2011年06月28日

平泉は東北の希望

岩手県の「平泉の文化遺産」が、世界遺産に登録されることが決まりました。
3年前は登録が見送られ再挑戦の今回、東北初の世界文化遺産となりました。
私たちは登録決定を待ちわびる24日、平泉へ向かいました。
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平泉駅には「世界遺産登録へ」と書かれた大きな看板。
3月の震災以降、イベントなどを自粛し、GWは前年に比べ85%も観光客が減ったそうで、
「震災で観光客も減り心配していた。これを機に平泉はいいところだと思ってもらえたら」と
町の方も観光地としての賑わいに胸を膨らませていました。

平泉は平安時代の末期、奥州藤原氏3代が築いたみちのくの都。
中尊寺金色堂を建立した初代藤原清衡は、戦乱の世に妻子や仲間を亡くしました。
生きとし生けるもの多くが犠牲となった奥州の地に、
仏の世界、「浄土」を空間化しようと計画し、その願いは代々引き継がれました。

寺院の前には日本独特の曲線を帯びた池があり背景には自然の山という配置。
これが仏と日本の自然信仰とが融合した浄土庭園です。
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今回、世界遺産に登録された毛越寺 執事長 藤里明久さんは、
「『平和な世の中、そして一切衆生を救いたい』という奥州藤原氏の志と
『戦争は人の心の中で生まれるもの、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない』
というユネスコの精神とが900年の時を経て相通ずていること。
加えて、浄土庭園が大陸には残されていなかった、極めて日本的なものだということが評価されたのではないか」
「震災で被災された皆様へ対し、平泉はその痛みに沿い
世界遺産登録ということが、東北の力となれれば」とおっしゃっていました。
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今回の震災で甚大な被害を受けた東北太平洋沿岸は
かつて奥州藤原氏が治めていた地域でもあります。
その60キロ内陸で、平和で穏やかな理想郷を具現化しようとした平泉が、
今年、世界遺産に登録されるというのは不思議な縁を感じてしまいます。
平泉が東北の希望となり、活性化のきっかけのひとつになればと願ってやみません。

投稿者:右松健太

メイドインジャパンの音速旅客機への夢

フランスで開催されたパリ国際航空ショーで「超音速旅客機」の計画が発表されました。
高度3万2000上空を音の速度の4倍にあたるマッハ4、時速およそ5000キロで飛行し、
実用化されれば、現在、およそ12時間かかる東京・パリ間を、
2時間半で結ぶことができるといいます。

実は、日本でも「超音速旅客機」の開発が進められています。
都内にあるJAXA・宇宙航空研究開発機構の研究所には
マッハ2の速度の速さで飛ぶ実験機がおかれていました。
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JAXAには超高性能計算システムをもっており、
様々な可能性を入力し計算することで、何度も実験を繰り返すことなくシミュレーションでき、
実際に実験機を作るのは最終段階で良いという強みがあるといいます。

現在、音速を超える際のソニックブームによる騒音、また燃費性能への課題があるということですが、
2020年頃にはマッハ2超音速旅客機を、
2050年頃にはマッハ5極超音速旅客機の実用化を目指しているといいます。

JAXA超音速機チームの吉田憲司チーム長は、
「高速飛行は人類の夢。移動の時間をかけずに余暇を楽しめる未来にしたい。」
「JAXAは研究者集団。世の中の航空関係者が超音速飛行機の開発しようと頑張ってますので、
私たちもそこに一石を投じ、音速飛行機が世界の空を飛ぶような社会を実現するよう貢献したいんです。」
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研究者の皆さんは、みな情熱あふれる口調で話してくださいました。

投稿者:右松健太

2011年06月27日

ザックジャパン×ZERO

2010年6月29日。
駒野が放ったシュートは無情にもクロスバーを直撃。
南アフリカワールドカップで初のベスト8進出を目指し、
パラグアイと対戦した日本代表は、惜しくもPK戦の末、敗れました。

早いもので、あれから、まもなく1年を迎えます。

南アW杯以降の日本サッカーは大きく変わりました。
長友をはじめ、香川、内田、岡崎など若い世代の日本代表が
海を渡り、戦いの場をヨーロッパへと移しました。
それぞれの活躍は皆さんもご存知の通りです。
栄光や挫折を味わいながらそれぞれ貴重な経験をし、
シーズンオフとなった6月に日本に帰ってきました。

そんな中、多くの選手たちがZEROに出演。
シーズンを振り返って貰いながら、ザックジャパンの現状、
今後の展望、そして選手を支えてくれた恩師たちへの思いなど、
多くの話を聞くことができました。

海外で活躍する日本人選手たちを取材して気づいたことがあります。

それは、海外でのプレーはもはや「夢」や「憧れ」ではなく、
限りなく現実的な「目標」であるということです。

これまですでに4大会連続でワールドカップに出場、
過去2度のベスト16を経験。
今年はアジアカップも制した日本代表。
最新のFIFAランクは「14位」。
98年のワールドカップ初出場からわずか13年。
日本サッカーは長友のサイド突破のように、急激な発展を遂げ、
世界でも有数の強豪国に成長したのです。

海外でプレーすることを夢見る時代から、
若いうちに海外移籍して、結果を残して、強豪チームに移籍すること。
より現実的な目標を追い求める時代に突入しているのです。

また、サッカーを愛するサポーターの変化も感じます。
近年、ハイレベルな海外サッカーを手軽にテレビでも見られるようになり、
目の肥えたサポーターが増えたことです。
サッカーを勝敗を楽しむことはもちろん、
いいプレーには拍手を送り、悪いプレーにはブーイング。
スタジアムでは真剣に日本サッカーについて語るサポーターに遭遇します。

また、先日、長友選手とこんな会話をしました。
「ラルフさん、イタリアのメディアは、誉めるときは誉めるけど、
責めるときはとことん責めてくるんだ。
選手が嫌がるような聞きにくいこと、
触れられたくないことをどんどん聞いてくる。
でも、その結果、見返してやろうという気持ちが湧いてくる。
これは大きなモチベーションになる。
僕が日本に帰ってきたら、どんどん責めてよ(笑)」

「選手」、「サポーター」はもちろん、「メディア」も共に成長していくことが
日本サッカーの発展に繋がる大事な要素であることを改めて感じさせられました。

今回、選手たちの出演を通じて、
私は日本サッカーの成長を肌で感じることができました。
しかしその一方で、今一度気を引き締めるとともに、
より多く現場で取材をし、質の高い放送を目指さないといけないと心に誓いました。

投稿者:鈴木崇司

2011年06月24日

釜石シーウェイブス

6月に入ったばかりの岩手県釜石市。

青葉の香りをたっぷり含んだ風が吹くと、
葉と葉が触れ合う音が、グラウンド一体を包む。

「大震災がなかったら、今ごろ、
毎年と同じ、いい季節だったのにね。」
家は釜石の港の近く。
今は避難所に暮らしているという女性が教えてくれた。

ラグビー「釜石シーウェイブス」。
チームの前身は、「新日鉄釜石ラグビー部」、
日本選手権で7連覇を達成した名門だ。
2001年からクラブチームとして生まれ変わり、
選手たちの多くが、他の仕事を持ちながらプレーしている。

6月5日。震災からおよそ3ヶ月。
ようやく地元・釜石で開幕戦が行なわれた。
結果は、ヤマハ発動機ジュビロの前に76対5の大敗。
選手たちもまた被災者で、
十分な練習が積めなかったことは明らかだ。

しかし、およそ80分の試合の間、
ひとときも止むことのない、
「これからだぞー!」「あきらめるなー!」の声。
そして、時折掲げられる大漁旗。その数は10以上。
子どもも、若い女性も、おじいちゃんも、一緒になって声援を送る。
その声は、もちろん選手を応援するものだが、
しかしどこか、
被災されたみなさん自身へのエールのようにも聞こえた。

穏やかさの中に隠れた、強い心。
まだまだこれから。あきらめない。
「いい季節」はまた必ずやってくると、私は信じて止まない。

投稿者:松尾英里子

2011年06月20日

負担の分配

氷室京介さんのZEROテーマ曲「IF YOU WANT」の中に
「道なき未知へ」という詞があります。
まさにこれからの日本は、道なき未知の世界へ
入り込もうとしています。

主要先進国でも類をみない速さで人口減少・高齢化が進む日本。
年金や医療・介護など社会保障にかかる費用は増えていきますから、
そのための財源をどう確保するかが大きな課題です。

また、国および地方の長期債務残高は、2011年度末には
GDPのおよそ1.8倍(平成23年度当初予算ベース)まで膨らみ、
日本の財政は今や破綻寸前。
主要先進国の中で最悪の水準です。
公共サービスの大幅カットや増税は避けられない状況です。

さらに、東日本大震災の復興にかかる費用を
負担していくことが必要になります。

このような巨額の負担を私たち国民でどう分け合うのか。
誰がどれだけ、どのようなかたちで負担していくのか。
これを決めるのが政治です。

国民に負担を求めるのは辛いことです。
今までの政治は、この負担を子供たち将来世代に
借金(国債発行)というかたちで先送りし、
なすべき決断を避けてきました。

もうこのようなことは許されません。
次の世代のことより次の選挙のことを考える政治家は要りません。
今の世代のどの層にどれだけの負担を求めていくのか、
そのビジョンと、これを実行に移す行動力・・・
道なき未知の世界に入る今、政治家に求められる資質です。

投稿者:村尾信尚

2011年06月17日

氷室京介さん東日本復興支援ライブ

先日東京ドームに11万人が集結しました。

氷室京介~東日本大震災復興支援ライブ~

最小限の照明と演出で行われたチャリティーライブということでしたが…
舞台の装飾はライブの盛り上がりに何も影響しませんでした。

氷室さんの存在感と23年ぶりに披露されるBOΦWYの楽曲、
そして、観客の皆さんの被災地への思い。
その強い思いで、ドームに完全なる一体感が生まれていたように思います。

実際に観客の皆さんの「声」をお聞きしました。
大勢の方にインタビューをし、また、アンケートにも答えて頂きました。

一人一人の思いを17日(金)のNEWS ZEROと
特別番組でお送りします。

震災から3ヶ月。
今後も末永く支援を続けていくためにも
ご覧頂けたらと思います。

投稿者:八木早希

2011年06月15日

「ウラジロガシー!ウラジロガシー!ウラジロガシー!!」


石巻市立北上中学校で
ZEROキャスター皆で植樹をした時の様子です。

植える苗木の名前を皆で3回叫んで植樹するのが、
宮脇昭先生の「ルール」。

「名も無き草木」は存在しない…名前を知って愛情を込めると
木の成長も早くなるのだそうです。
ちなみに、葉の裏が白い樫だから、「ウラジロガシ」です。

呪文のような響きと大声を出す照れから、
みんなの顔がほころび、話すきっかけが自然にできました。

苗が森になるのは少なくとも10年はかかります。
学生の皆さんに「10年後の自分」について聞いてみると、

ずっとニコニコして周りを明るくしていたミノリちゃんは
「地元で保母さん。」

照れ屋さんのミサキちゃんは
「また石巻の海に入りたい。
 津波で怖い思いをしたけど、やっぱり嫌いにはなれない。
 他の地域の皆さんにもまたあの海を見せられるようにがんばりたい。」

天真爛漫なアズサちゃんは
「将来の夢は、警察官。被災した時に助けてくれてカッコ良かった。
 震災前は、自分のことしか考えていなかったけど、
 みんなのために何ができるか真剣に考えたい」

しっかりとした言葉で思いを伝えてくれた北上中学校のみなさん。
どの言葉もとても力強く、
こんな若者たちがいれば石巻、どころか、日本の将来は大丈夫!
と心底思いました。

大変な時に、私達ZEROメンバーを受け入れてくれて
共に過ごせた時間に感謝しています。

北上中学校のみなさん、ありがとうございました!
また会いましょう。

投稿者:八木早希

2011年06月13日

石炭の話

今日は石炭の話をしたいと思います。
福島原発事故以後、原子力エネルギーに対する
反発は強まる一方です。
他方、現段階では太陽光など自然エネルギーに
多くを期待できません。
こうした電力事情のなかで、改めて注目すべきは石炭でしょう。

石炭に関するデータを以下に示します(経済産業省エネルギー白書2010)。
1.世界の発電電力量の42%は石炭火力である(2007年)。
  (アメリカでは49%、中国81%、ドイツ49%、日本(2009年度)25%)
2.可採年数(可採埋蔵量/年産量)が122年と、
  石油などのエネルギーよりも長い。
3.石油、天然ガスに比べ地域的な偏りが少なく、世界に広く分布している。

他方、石炭火力の問題点は以下の通りです。
1.他の燃料に比べて二酸化炭素(CO2)を多く出す。
2.硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質が出る。

ただし上記の問題点について、
日本では熱効率や環境面での技術開発の結果、
燃焼によってCO2が発生する比率は世界最低水準
(発電熱効率(LHV)は40%超)、
発電電力量あたりのSOxやNOxの排出量も世界最低水準
(それぞれ0.2g/kWh)、
と、世界トップレベルのクリーンな火力発電所を実現しています。
(J-POWER資料)

自然エネルギーがメジャーになるまでの、つなぎのエネルギーとして、
石炭に注目する人は少なくありません。
また、日本の石炭火力発電所の技術やノウハウを
海外に広く輸出することも期待できます。

「コール(石炭)をクリーンに使えるか?」
これからの課題です。

投稿者:村尾信尚

2011年06月08日

心を繋ぐ植樹

毎年、ZEROは、植樹の神様と呼ばれる宮脇昭先生と植樹をしています。
今年は、宮城県石巻市の北上中学校のみなさん、地域のみなさんと一緒に行いました。

北上中学校の畠山校長先生の、
"自分たちの町を守る森を、自分たちの手でつくるんだ”という思いと、
宮脇先生の、"被災地に命を守る森を作りたい”という思いが一つになり実現。

北上川のそばで、沿岸地域にあった松の木が、
津波で流されてしまっているのを沢山見かけました。
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松の木の根はお皿のようになっているから、津波の威力にかなわず流されてしまうと、宮脇先生。
その一方で、根を深くまっすぐ下にはる土地本来の広葉樹の森は、
津波にも耐えて残っていることを教えてくださいました。

北上中学の生徒の多くが津波で家を流され、家族を亡くした方もいます。
畠山校長先生と初めて取材でお会いした4月始め、
一番に心配されていたのが、生徒たちの心のケアでした。

その後の様子については、学校が始まり、部活などで体を動かすようになって、
少しずつ顔色が変わってきたと、先生も明るい表情でした。
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3ヶ月近くが経った今、一番心配されている事は?と聞くと、
"とにかく、忘れないで欲しい”とおっしゃいました。

"日本人、みんな被災している。被災地にいなくても、心は被災している。
時が経つにつれ日常を取り戻し、色んな事が考えられるようになり忘れていくこともある。
前に進むにつれて、被災地でも、取り残される人、前に進める人と差がでてくる。
残されている人たちのことを、頭の片すみでもいいから忘れないでほしい”と。

まもなく3ヶ月という時が経過しようとしています。
そんな時に、今一度、被災地に思いをよせる事は、
離れていてもできることかもしれません。

投稿者:鈴江奈々

2011年06月01日

植樹

私は、今回初めて被災地を訪れ、現状を目の当たりにして、
言葉がでませんでした。

石巻で、宮脇先生と北上中学校の生徒さんたちと一緒に
植樹をさせていただきました。

当日、中学校に集まった皆さんが、一緒に協力しあいながら
生まれ育った故郷の土の中に、未来、夢や願いそのものを、
まさにこの土地にしっかり根ざそうとしているのだな、と
強く感じました。

これから雨が降り、夏の強い日差しをあびて
強風にさらされることもあるでしょう。

でも、こうした日々を越えて、さらにさらに枝をのばし
私達人間を見守りながら
大きく育っていってくれることを
心から願っています。

そうして、その木々がたくましく育った姿に勇気をもらいながら、
若い皆さんや、これからの子供たちにも伝えられていけたら
とても嬉しく思います。

今回、中学校で校歌を一緒に演奏させていただき、一生、心に残る大切な時間になりました。
本当にありがとうございました。

投稿者:宮本笑里

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