東京の名所、隅田川にかかる新大橋。
現在の橋は1978年に架けられたもの。
関東大震災の時、隅田川のほとんどの橋が燃える中、この橋は燃えずに人命を救ったことから“お助け橋”と呼ばれた。
この橋の一部は現在も、愛知県「博物館 明治村」に残されている。


左に見えるのが博品館。高架をくぐれば銀座です。
なんで「新橋」というか? 「橋」があったから。
明治末頃の新橋を見るとこれが、汐留川にかかる新橋だ。
現在、川は埋め立てられてしまった。
『東京今昔散歩−彩色絵はがき・古地図から眺める− 』(中経の文庫)
著者 :原島 広至
定価:690 円(税込)
発行:中経出版