2012年12月11日
今年の現場取材を振り返る② ~4月から6月~
今年の現場を振り返る。第2回は4月から6月です。
東京ではサクラのつぼみが膨らんできた4月上旬。
深緑の発射台が、南の島の青空に向けられていました。
北朝鮮が発射を予告していた事実上の弾道ミサイルに備え、
迎撃ミサイル「PAC3」が沖縄本島、宮古島、石垣島などに配備されました。
市街地には人や車も行き交い観光客の姿も。
一見平穏に見える島も、住民に話を伺うと「万が一」という言葉が多く聞かれました。
「万が一の事態」が起きてしまったら一体どうなってしまうのかという
いわば、「とらえどころのない不安」が広がっていました。
4月は痛ましい重大交通事故が相次ぎました。
穏やかな春の朝。
京都府亀岡市で、新学期に胸躍らせて登校していた児童たちが
悲惨な事故に巻き込まれました。
2人の児童と引率をしていた妊娠中の女性、そしてお腹の子供が死亡、
さらに7人が重軽傷を負いました。
春の野花が咲いた植え込みはなぎ倒され、
道路には事故の状況を示すチョーク書きが残されていました。
多くの児童が利用する事故現場の通学路は国道と平行するいわば「抜け道」で、
取材中も絶え間なく車が往来していました。
中央から切り裂かれたように大破した大型バス。
ブレーキ痕がない現場。
7人の命を奪った群馬県の関越自動車道の大惨事は、
GWに入ったばかりの日曜日の明け方、
石川県から東京ディズニーランドに向かう途中におきました。
当時、警察の調べによると事故原因は、その数日前に起きた亀岡の事故同様、
居眠り運転だったということです。
この事故では運転手が突っ伏して寝ている姿も目撃されており、
ずさんな安全管理も問題になりました。
「一瞬の出来事だった」と声を震わせながら語る住民。
茨城県つくば市を襲った巨大な竜巻は、
GW最終日、土蔵造りの建物が並ぶ趣のある町並みを破壊しました。
竜巻を真っ正面に受けた集合団地の窓はほとんど破られ、
室内の壁には割れた瓦片が付き刺さっていました。
広場のブランコも数十メートル先に横たわり、
屋根ごと飛ばされた住宅の2階からは空が見えていました。
竜巻が襲ってきたとき、怪我を免れた住民の方は
「二階から一階へ、かつ窓のない部屋に逃げた」と話していました。
地震や豪雨災害だけでなく様々な災害に備えることが大切だと思いしらされました。
5月22日、3年半から「つくしんぼ」のように、天高くゆっくりと伸びてきた東京スカイツリー。
東京の下町は高さ634mの新名所にわきました。
江戸っ子の老舗そば店は、大きな海老をスカイツリーに見立てた「タワー丼」を販売。
スカイツリーが見渡せるホテルではブライダルフェアを開催し、
挙式を目前に控えたカップルが634個の風船を放ち
スカイツリー開業を祝っていました。
開業から半年、取材の帰路、付近を通りがかるとき、
冬の澄んだ空気に輝くライトアップにはいつも目を奪われます。
「オウム真理教元幹部 高橋克也容疑者と見られる男 身柄確保」
6月15日午前。各局のニュース速報が一斉に打たれました。
オウム真理教特別手配犯の17年に渡る逃亡生活。
その最後の場所は東京大田区のマンガ喫茶でした。
私はその店内、そして逃亡生活から身柄確保までの足取りを取材しました。