FROM ZERO

2017年9月22日

♯76 アーティスト 清川あさみ
はじまりは...「黄色いリュックサック」

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写真にビーズや糸で刺繍を施す
独特の手法で注目されるアーティスト・清川あさみさん。

2012年には、最も輝いた女性たちに贈られるウーマンオブザイヤーを受賞。
去年は朝の連続ドラマ「べっぴんさん」のタイトルを手がけ話題に。
さらに、今年25周年を迎えた東京ガールズコレクションの
キービジュアルを担当するなど多彩なジャンルで活躍している。


現在、どんな作品に取り組んでいるのか?
アトリエを訪れると・・・
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この日、制作していたのは詩人・高村光太郎の著書「智恵子抄」に刺繍をするというもの。

「ドローイング(刺繍)するごとにもう一つお話が生まれている気がすると思っていて」

11月まで、福島県で開催中の芸術祭では...
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写真紙を編んでつくる新作を展示している

「これは縦糸と横糸で写真を編んでいる作品なんですけど、こういう面白い手法もどんどん発表しています」

清川作品の特徴の一つは、自由な発想による "はみだすアート"。

やりたいことが次々とあふれだし常に新しい表現を模索している。
しかし、かつての自分についてたずねると、意外な言葉を口にした。

「自分のオリジナリティーが分からない。それがコンプレックスでした」

兵庫県の淡路島で生まれ育った清川さん。
学生時代の自分について

「とにかくおとなしくて、引きこもりがちな子どもだったんです」

自分は"何が好きなのか?"も分からず、人に意見を言うことが出来なかったという。

しかし、高校入学をきっかけに勇気を出して行った"ある行動"が人生を一変させた。
それは・・・

「本当に小さなことなんですけど、今まで暗い色しか持ってなかった小物とかを、ものすごく明るい色にしてみた」

それが、この黄色いリュックサック
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「真っ黄色だったんですけど。もうそれまでの自分では考えられない色だったんですね。それをきっかけに、色々な人に『これはどこのものなの?』とか『面白いもの持っているね』
 とかって声をかけられ、人とのコミュニケーションがたくさん生まれるようになった瞬間だったんです」

ファッションで『自分を表現する』方法をみつけた。

そしてこの夏。清川さんは、新たな挑戦をした。
それは、子供たちの"創造性"を養うことを目的としたワークショップの開催。

去年、第1子を出産し子供たちの豊かな心を育てたいという思いが強くなったという。
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ワークショップでこだわったのは"はみ出す勇気"。

お題は清川さんが書いた絵本の1ページを塗り絵にしたもの。
あえて線のみのシンプルなものにした。

「今日は、皆さんにアーティストになってもらおうと思っています」

清川さんは子供たちに、
あえて、具体的なアドバイスをせずに子供たちの制作を見守った。
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「なるべくアウトラインというか答えは言わずにみんなに自由に発想してもらって、自分の力で考えてイメージするっていうことができたらいいなと思っていたので成功しました」

作品を通して子供たちに、はみ出す勇気を伝えた清川さんにこんな質問をしてみた。

"悩んでいる少女時代の清川さんに声をかけるとしたら..."

「やっぱり自分を信じることというのを貫いて欲しいなと思っていて、本当に人生いろんなことがあると思うんですけど、自分を信じる力が一番その人にとったらコンプレックスを克服出来る何かになるんじゃないかなと思っています」
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2017年8月18日

♯75 プロ野球 斎藤佑樹
はじまりは...「はじめて中心にいなかった胴上げ」

高校球児が最も輝く夏の甲子園が幕を開けた日...

二軍の球場で汗を流す一人のプロ野球選手が...

 

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11年前の甲子園の主役、斎藤佑樹だ。

 

「ハンカチ王子」と日本中から呼ばれ、甲子園で全国制覇。

彼には輝かしい野球人生が待っているように思えた。

しかし今、プロ7年目の29歳。思っていたような成績は残せていない。

 

斎藤の一日は早朝から始まる。

 

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球場に向かう前に都内のジムでトレーニング。

「うしっうしっ」と声が響く。

 

今シーズンから始めた、試合前の新たなルーティーンだ。

プロ7 年目。新しいことをなりふり構わず受け入れ、貪欲に自分と向き合っている。

 

実は去年の日本シリーズ...

10 年ぶりの日本一に輝いたチームにおいて、歓喜の輪の中心にいられなかった斎藤。

「自分がアマチュアの時に日本一の輪の中心にいて、プロになって初めて日本一になった時には中心にいれない自分。改めて悔しい」

 

その悔しさが、斎藤を突き動かした。

年末の優勝旅行を自ら辞退し、年明けからは初めてグアムに渡った。

 

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キャンプインを前に、異例の投げ込み。

今年にかける思いは人一倍強かった。

 

2017年6月。斎藤は29 歳になった。

29 歳はプロ野球選手にとって大きな節目。平均引退年齢だ。

 

Q「プロ野球選手の平均引退年齢が29 歳。ちょうど今その歳に差し掛かって、斎藤投手はどんな気持ちで野球をやっています?」

 

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「引退とかクビとかというのはもちろん...感じているというか、頭の中にある。でもそれは自分がやった後についてくるというか、出てくる話。まだ勝負できるうちにそんなことを考える必要はない」

「ダメでもそれに向かっていくというか、挑戦し続ける。僕らはダメだったらクビを切られるだけなので、そこまで勝負をし続けるというか、うん...だから、あきらめたらダメですよね」

 

自分がもう、スーパースターじゃないことは自覚している。

だから、子供たちに夢を与えようなんて思ってない。

自分と同じ世代の人に、少しでも勇気を与えられればそれでいい。

 

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2017年8月 4日

#74 声優・歌手 水樹奈々
はじまりは...「殻を破った自分」

声優・歌手の水樹奈々さん 37歳。

声優ながら初めて、
東京ドームでワンマンライブを行うなど
"声優アーティスト"として活躍している。

声優・歌手の水樹奈々

その水樹さんが初めてミュージカルに出演。
声だけではなく体を使った演技に挑んだ。

「危機感が常にあって。
もっと出来るでしょ? 何か新しい可能性あるでしょ?って
止まったら終わるって思うから」

口にしたのは"危機感"...
その理由は生い立ちにあった。

実は子どもの頃の夢は「演歌歌手」。
のど自慢大会にも数多く出場し
"大会荒らし"の異名で、全国大会でも優勝した。

デビューは17歳の時。
演歌歌手の夢を追いながら、
もう一つ興味のあった
声優オーディションを受けて合格。


その時、気づいた事が...

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「何で私"演歌"だけって
こだわっていたんだろうって。
自分の作った枠の中に入っていた
ということに気づいたときに
『パン』ってひとつ殻がやぶれて。
チャレンジしてみないと
 分からないことがあるんじゃなかって思ったんですよね」

"やりたいこと"に一歩踏み出したことが
見る世界を大きく広げていた。


今年はデビュー20周年。
再び"殻を破る"ため挑むのが..."ミュージカル"。
初出演で主演という大役に挑戦する。

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これまでやってきたのは"声だけ"を使った演技。
しかし、ミュージカルは
体全体で演じなければならない。

稽古中、演出家から細かいダメ出しが入る

しかし水樹さんは...

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どんな時も
常に"笑顔"を絶やさず受け入れていた。

 

声優や歌手では踏み込めなかった新たな世界。

でも、自分の力でその殻を破っていける。
             それが嬉しい。

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迎えた公演初日。
満員の観客からはスタンディングオベーションが...

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水樹さんは
また新たな世界へ一歩踏み出した。

「まだ自分のなかでは
わからないことがいっぱいですけど
確実にこの舞台で得られたものが
今後の声優としての演技
歌手としての歌唱にも、影響が
あるのは間違いないと思っています」

2017年6月 2日

#73 知英/JY
はじまりは...「支えてくれた手紙」

ある映画の撮影現場。

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主演女優として撮影を重ねる、1人の女性がいた。

実はこの女性、K-POPブームの火付け役となった
KARAの元メンバー・知英(ジヨン)さん、23歳。
母国・韓国を離れ、今は日本を拠点に活動している。

しかし、関係が緊迫することが多い日本と韓国。
知英さんの活動には、厳しい声も...。

「韓国では『日本にずっといるのか』『日本人になったのか』、
 日本では『なんで韓国人が日本でやっているのか』とか...」

拠点を移して初めて挑戦したのは人気マンガが原作のドラマ。片言のセリフに、当時は批判も少なくなかったと語る。

「イントネーションが直すのにも本当に時間がかかるし、
 『こうでしょ?』と発音しても『違う、こっち』と
何回も言われて...。毎日死ぬ気で練習しました」

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その後も日本語の猛特訓を続け、14本のドラマや映画に出演。
今では日本人役に抜てきされるほどの実力を身につけた。

そして、女優業と並行して行っているのが
JYという名義で去年デビューしたアーティスト活動。
たった1年で連続ドラマの主題歌に4曲が起用され
若者を中心に人気を集めている。

そんな中、知英さんは1人で1曲全て、日本語で歌詞を書く
という初挑戦をした。

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何日も悩み続けた1曲の歌詞。
思いついた言葉をメモするために持ち歩いているノートは
日本語と韓国語で埋め尽くされていた。

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「ファンの皆さんからもらった手紙に『いつまでも知英の

味方だからね』とか『日本に来てくれてありがとう』とか
たくさん書いてあるんですけど、
逆に『皆さんからもらった手紙ですごく勇気をもらったよ』
『手紙ひとつが支えてくれてるよ』という感謝の気持ちを
伝えたかったです」

そんな思いを伝えるため、
知英さんは日本に来て初めてのソロツアーを開催した。
会場には約2000人のファン。
歌の途中で声を詰まらせ涙を見せた場面も...。

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日本に拠点を移して3年。
心ない言葉をかけられたこともあった。
それでもファンの支えがあったから、頑張ってこられた。

「私が韓国人でも日本のファンがこんなに私のことを
好きになってくれるのが、
そんなに簡単なことではないと思うんですよ。
国とかもちろん政治とか...色々あるんですけど、
でも心が通じていれば伝わると思う。
周りに支えてくれる人もたくさんいるし、
まだ登るところはいっぱいあると思います」

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2017年5月19日

#72 シンガー・ソングライター 秦基博
はじまりは...「恩師がくれた言葉」

5月4日、デビュー10周年の節目に
行った横浜スタジアムライブで
彼の歌声に2万5000人の観客が
耳を傾けていた。

秦さんがこだわり続けているのが"弾き語り"。
彼はなぜ"弾き語り"にこだわるのか?

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秦さんは2006年にメジャーデビュー。
繊細な歌声で数々のヒット曲を発表してきた。

幼少期から横浜で過ごしてきた秦さんには下積み時代、
横浜スタジアムの見える並木道を歩きながら
「いつかあの場所でライブがしたい」と
夢を抱きながら通っていた場所がある。
それが、ライブハウス「F.A.D YOKOHAMA」

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アマチュア時代について...
「多くて10人とかその内ほとんど友達とか
純粋なお客さんが0人の時もありましたよ」

プロを目指しおよそ7年・・・。
数え切れないほどライブを重ねてきたが
フロアを埋めることはできなかった。

歌手を諦めかけていた中、
背中を押し続けてくれた人がいる。
それがライブハウスのオーナー・橋本勝男さん。
「繊細な声が魅力的だったっていうか、
すごくいい詩も書くし、あんまり
褒めたくないんですけど」と当時を振り返る。

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秦さんには橋本さんから言われた今も
心に刻んでいる大切な言葉がある。
「『歌はお前が歌った瞬間に人のものになる。
聴いてくれた人のものだ』と言われた」

"歌は歌った瞬間に聴いた人のものになる"
「自分が楽しくなるために歌ってるのになって
いうのがあったんですけど、聴いてくれる
人がいて、その人と何かを共有できたときの喜びとか、
徐々に知っていくにつれてその言葉が
重みを持って自分の中でも響いてきた」

どれだけ自分の歌声を聴く人に届けられるのか?
それを考えながらこだわり続けてきたのが
"弾き語り"だった。

「歌とギターの響きしかないので。
聴いてくれる方の中に音の響きとか、
景色とか、たくさんイメージしながら
聴いてもらえると思うんですよね」

そして今年、下積み時代に夢見ていた場所で
"弾き語り"に挑む。

本番直前、メンバーたちとリラックスした表情で
会話をする秦さん。しかし会場に
自分の曲が流れ出すと・・・表情が引き締まる。

ライブの前半はバンド編成で曲を披露。
そして後半・・・ステージは秦さんひとりだけに。
こだわり続けてきた"弾き語り"が始まった

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"歌は歌った瞬間に聴いた人のものになる"
その言葉を胸に歌い続けてきた10年。

「シンガー・ソングライターとして
ずっと歌い続けていたい。
聴いてくれる人に楽しんでもらえる音楽を
作れるかということを追求していきたい」

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