2008年10月17日
金融危機、「以前」
最近、海外の英語ニュースを見ていると、特にイギリスで
「BC」という表現を耳にする機会が多くなりました。
BCって元々は<紀元前>Before Christということですよね。
これにかけて、Before Crisis、つまり<金融危機、以前>という意味で使われているんです。
このことに関して、ちょっと色々考えました。
最初に<貨幣>あるいは<お金>という概念が出てきたのは、狩猟生活から農耕生活に人類がうつって、ひとつの場所に定着し、作物を「蓄える」ことができるようになってきてからだと言われています。
いっちばん最初の「お金」っていうのは、人類学者によると、骨からひきちぎられた<肉片>だったそうで、<血税>なんて言いますけど、言い得て妙です。
カトリックのミサで聖体の秘跡を受ける儀式がありますが、このときの<聖体>はキリストの身体の一部。私は高校がカトリックだったものですから、週に一回は秘跡をうけてました。まぁるいサクサクした甘くない御菓子みたいなもので、これはコインの様な形をしています。これは無意識に<貨幣>というものが<聖体>というものとつながっているのではないかと主張する宗教学者や哲学者もいます。そもそも資本主義と貨幣経済が爆発的に成長できるようになったのも<三位一体>という概念ができて、ひとつのものが無限大に増幅できるということを教会が認めたからだ、という説は結構支配的です。そもそもマックス・ウェーバーがそういうことを論じています。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」において。
ラテン語で<マネー>を意味するPecuniaはもともと牛、を意味するPecusから来ているので、今回の金融危機で破綻寸前まで行ったメリル・リンチのマークが雄牛っていうのはこれはロジックが通っている話なのかもしれません。
更に言えばローマ神話の神様に「ユーノー」というのがあります。ギリシャ神話のヘラに相当する神様です。ユーノーは家庭の神様ということで、英語のJune、6月などの語源になっていますが、Junoと書きます。正しくは Juno Monetaといって、英語のMoneyの語源でもあります。このユーノーの神殿には牛が犠牲として捧げられました。
つまり、本来<お金>というものは私たちを守ってくれるはずの<呪術的なパワー>を与えられているものなんです。農耕民族になって、蓄える<富>というのは飢饉や敵対する部族からの攻撃に備えるものとなり、コミュニティを守ってくれる。干し肉などの保存食をたくわえることができるようになって、人間は明日の食べ物を心配する必要がなくなった。宇宙のこと、より抽象的なことについて考えをめぐらせることができるようになった。<貨幣>という抽象的なもので、<富>を交換できるようになって、<芸術>あるいは<文明>が産まれたとも言えるのです。
最初の<お金>でもある骨からちぎられた<肉片>というのは、狩猟という危険な仕事にかかわる男達に捧げられる畏敬の念もともない、狩猟以外の品物や労働と引き替えにすることができた。
<牛>という聖なる動物が捧げられるようになった<文明>においても、<お金>と<犠牲>と<神>は深いところでつながっていました。
お金は、危険なものから私たちを守ってくれるはずだった。だからみんな一生懸命<富>を蓄えようとする。
ボストン・グローグ紙のジェームス・キャロルという人のコラムに書いてあったんですが、
「だが現実には<マネー>は私たちを守ってくれるものではなくなってしまった」のです。
むしろ私たちを攻撃するものとなってしまった、ということなんですね。
ではどうすればいいのか?私たちを守るべき<貨幣>が私たちに刃を向けたとしたら?
<金融危機>だって元はと言えば人間が創り出したモノ。だとするなら、また新たに私たちの創造力をもってして新しい防衛手段を創り出すべきだし、それは可能だと信じたいと思います。
投稿者:七尾藍佳
