3.11 あの日から、6年。

2017年3月10日(金)

村尾キャスター「7度目の原発取材 廃炉の“困難な壁”」

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村尾キャスター7度目の福島第一原発取材。
現地には“ある変化”が。
そして、40年かかるといわれる
廃炉の作業はどこまで進み、どんな困難な壁が立ちはだかっているのか、
村尾キャスターが取材しました。

2017年3月10日(金)

小正キャスター「“原発に最も近い病院”の危機」

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福島第一原発の事故後、周辺の病院は軒並み休止していますが
唯一診療を続けている病院が広野町にあります。
小正キャスターが、この病院を取材。
被災地の医療という枠を超えた日本全体が抱える
問題が見えてきました。

2017年3月9日(木)

「二重被災」

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去年8月、“史上最悪クラス”の台風10号が岩手県を襲いました。
最も被害をうけた地域は、震災でも大打撃を受けた宮古市。
同じ地域で、異なる災害により被災する「二重被災」の現実とは。
また、これまで何度も起きている二重被災を防ぐにはどうしたらいいのか。

(※動画には津波の映像が含まれています。)

2017年3月8日(水)

板谷キャスター「5年9か月後の遺骨」

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去年12月、津波で行方不明になっていた
当時7歳の少女の遺骨が見つかりました。
捜索を続けてきた父の“壁”となったのは、今なお高い放射線量。
現場は、福島第一原発がある福島県大熊町でした。

2017年3月7日(火)

桐谷キャスター「車避難を考える」

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3.11当時、多くの人が車で避難し渋滞が発生。
中には身動きがとれず、津波に巻き込まれた人も。
しかしその後も「津波警報・注意報」が出るたび渋滞に…。
“次に来る津波”から身を守るため、車避難を検証しました。

2017年3月6日(月)

櫻井キャスター「6年ぶりに避難指示解除…“人住む町”へ」

私が訪れたのは、福島県富岡町役場。

避難指示が出され郡山に移転していましたが、
3月6日、町に戻ってきました。
動き出したのは役場だけではありません。

町内には家を失った方などが住めるように、
『災害公営住宅』が建設され、
商業施設もオープンしました。

福島第一原発からおよそ10キロ。

富岡町の沿岸部は津波で流され、
町内全域が避難区域に指定され、
震災後、
これまで町には誰も住むことができませんでした。
しかし、2017年4月1日、
一部地域を除いて避難指示が解除され、
住民が戻ってこられるようになるのです。

2月に行われた役場の引っ越し作業を、
私も手伝わせていただきました。

■富岡町役場総務課 堀本航生さん(29)
「避難をして6年分のものがあるので、
結構量も多いです。」

「本庁舎がここで再開をして、
仕事をしているということが町民の方にとって
安心材料の1つになるのかなと」

■櫻井
「一方で職員のみなさんも(生活の拠点が)別々だから、
ここでさあ4月から始めようというのは
正直今大変ですよね?」

■富岡町役場総務課 堀本航生さん(29)
「通勤の部分ですとか家族の問題ですとか、
震災以前のような状況よりかは
負担は多少なりともあるのかなと。」

しかし、同じ富岡町でも
住民が戻ることができない地域もあります。
放射線量が高い「帰還困難区域」です。

今回、特別に許可をしてもらい、
短時間ですが、取材することができました。

■櫻井
「もう町の雰囲気ががらーっと。
全く人が入ってない、そんな感じがしますよね。」

およそ3割の住民が住んでいた帰還困難区域。

着の身、着のままで避難したのか、
震災当時の状態で放置されている家も。

富岡町のシンボル“桜のトンネル”もありました。

除染作業で出た土壌なども、山積みに。

■櫻井
「見渡す限り360度、緑のシートですね。
遠く向こうまで続いています」

この仮置き場の状態がいつまで続くのか、
具体的にはわかっていません。

■自宅が「帰還困難区域」にある鈴木瞳さん(33)

いわき市内の仮設住宅で暮らす鈴木さんは。

■自宅が「帰還困難区域」にある鈴木瞳さん(33)
「(避難指示)解除になっても
私は帰らないって思いました」

6年経った今でも、
変わり果てた町の姿に胸が苦しくなるといいます。

■自宅が「帰還困難区域」にある鈴木瞳さん(33)
「原発もまだ完全には収束してないので、
子供連れて帰るのは、私は嫌だなと。」

富岡町の住民に行われたアンケートでは、
『戻らないと決めている』人は57.6%、
一方、
『戻りたいと考えている』人は、16%しかいません。

戻りたい人が少ない中住民の医療環境を支えるため、
町に戻ってきたのは、医師の今村諭さん。

週3日の診療日は町の許可を得て、
富岡町の自宅に寝泊まりしています。

■富岡町の診療所で働く医師 今村諭さん(61)
「イノシシとかタヌキとか
夜中になるとすごく出てくる。」

自宅の周りにはたくさんの足跡やフン。

さらに、
生活する上で"別の問題"も。

エアコンなどを取り付けたくても、
一般の配送業者がまだ町に入って来られないため、
設置できないといいます。

家族は学校や仕事のため避難先の神奈川県から戻らず、
初めての単身赴任。

■富岡町の診療所で働く医師 今村諭さん(61)
「夜はもう本当に静かになっちゃいます。
ある程度年齢がいっているので、
何が起きるかわからない。
スマホ持っていて、
いつも連絡とれるようにしておかないと。」

■櫻井
「4月以降、
富岡町はどのようになっていったらいいと思う?」

■富岡町の診療所で働く医師 今村諭さん(61)
「復興というよりはもうほんとに再生、再出発。
徐々に徐々に、
また1から出直しに近い状態でやっていかないといけない。」

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