2012年06月22日
沖縄
およそ二十万人の犠牲者を出した沖縄戦。
その沖縄戦のあと捕虜収容所が沖縄の屋嘉にあり、
約二千人がそこで生活をさせられていました。
そこで生まれた歌だといわれている、
屋嘉節。
本来なら歌うだけでも
当時のことを思い出してしまう「屋嘉節」を
みなさんに知ってほしいと
みずから弾いて歌ってくださった仲宗根さんの強い思いが
カンカラ三線、歌声を通して
強く伝わってきました。
カンカラ三線とは、捕虜収容所で
米軍の食糧の缶を胴にして、ベッドの足を棹とし、
使わなくなった落下傘のヒモを弦にしてつくられたもの。沖縄の人々にとって歌と三線は
苦しい時代も生きていくエネルギーを与えてくれるものだったのだろうと思います。
あの海辺で演奏してくださったこと、たくさんの事を伝えてくださったこと、
仲宗根さんの語ってくださった一言ひとことを忘れず胸に刻みたいと思います。
見てくださった皆様にも、仲宗根さんの思いが
どうか届いていますように。