2011年 3月3日 木曜日放送 - スッキリ!!TIMES警視庁カメラマンが撮りためた東京大空襲前の情緒ある東京ちょうど1週間後の3月10日は、東京大空襲のあった日。
今、新橋で“空襲の前の東京”の写真展が開かれている。
撮影者は石川光陽氏。
ドイツ製の、“ライカ”を使って撮影していた。




東京乗合自動車は、大正8年開業のバス会社。
ボディーが緑色で「青バス」と呼ばれた。
バス車掌の制服が白い襟だったので「白襟嬢」と呼ばれ、女性の社会進出のさきがけだった。


地方から来て都会で働く人はめったに帰省できなかった。
大きな風呂敷包みやバスケットを持ち、よそ行きのおしゃれをして帰省する姿


今とあまり変わらない上野駅。空襲の被害をまぬがれた。
当時の日本には珍しい行き止まり式ホーム。
左のカウンターは案内所


交差点には三越銀座店と、服部時計店があり、賑わっていた
流行した言葉は、モボ(モダンボーイ)、モガ(モダンガール)
男女、共に帽子をかぶり、おしゃれをして銀座に出かけた。
着物姿の人も多くみられる。


デパートの松屋の前でおしゃべりする女学生たち
右奥に見えるのは銀座で最も古い薬屋である松澤八右衛門商店(1696年創業)


昭和の初めはカフェブームで東京のあちこちにカフェー街と呼ばれる通りがあった。
写真は、高円寺南口。

53年ぶりに浅草にふった大雪の日。積雪は31センチだった。


当時の大福が1個10円
「30分以内に12個食べればタダ」と宣伝したので、いつも人だかりができていた。


吉原を歩く、花魁たち。
左側の女性は、「立兵庫」という伝統的な髪型をしている。


高架の面影は今も残っている
駅の売店とポスト、右には公衆電話が見える
土地の売り出し看板にある“鶴屋町”は、今の横浜駅西口あたりになる。
「石川光陽写真展」
場所:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
3月21日(月)まで 入館料無料