2009年07月27日

土石流の被災地を取材して

22日は山口県防府市で、
集中豪雨による土石流の被災地を取材しました。
亡くなられた方、行方不明の方がいるなか
悲しみにくれる被災者を取材するのは心が痛み、
正直辛いものがありました。

日本のどこにでもある風景のなかで、一瞬のうちに山が流され、
大量の泥水、巨岩、大木が氾濫する土石流。
現地を訪れ、私は土石流の恐ろしさを実感するとともに、
その被害を極力くい止める策を考えなければならないと思いました。

土石流は、山の斜面に対して加えられる外的な力、
例えばそれは大量の雨水であったり、
大きな地震であったりするわけですが、
この外的な力が地盤の持つ抵抗力を上回れば、
いつでもどこでも発生するものだと思います。

この土石流から身を守るためには、
砂防ダムの整備などハード面での対策も重要ですが、
施設整備が追いつかない現状では、やはり基本は、
早めに避難することだと思います。

大雨の場合は、地震と違ってある程度予測できますから、
行政や地域住民の適切な対応によって、
迅速な避難も可能になるのではないかと思います。
特に土砂災害の警戒区域では、避難体制の強化は待ったなしです。
年々集中豪雨の頻度は高まっているとのデータもあるのです。

天災は避けられないとしても、人事を尽くせばその被害は
最小にすることができるのでは・・・。
被災者の方の悲痛な表情を思い出すたび、
改めて防災対策の早急な見直しを痛感します。

投稿者:村尾信尚

2009年07月20日

バッシング、パッシングと言えば

バッシング(bashing)とは、「たたく」、「非難する」という意味。
パッシング(passing)とは、「通過する」という意味。
この二つの言葉を聞くと、
かつて言われた「ジャパンバッシング」と
今言われている「ジャパンパッシング」を
思い浮かべる人も少なくないでしょう。

「ジャパンバッシング」とは「日本たたき」のこと。
日本経済が伸び盛りの頃、日本製品が海外市場を席巻し、
日本は海外から強い批判を浴びたことがありました。
でも、もうそれは昔の話・・・。

今は「ジャパンパッシング」すなわち「日本素通り」。
日本経済は低迷し、もはや日本はたいしたことはない。
脅威なのは、ジャパンではなくチャイナだ。
こうして、海外の視線は日本を素通りして中国に・・・。

ただし今日私が言いたいのは、日本の経済のことではありません。
日本の政治のことなのです。

今の政局の混迷ぶりに、政党批判の声を聞かない日はありません。
まさに「政党バッシング」の日々です。
ただ、このことは裏を返して言えば、
政党が私たちの期待に応えてくれると思うからこそ、
私たちは政党に税金を投入することを認めているし、
また一方で、その行動を厳しくチェックしようとするのです。

ところが、やがて政党不信が極まって、
「政治家の言うことなんて何の頼りにもならない」
「そもそも政党に期待するほうがおかしい」
「投票に行っても虚しいだけ」
・・・
こんな空気が広まると、政党の存在感は著しく低下して、
まさしく「政党パッシング」といった事態に陥るかもしれません。

私が危惧するのは、そんな時。
政党を素通りしていったい誰が出てくるのでしょうか?
歴史を振り返ると、かつての日本では軍部が、
そしてかつてのドイツではヒトラーが出てきたのです。

もちろん、今の世界で同じことが繰り返されるとは考えにくいでしょう。
ただ、移ろいやすいのは世論の常。
私たちが予想もしないようなかたちで、
もっともらしいデマゴーグ(民衆扇動家)が現れないとも限りません。

私の心配が杞憂に終わればいいのですが・・・。

衆議院は明日解散の予定です。

投稿者:村尾信尚

2009年07月15日

「児童虐待」を考える

昨日は、全国の児童相談所に昨年度よせられた『児童虐待に関する相談件数』が「4万2、662件」で過去最悪、というニュースを受けて、児童虐待の電話相談や、医療関係者などに、虐待を受けた子どもたちの診察に必要な特別なトレーニング、コーディネーションなどの様々な活動をされている民間の団体、「子どもの虐待防止センター」(http://www.ccap.or.jp/ )に取材に伺いました。
そこでお話を伺う中で、このブログで共有したいと思うお話ががいくつかありました。

同じく虐待に関する調査で、「養護施設などに入所する児童の約5割が虐待を受けた経験がある」という結果。
この「5割」という数字ですが、これは今回改めて調査をして浮き彫りになった数字であって、衝撃を与えましたが、実際に子どもの虐待の予防に取り組んでいる現場の意識からすると「本当はもっとずっと多い」だろう、ということです。
というのも、、、たとえばこの「5割」の中には、「母親が行方不明」というケースは含まれていないのです。
これはしかし、子どもをおいて「立ち去る」、子どもは「放置される」ということですから、「ネグレクト(育児放棄)」という明らかな虐待に当たります。
研究者の間では、実際に「暴力」を受けるよりも、「放置される」(ネグレクトされる)ほうが受ける心の傷が深いことが知られているということです。

日本では、虐待=暴力という先入観が強いため、実際に死に至る可能性もある「ネグレクト」ということ自体が「虐待」に当たるという認識が社会で広まるには随分時間がかかったようです。
その認知を広めるために、こちらのセンターの創立者である小児科医の坂井聖二さんはご尽力されてきたとのこと。

こちらの発行しているニュースレターを頂いて、少し勉強する中で改めて感じたことでもあるんですが、やはり虐待というのはそれを生んでしまう社会的要因が大きくあるということ。

子どもと親が孤立してしまって、そこにストレスが溜まる。また性的虐待になると、診察する医師やカウンセラーにも特別な訓練が必要になってくるのですが、現場では必死の取り組みが行われているとはいえ、やはり予算も人出も足りていないという状況のようです。

「ネグレクト」に関しても、母子家庭で、何とか生活してゆくために、子どもにまともな生活をさせたいという一心で、日中はパートで働き、それでは足りずに夜も働きに出るシングルマザーがいる。
でも結果として子どもは夜一人で家にいることになり、「ネグレクト」になってしまう、子どもにはよくない、、、。
それはでは母親のせいか、というと、「そうではないのです、そこに支援を手をさしのべることも必要なんです」というふうに相談員の方はおっしゃっていました。

また、ニュースレターの中に、ある養護施設の職員の方が匿名で寄稿されていた報告があり、とても心が痛みました。
養護施設に保護された子どもたちの全国的な交流会の場で知り合った関西方面の養護施設で育った虐待を受けた青年の話です。
彼から電話があって、年末年始に日比谷で設置された「派遣村」に一緒に言って欲しい、と頼まれたところから、養護施設出身者がおかれる厳しい生活環境の実体をまざまざと感じられたそうです。

養護施設に入る子どもたちは、実質18才になると独り立ちしなくてはいけません。
成績がよくても、学費を払ってくれる親がいるわけでもなく(親から保護されて入所する子どもたちですから)進学を諦めなくてはいけない。
保証人も、最初は寮の人がなってくれても、その後引っ越しや転職をするときには保証人のなり手がいなくて家を借りることが難しい。
結果的に、住み込みで働く派遣労働者が手っ取り早く、魅力的に見えて、養護施設出身者の多くが派遣労働者で、会社に提供される寮で生活している、ということのようです。それが昨年の金融危機に端を発した日本の製造業の「派遣切り」の嵐の中で、路頭に迷ってしまう。

報告を書いた養護施設職員のかたによると、日比谷の派遣村では多くの養護施設出身者に会った、ということです。
世間では「なぜ実家に帰らないのか」と言う人がいるけれど、実はあの場所に集まった若者の中には「家も家族もない」という人が多くいたんですね。

養護施設についてですが、行政の予算も削られる一方で、ケアマネージャーも、職員も、人出が足らず、ひたすらバーンアウトして行っている状況とのこと。

虐待を受けた人が、また自分の子どもに虐待を繰り返すというケースが多いことは(様々な要因があります)よく知られていることです。
心に傷を受け、きちんとケアされないまま、社会保障もなく、住む場所も無く、社会の荒波に毎年多くの若者が放り出されていることを考えると、いたたまれなくなってきます。

選挙前の嵐が吹き荒れていますが、政治ができることはたくさんあると思います。

■社会福祉法人 子どもの虐待防止センター
 相談電話 03-5300-2990 (全国・相談無料)
 月~金 10:00~17:00
  土   10:00~15:00
 日・祝  休み

投稿者:七尾藍佳

2009年07月13日

サミットを終えて

イタリアでのサミットを終えて、世界が直面する課題、すなわち
経済問題は、9月アメリカのピッツバーグで開かれるG20で、
温暖化問題は、12月デンマークのコペンハーゲンで開かれる国際会議で、
核問題は、来年3月アメリカのワシントンで開かれる核安全保障サミットで、
引き続き話し合いが行われます。

この間に、日本では政界で大変動があるかもしれません。
総選挙を控え政党は国会の議席をいかに増やすかで頭が一杯でしょうが、
総理が度々替わり、国際社会での日本の発言力の低下が懸念されるなか、
党派を超えて日本の国益をどう追求していくのか、
このことが私には気になるのです。

他国の政府のみならず自国の国民でも、
その政府の政策に信頼を寄せるのは、
政策の中身もさることながら、
その政策がぶれることなく長続きするという確信です。

これからは、日本でも政党間で政権交代の機会が増えることでしょう。
であればなおさらのこと、例えば
核兵器に対するスタンス
温室効果ガス削減に対するスタンス
途上国支援に対するスタンス
医療・年金制度に対するスタンス
財政再建に対するスタンス
・・・・・
などの主要な課題について、各政党間で政策のすり合わせを行ない、
考え方が一致するもの(政権交代があっても変えない政策)と
考え方が一致しないもの(選挙時に争点となる政策)
とに整理して、国民に示すことが必要です。

私たちに身近な問題としては年金制度があげられます。
一生の人生設計を考えるにあたって、政権交代のたびに
国の年金制度がコロコロ変わっては、私たちは安心して暮らせません。

政党間の争いにより、国民や国の利益が損なわれては本末転倒です。
選挙が迫り各政党が浮き足立つなか、政治の原点を見失ってはなりません。
この点を私たち有権者はしっかり見極めましょう。

投稿者:村尾信尚

2009年07月06日

蟹工船

小林多喜二の小説『蟹工船』を知っていますか?
非正規雇用者の失業など格差が問題視されるなか、
今この本を手に取る人が多いそうです。
SABU監督の映画『蟹工船』も上映中です。

『蟹工船』が書かれたのは今から80年前の1929年、
世界恐慌が始まった年です。
北海道オホーツク海で蟹を獲り加工して缶詰にする蟹工船。
この船での過酷な労働とこれに耐え切れずストライキを起す
労働者たち。
資本家 vs. 労働者という図式でもって、搾取される労働者の
立場から戦前の日本を描いています。
描写もリアルで読み応えのある作品だと思います。

その文章には、当時の日本社会に対する
彼の憤りが込められていて、
彼はついには文学だけではおさまりきれず、
行動へと駆り立てられるのではないか、
との暗示さえ受けるのです。
小林多喜二はその後左翼活動に入り、
29歳の若さで逮捕され死亡します。

小林多喜二が生きた日本と今の日本、
社会の仕組みも経済的な豊かさもまったく違います。
そうしたなかで、今『蟹工船』が読まれているとすれば、
「今の社会は公平なのか?」
「明日の社会に希望が持てるのか?」
こんな不満や不安が私たちの間にじわりじわりと
広がっているからではないでしょうか?

投稿者:村尾信尚

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