ワシントンナショナルギャラリー展

新国立美術館

展示会紹介

ごあいさつ

vol.7


マサチューセッツ通りにある、通称「エンバシーロウ(大使館通り)」。ここで「異彩を放つ」日本大使館からワシントンD.C.の街中に向かう途中に、こぢんまりとした、しかし珠玉の絵画作品約2500点を有する美術館が建っている。

これが世に名高い「フィリップス・コレクション」。

もともとは鉄鋼業で財を成したフィリップス家の私邸で、まず当時の主人ダンカン・フィリップスが、相次いで亡くなった父と兄の追悼のために作品の収集を始め、結婚後は、画家でもあった妻マージョリーと、素晴らしいコレクションを築きあげた。この作品群を、1921年、自宅の大きな2つの部屋で一般に向けて公開したことから、「フィリップス・コレクション」(当時の名称は「フィリップス・メモリアル・アートギャラリー」)は始まっている。

本コレクションの目玉作品といえば、ルノワールの《舟遊びの昼食》をはじめ、エル・グレコの《悔悛の聖ペテロ》やゴッホの《アルルの公園の入り口》など。2005年には、六本木の森アーツセンターギャラリーで「フィリップス・コレクション展」が開催され、上記を含む名品の数々が公開されたので、こちらでご覧になった方も多いだろう。

この美術館の特徴は、旧邸宅ならではのアット・ホームな雰囲気が、館全体を満たしているということだろうか? また、全体的に人口密度が低く、作品と鑑賞者の間に規制線がない(美術館によっては規制されているところもあるのでしょうが)ために、ゆったり間近で作品と向かい合うことができるのも、「フィリップス・コレクション」はじめ多くのアメリカの美術館でみられた驚くべき点であった。

たとえば、私がルノワールと交信中の、絶望的に色気のない下の写真をご覧あれ。「フィリップス・コレクション」では、美術館きっての名品《舟遊びの昼食》を、こんな風にひとり占めできちゃうわけである。

こうして観た時に初めてわかるルノワールの素晴らしさは感涙ものだ。

というのは、私は昔から、ルノワールのこういった「幸福な絵画」を好きではなく(もちろん、例外はありますが)、オルセー美術館所蔵の《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》と並び称される天下の名品《舟遊びの昼食》も、「描かれている人といい、色彩といい、なんつーか、締りのない絵だなあ」と思っていた。

しかし、わずか数十センチの距離でルノワールの筆致をじっくりとたどったこの時ばかりは、不覚にも感動してしまったのである。画中のテーブルに置かれたグラスやビンの、きらきら輝くエマイユのような表現や、柔らかく瑞々しいルノワールのタッチ。たとえそこに描かれたモデルたちがドン臭くても、輪郭があいまいなゆえに、全体的にぼんやりとした印象になっていても、やっぱりルノワールはスゴかった! そんな当たり前なことを、再認識、というより実感できただけでも、「フィリップス・コレクション」を訪れた甲斐があったというものだ。

このほか、本コレクションには、マネ、セザンヌ、クレーなど、日本では画集でもあまり見たことのない、しかし素晴らしい作品が数多く展示されている。アメリカの富豪たちの確かな目と懐の深さを確認できるという意味でも、ワシントンを訪れた際には、ぜひ訪れていただきたいスポットだ。

この「フィリップス・コレクション」を出て、マサチューセッツ通りをまっすぐ下ると、ワシントン一の繁華街「デュポン・サークル」が見えてくる。あの有名な総合科学雑誌「ナショナルジオグラフィック」の協会本部もあるこの界隈は、レストランやショップが建ち並び、ビジネスマンや若者がひしめく人気のエリア。大きなゲイ・コミュニティがあることでも有名なので、男性諸氏は女性以上に用心した方がいいかもしれない。

さて、レストランの話が出たので、ここでワシントンでの食生活に関するアドバイスをしておこう。わずか1週間にも満たない滞在だったにもかかわらず、私たちは、ワシントンでの「食」について、決定的な事実を導き出した。それは、この街でステキなランチやディナーを楽しもうと思ったら、(それが日本人になじみ深い、チャイナタウンの中華料理店であろうとも)「絶・対・に!」飛び込みで飲食店に入ることなかれ、ということだ。まずは日本人のガイドさんに聞くなり、ネットでリサーチするなりして、「旅」の重要な部分を占めるおいしい食事にありつくために、日々の情報収集を惜しまないこと。それこそが、あなたのワシントン・ライフを充実させる、ひとつのカギとなるだろう。


アート・ライター。現在「婦人公論」「マリソル」「Men’s JOKER」などでアート情報を執筆。
アートムック、展覧会音声ガイドの執筆も多数。