2010年 10月19日 火曜日放送 - スッキリ!!TIMES今度は横浜・大阪編!あの名所の今昔を“写真で散歩”

今度は横浜・大阪編!あの名所の今昔を“写真で散歩”

先々週に紹介した「東京今昔散歩」。その第2弾「横浜今昔散歩」、そして第3段「大阪今昔散歩」を今日はまとめてご紹介する。
横浜、大阪それぞれの今と昔を比べてみよう。

中華街・善隣門

横浜といえば中華街!中華街大通りの西の善隣門は、10個ある門の中でも中華街を代表する門。

昭和初期は…


立派な門はこのときにもある。「中華街」の字も変わってない。というのも、ここに“中華街”と書かれたことで、「中華街」と呼ばれるようになったそうだ。

中華街

中に入って見る。神戸、長崎、横浜と日本三大中華街のひとつ。賑やか。
大正時代は…


意外に人通りが少ない。1859年の横浜開港後、この辺りは中国人の貿易関係者が移住し、「南京町」と呼ばれた。当時は飲食店が少なく、両替店や食材、雑貨店が多かった。

伊勢佐木町1丁目

こちらも賑やかな繁華街。立ち並ぶ、ショッピングモールを総称して「イセザキモール」と呼ばれている。
明治42年は…

これは横浜開港50周年を祝う伊勢佐木町の様子。去年が開港150周年だったので今から100年前だ。右の三角屋根は“横浜館”と呼ばれたデパートの前身。

元町通り

横浜を代表する繁華街。オシャレな石畳だ。

明治時代は…


外国人居留地に挟まれていたので外国人観光客向けの美術商や絵葉書屋が多くあった。当時珍しかったパン屋、洋服屋も!中央に見えるのは、“帝国万歳”の提灯。

通天閣

大阪のシンボル。新世界という場所がある。幸運の神「ビリケン様」で有名だが、新世界には至る所にビリケン像がある。写真右下にもある。

大正時代は…

元々はルナパークという遊園地のシンボルとして誕生した。当時、広告は「ライオンはみがき」だった為、“ライオン塔”なんて言われていたそうだ。
ところで、この大正時代の通天閣。どこかで見たことがないか?
実は、上の塔はパリのエッフェル塔、下部は凱旋門を模している。

戎橋(えびすばし)

戎橋は道頓堀と、心斎橋筋の間に架かる橋。よく昔はタイガースファンが飛び込んだりする場所としても有名だった。川沿いはネオン看板だらけ。

明治時代は…

明治時代なんで建物の高さは低くなっているが、正面に今と同じような看板が見える。江戸時代は木橋だったのが、明治には、鉄橋に変わった。

心斎橋

ミナミの有名な横断歩道、心斎橋。なぜ「橋」というのか?
明治時代は…

ここには川があったのだ。それに架かる橋だったわけ。
これは鉄橋で、当時は非常に珍しかったことから、よくシンボルとして絵に描かれたそうだ。

『横浜今昔散歩』『大阪今昔散歩』(中経の文庫)
著者:原島広至
発行:中経出版
定価:各690円