2008年03月27日
2月末に北朝鮮に行って来ました
2月末に北朝鮮に行って来ました。
訪朝は、ちょうどアメリカのニューヨーク・フィルの 「歴史的な」平壌公演と重なり、世界中からメディアが集結していました。 「歴史的」、というのも、北朝鮮とアメリカ合衆国は、現在は休戦しているものの、 事実上、「戦争が継続している状態」にあるからです。
平壌で最高級と言われるホテルは高麗ホテルと羊角島ホテルの二つ。
どちらも前回より客が多く、なかでも各国のテレビ局・通信社の記者の姿が目立ちました。ホテルですれ違ったBBCの記者が、世界中に向けて中継をしているのを同じホテルの部屋で見るという、ちょっとフシギな感じがする現象が平壌滞在中続きました。やはりそれだけ「世界が注目」していたのです。
BBCを見ることはできても、やっぱり、というべきでしょうか。観光地のガイドが口をそろえるようにして「不倶戴天の敵」とするアメリカのCNNを見ることはできません。
西側、という言い方は今ではもう古めかしい感じがするかもしれません。でも、北朝鮮ではまだまだ通用します。というより、「西側・東側」という冷戦時代の枠組みがいまだ厳然として残っている場所、といったほうがいいかもしれません。
というわけで、あえて「西側メディア」というコトバを使ってみましょう。「西側メディア」は新聞もテレビもほぼ一様にmusical diplomacyー<音楽外交> というコトバを使って今回のNYフィル公演を評していました。
かつて中国との関係を「ピンポン」を使って改善させたアメリカは、今度は「ピッコロ」(まぁ他にもたくさんありますが、、、)の力をもってして北朝鮮との緊張緩和を演出しようとしている、、、と。
スタジオで村尾さんが「そしてNYフィルだけが残った」とコメントしました。
まさに言い得て妙なのです。現在の米朝関係は改善されつつあるというよりは、ある種の「行き詰まり状態」にあります。NYフィル公演が実現した背景はこうです。
昨年の米朝関係改善の流れの中で、アメリカの国務省(日本でいえば外務省にあたる役所)がバックアップする形でNYフィルが公演を行い、アメリカ<文化>の力によって<対話>ムードを盛り上げていこう、という、言ってみれば政治的意図が背景にありました。
ところが、北朝鮮の核プログラム申告に関連してウラン濃縮やシリア核移転疑惑が問題が発生して米朝を中心とする交渉がずるずると長引いています。先週13日にスイス、ジュネーヴで行われた北朝鮮の核申告をめぐる米朝協議でも、大きな進展はありませんでした。
かつての和解ムードの盛り上がりの中で開催が決定し、その象徴としての役割を担っていたはずのNYフィル公演。ところが、いつのまにか和解ムードは薄くなり、蓋を開けてみると、まさに「NYフィルだけが残った」という形。だからこそ、私がお伝えしたように、平壌で感じたのは、<歓迎ムード一色>とはほど遠い現実でした。
平壌を流れる大同江という川があります。3月を目前にしても、最高気温が零度を超えない日もあるほど寒い平壌では、大同江は毎年凍るそうです。今年は、「例年に比べると氷は薄い」ということでしたが、それでも春の気配を感じる日本からの来訪者にとって、ぶあつい氷の上を風に吹かれて滑ってゆく雪を眺めているだけで体感温度が下がってゆくようでした。
いまのアメリカと北朝鮮の関係は、平壌の凍てつく空気と、例年よりは薄いといいつつも依然としてぶあつい氷におおわれた大同江に象徴されているように思います。
北朝鮮は、変わったのか、あるいは変わりつつあるのか?
NYフィルと時を同じくして平壌を訪れた外国人が共通して胸に抱いた問いかけではないでしょうか。BBCのレポーターは、今回の公演と同行する形で、おそらく初めて北朝鮮を訪れたのだろうと思いますが、「自由に行動できない」ということを強調していました。当然と言えば当然のことに改めて気づかされました。それは、この国が外に対して、依然として「閉ざされている」という紛れもない<事実>です。広場で偶然でくわしたCNNのキャスター、クリスティーヌ・アマンプールさんが「Opening window 窓を開く」という表現をしていました。
今回のNYフィルの公演が「窓を開く」象徴的な出来事であることに間違いはないでしょう。朝鮮戦争でアメリカ軍が撤退してから「最大」のアメリカ人の団体が北朝鮮本土に足を踏み入れたわけですから、<歴史的>です。
では、北朝鮮は本当に「変わり」つつあるのか、「開かれ」つつあるのか。
見る角度によって大きく意見に隔たりが出てくるところですが、平壌で肌で感じたことから考えてみたいと思います。
まず、平壌の空港に着くなり、税関審査で携帯電話がすべて一時的に取り上げられます。これが「北朝鮮の入り口」で外国人がまず味わう体験です。北朝鮮に行く、となると、いろいろと勉強もします。何度も行ったことがある人に話を聞き、予備知識を集め、「共和国(北朝鮮の人は自国をこう呼びます)のルール」を頭にたたき込みます。そうすると、実際に北朝鮮に行って(たとえば携帯電話取り上げのように)驚くべき経験をしたときに、「そういうものだ、、、」と自分に言い聞かせるようになってしまいます。間違いを犯してトラブルになるのは誰だって避けたいものですし。
ホテルや観光地でにこやかに迎えてくれる従業員など、親切にしてくれる北朝鮮の人に接する度に「あ、この国にも当然ながらいい人はいるのね、そうよね、同じ人間だもの。大丈夫よ、、、」と言い聞かせながら行動するようになります。そうしないと、そもそも対話ができない、ということもありますし、また、こちらが知りたい日本への意見などを聞き出すことだってできません。
今回は、二回目ということもあり、前よりもリラックスしてのぞもう、と思っていました。ところが、、、行く先々で、「現在の朝日関係はサイアクの状態です、、、それもすべて日本のせいです」という言葉にふれる。近づきつつある米朝を、日本が邪魔をしているのだ、と言われているようにも思えました。日本だけが態度を変えない、六か国協議の足並みを乱している、ということなのでしょうか。
そんな中でも、なるべく北朝鮮に触れよう、この国の人が本当に考えていることに迫りたい、という姿勢を保とうと努力していました。そんなときに、世界中からやってきたジャーナリストが、世界中に「ホテルから自由に出られない。取材中も常に監視の目がある、自由はまったく許されておらず、この国が閉ざされている現実に変わりはない」と繰り返し伝えるのを聞いているうちに、ふと、「我に返った」気がする瞬間がありました。その時、北朝鮮で、平壌で、自分がどれだけの緊張感の中に置かれていたかを改めて実感したんです。
「郷に入れば郷に従え」と言いますが、北朝鮮でもそう努めていたんです。異国にいるわけですから、その土地ではその土地なりにあるルールを尊重しなくてはいけない。これは当然のこと。でも、この北朝鮮という場所を訪れるということは、「郷にいれば郷に従え」という諺で表現しうる様な「異文化体験」をはるかに超えた経験なのです。それは、どこにでも自由に行くことができ、ネットでもメディアでも(多少のルールとエチケットがあるとはいえ)個人が自由にものを言うことができる、自由な「民主主義社会」、いわゆる「西側」で育った人間が、携帯電話を奪われ、同行スタッフと交わす会話にも神経を遣い、日本から届いたファクスもプライバシーが守られるどころか、ホテルでコピーが取られて、DPRKの大きな印が押されたものを渡される、ホテルの外には一人で出ることは一切許されず、一般市民に話しかけることは固く禁じられている、そのような環境に置かれたときの、ある意味で当然の反応と言えるでしょう。
つまり、あまりにも自分が見知っている「世界」とは異質な「別世界」に身を置いた時、「これはこういうものだ、、、きっとそうなんだ、、、」と言い聞かせることで、自分を守ろうとするのではないでしょうか。一種の自己防衛本能。
北朝鮮で、何を見ることができるのか、、、ということですが、一言で言えば、何も見ることはできません。外国人の行動はすべて関連施設にあらかじめ予約を入れることで成立し、すべては管理されているのです。そのような状況で、「市民の現実」を知ることは不可能に近いもの。それでもかいま見えてくるものも、もちろんあります。ただ、今回私が強く感じたのは、「見えないようにさせる」システムの頑丈さ、堅牢さ、です。これを受けて、「果たして北朝鮮は変わったのか」という問いに対する答えは、自ずから明らかになるように思います。
今回訪ねた、エリート教育機関である平壌外国語大学の、英語学部の教授と話す機会に恵まれました。彼は、とても明朗で美しい発音の英語を話す紳士でした。CNNもBBCも、アメリカの映画もTVドラマも学生と共に見ている、ということです。「海外の情報を勉強することは大事ですし、私たちの大学、そして学生は非常に開かれており、日々活発な議論が交わされています」と言われたので、こう、聞いてみました。
「今回のNYフィルの公演を受け入れたということは、北朝鮮が外に対して扉を開こうとしているあらわれ、と捉えていいのでしょうか?」
彼の答えは;
"We have been always open. We have never closed any window."
「私たちは今までもつねにオープンでした。私たちが扉を閉ざしたことなどありません」
思わず息を呑みました。彼の自信たっぷりの語り口から、目の前の人物が心からそう信じて言っているということがよくわかったからです。そして、聞いてみました。
「拉致問題への北朝鮮の対応に、日本国民は非常に怒りを覚えています」
そして彼の答え;
"And do you believe in that?" 「そんなことをあなたは信じるんですか?」
「常識ある人間がすることとは思えない」というニュアンスで言われました。あまり時間がなかったので、拉致問題の具体的にどの部分を指して彼がそう言ったのかをつきつめることはできませんでしたが、おそらく、現在の日本側の主張すべて、だと思います。多くの明らかに不合理な点が含まれる拉致被害者の方々の報告書や、遺骨の問題など。
そう言われたとき、私はつい絶句してしまいました。でも振り返ると私は次のように言いたかったし、言うべきだったと思っています。
What do you expect Japanese peole to believe in?
一体日本の人に何を信じろ、と言うのですか?
私が北朝鮮で感じて、見て、聞いたことの一部です。果たして、北朝鮮は「変わった」のでしょうか、そして「開かれた」のでしょうか。